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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
160/292

160 その剣の銘は

昨日ついに初めての感想を頂きました。めっちゃ嬉しい。踊っちゃう。




 当初の快進撃は止まり、サンの疾走はその速度を大きく減じていた。


 万全の状態でこちらに武器を向ける騎士が現れては、それを強引に突破する。それでも、時に足を止め、あるいは僅かに後退さえしなければ、道を切り開く事が出来ない。


 魔法で、拳銃で、権能で、剣で、持てる全てを使い尽くして先へ、先へ。


 たった一人の少女が屈強な騎士たちの最中を駆け抜けていく。それはまさしく素晴らしいと称賛されて然るべき偉業。一対一ですら格上であろう騎士たちとの戦いを四度、五度と乗り越える。


 そして、その限界を超えた疾走はついに破綻を迎える事になったのだ。






 眼前に迫る鋼鉄の刃。腰を落として膝を曲げ、重心を低い位置に。頭を下げれば、ギリギリの頭上を刃が通り過ぎる。落とした体重の反動、曲げた膝を伸ばす力を剣に乗せて、騎士を仕留めようと剣を振り上げる。


 だが、相手の騎士はサンの目論見を読んでいた。自分の右腕を盾にするように、全体重をサン目掛けてぶつけに行く。


 急速に埋まる両者の距離。振り上げるサンの黒刃は間に合わない。正面から、巨大な騎士の肉体がサンの身体を弾き飛ばした。


 「ぅぐッ……!」


 思わず漏れた苦悶の声。大の男相手では敵うべくも無い軽い体重。ふわりと短く宙を舞い、重力に引かれて背中から石畳へと落ちていく。


 咄嗟に両腕を開き、地面を叩くよう、少しでも全身を同時に地面へとぶつける。


 墜落の衝撃を受け身で躱す。見事、頭部も肺腑も守られた。


 脚で宙を掻くように大きく回し、反動の回転で横へ転がりつつ、肩、肘、手首と地面への支えを変えていき上体を浮き上がらせる。最後に手で強く地面を押し、全身を立ち上がらせる。回る勢いを殺さず、敵がいる筈の正面へ身体を向け直す。


 華麗な動きで再起したサン、その視界に入るのは、剣を構え直してこちらへ追撃を放とうと狙う先ほどの騎士――。


 と、その時。サンの体躯はまたも弾き飛ばされる。敵は一人では無い。周囲、全方向に騎士たちが居るのだ。


 跳びかかってきた騎士は両腕を回しサンの身体を抱きしめると、勢いままに地面へと押し倒した。


 ――しまったッ!


 サンの脳内を”危機感“が瞬時に独占する。迫る死、全ての感覚が鋭敏になり、触れる衣服が痛いほど。


 受け身は取れなかったが、皮肉にも回された騎士の太い腕が地面から守る。がっちりとサンの身体を抱きしめる両腕は、あがいた所でびくともするはずが無い。


 何を考えるよりも先に、サンは“転移”を使用。現れる“闇”がサンの視界を包みゆく最中、高速で迫る幾本もの刃が煌めく。剣に、槍に、自分の上体目掛けて振り下ろされてくる。


 死が迫る。その冷たい指先が、サンの首にかかろうとする。


 極限の集中世界で、“闇”と刃が己の視界へどんどんと広がっていくのを、サンはどこか他人事のように眺めていた。何も考えられない。何も思えない。ただ、仮面の下で見開いた目は、しかと迫る現実を見つめていた。






 そして、今まさにサンの命脈を絶とうとしていた刃たちが、闇をかき分けて“地面”へと突き刺さる。


 すぐに晴れていく闇の向こうに、憎き“従者”の姿は無かった。まさに紙一重の刹那、サンの“転移”が間に合ったのだ。


 騎士たちが困惑と驚愕に支配されながらもその姿を探す。見つからない。辺りをどれだけ見回しても、目に入るのは仲間の騎士たち。


 ――彼らはその瞬間、忘れていたのだ。“従者”は空をも舞うのだと。






 “転移”の闇が晴れ、サンの視界に広い地面、自らが駆け抜けてきた“道”が見える。その身体は押し倒された地点の直上、空にあった。


 助かった、間に合った、逃げられた。確かな安堵と、瞬間的な安全地帯へ辿り着いた気の緩みが、再びサンに思考を取り戻させる。


 上空は地面から弾丸の逆雨が降り注ぐ上、あの得体の知れない魔力爆発の危険もある。だがどちらも咄嗟には間に合わない事に賭けるしかなかった。実際、重力に引かれ落下していくサンに向けられている銃口は未だ無い。


 限界だな、とサンは思う。


見れば、墜落した広場の中央付近からここまで、シシリーア城内までの道のりを半分と少しだけ消化している。半分を超えているとは言え、このザマでは無数の騎士たちを抜けていく事は出来ない。


 故に、今こそ一つ目の切り札を使うとき。


左手の既に撃ち切った“雷”の拳銃をもう一丁に持ち替えつつ、サンは眼下の騎士たちを睨む。


 “飛翔”を使用。落下したまま地面へ叩きつけられて死ぬなど笑えない。ひたすら落ちるだけだった身体を自身の制御下に置き直す。


 ぐんぐんと迫る地面。右手に持つ“闇”の剣に集中する。






 サンが振るう“闇”の剣は贄の王によって創り出され、サンに与えられた物。元々は発見した“神託の剣”を模倣出来ないか、という試みから始まっており、一体どうやって形にしたのか見当もつかないがとにかく尋常でない性能を持つ。


 普通の刃とは一線を画す切れ味。筋力的に攻撃力に劣るサンにとって、敵の肉体を軽々と斬り裂いていく剣は何より信頼出来る武器だ。


 どれほど試しても壊れない強度。刀剣を壊すための武器を用いようが、強大な圧力を腹に受けようが、折れる事も傷つくことも無かった。“壊れない”という一点が、戦場にて持つ価値は余りに大きい。


 核たる赤い宝石には未知の魔術陣が刻まれており、所持しているだけで全ての傷病を緩やかに治療してくれるという、“治癒”の力。魔導学の知識を持つサンとしては完全に意味不明なのだが、とにかく人の傷を癒すその力は戦いにおいて生死を別つ程の重要さを秘めている。


 そして、この剣は最初に与えられた時からそのままの状態では無かった。


 そもそもが研究好きの贄の王の発案。度重なる改良と更新は贄の王の趣味がてら、サンの身を守る為に行われたもの。


 強度を増し、鋭利さを増し、刀身や重量を調整し、“治癒”の力を増し、少しずつ、幾度もその強化を果たしてきた。




 更に今回、サンが無数の騎士たちの真ん中へ突っ込むという命知らずな計画に対し、贄の王はかねてより考えていた改良を性急ながら施すことにした。


 贄の王が観察、分析、推測した“神託の剣”の構造。それを参考に、剣“本来”の力をも再現しようとした。


 まだ試用もしていない。あくまで奥の手とせよ、という命令から察せるデメリットも知らない。分かるのは、聞かされたのは、それが明確に“超常”と称される力を持っていることだけ。


 凄まじい力を秘めた装備と権能を手にしながらも、平凡な強者でしかあれないサンを、“超常”たる存在へと導く為の鍵――。






 力を感じる。自身が手にすることはおろか、存在することさえ信じがたいような力を。


 だが、それは紛れもなくそこにあり、今や開放される時を静かに待っている。


 力とは何故存在する。問うまでも無い。“振るう”為だ。




 「……『目覚めたまえ。今、汝が姿を見せるとき。汝の荒ぶる無限の力を、我の手の中に現したまえ。』」


 今、この力をもって“剣”は在るべき姿を取り戻す。故に、名前の無かった一振りはついにその銘を刻まれる。


「――『いざ目覚めよ。闇たる力――。』」


 名前とは、存在の証。銘とは、力の根源。


 かの”剣“が『神』に『託』された剣ならば、この”剣“こそはまさに逆。


 すなわち、この“剣”こそが『神』への反『逆』。






 「――『神逆の剣』。」
















 はじまりは、意外に静かだった。爆発するような目覚めでは無く、いつはじまったのかも分からないくらい、穏やかな目覚め。


 ぼう、と埋め込まれた赤い宝石が輝きを放つ。


 そして、するすると”闇“があふれ出てきた。


 それは虚ろな影のような、黒く揺らめく炎のような、遠くに見ゆる陽炎のような、清水に垂らした墨のような、穢れきった風のような、束ねられた細い黒糸のような、意思を持つ逆光のような、蝕まれる日のような、黒く深く暗い”闇“。


 するするとあふれ出てくる“闇”が剣を覆う。その黒い刀身を覆い隠し、なおも止まらない“闇”が段々とその全貌を露わにする。


 それは大きな大きな刀身に見えた。不定形に揺らめきながら確かな形を持ち、不安定に朧げながら力強い。長槍の如く長大で、幅は一枚の板のよう。絵画に描かれるような優美な姿。誰しもが恐慌するようなおぞましき様。


 巨大な“闇”の刀身を纏い、自壊せんばかりに力を溢れださせる黒い剣。


 “神逆の剣”と名付けられたその刃は、今聖地の上に顕現した。







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