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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
158/292

158 互いの初撃


 魔力爆発と聞けば、大抵の人間が連想するのは魔法の失敗であろう。魔力の制御に失敗し、集め練り上げた魔力が“かたち”を保てず一気に解放、周辺に偏在する魔力と爆発的に反応し、強い魔力波が発生する。


 その影響は、魔力波を浴びた生物の体内魔力に現れる。強い魔力波により体内魔力は一時的に不安定化、魔法を扱いづらくなる。魔力爆発の規模にもよるが、大抵はごく短い間で回復しする。致命的な影響をもたらすことは少ない。


 また、当然失敗した魔法が強大なものであるほどに魔力爆発は大きく強くなる。俗に大魔法と呼ばれる魔法群の失敗においては、強い魔力波が物理的な衝撃となって人間を吹き飛ばしてしまうほどである。身の程を弁えぬ魔法使いが大魔法に挑戦し、稀に死亡事故を引き起こす事もあるとは、愚かしいことに有名な話だ。






 長らく魔力爆発は魔法使いでない多数の者たちにとっては無縁の現象であった。魔力制御に長け常に魔法と慎重に向き合ってきた魔法使いなどは生涯遭遇する事が無いこともあったほどなので、そもそも魔法を使えない一般の者は存在すら知らなかった。


 ところが、近年魔導学の分野において開発された魔術陣なる技術によって、魔力爆発は途端に一般の者たちにも認知されるようになる。


 魔術陣とは、早い話魔法使いが行っていることを無生物的に再現する技術である。当然、開発された最ばかりの新技術故にノウハウが存在しない。


 魔法使いは魔力制御の感触を肌で認識出来る。体内の血管や神経を通じて魔力を操っている訳だが、魔力爆発が起きる程の失敗直前では、強い痛みを覚えるのだ。


 魔術陣には当然ながら、そのような限界を認識する機能は無かった。何もかもが手探りで研究が進められる中、制御に失敗し魔力爆発を引き起こす事故が多発したのだ。


 歴史を見れば分かる通り、新しい技術が真っ先に発展するのは往々にして”暴力“、すなわち軍事の世界である。


 一般的な魔法に抱かれる想像の通り、魔術陣も真っ先に攻撃目的の研究が進められたのである。


 ところが攻撃魔法の再現には魔法使いのそれよりも大きな魔力が必要であり、魔力制御は指数関数的に難度を増し、失敗時に発生する魔力爆発の規模も大きい。


 開発は難航したのである。魔導工学の最先進国エルメアの技術者たちは苦悩した。結果が出せないばかりか、度重なる魔力爆発事故による損害ばかりが膨らんでいく。研究費とて無限では無い。出資者にアピールするためにも成果が必要であった。


 そこで発想の逆転が起きた。魔力爆発そのものの攻撃転用である。


 失敗すれば起きる魔力爆発は、皮肉な事に最も安定して起こす事の出来る現象となっていたのだ。


 構想は、狙った地点に強大な魔力爆発を引き起こし、敵に物理的・魔力的損害を与える兵器。


 形状は、用途を一目で分かるようにするため大砲に似せる。


 運用は、作戦前に魔法使いが準備を行っておき、敵陣営へ初撃による混乱を引き起こす。






 限定基点攻撃用魔力爆発発動砲台。一般に、魔導砲と呼ばれるようになる新兵器の誕生であった。


 “出来ない”故の現象を、逆に目的にするという発想の転換より生まれたこの新兵器はまだまだ発展途上であり、魔力効率の面から言えばとても優れているとは言えない。


 しかし一方、魔法使いが攻撃の瞬間に必要無いこと。魔力的現象ゆえ物理的な壁をある程度無効化出来ること。敵の魔法使いの魔力制御に悪影響を及ぼせること。兵器としては、“有用”と判断された。


 かくして魔導砲は量産体制に乗せられ、その一部は試験運用や政治的判断など様々な思惑と共にターレルの都に送られた。


 そして、その記念すべき最初の攻撃が行われた戦闘こそ、後にシシリーア防衛戦とも呼ばれるたった一人の魔法使いを相手取った戦いであった。
















 視界がぐるぐると回り、上も下も、右も左も分からなくなる。


 マズイ、と思った。サンは今、高度から飛び降りた途中であったのだ。このままだと、地面に叩きつけられて何も出来ぬまま死ぬことになる。


 必死で“飛翔”を操り、身体を安定させようと試みる。急がねばならない。遅れれば死ぬ、という焦りが心中を満たす。


 だというのに、“飛翔”はいつものように、思うままに言う事を聞いてくれない。分厚い手袋をはめたまま裁縫をするような、とでもいえば想像しやすいだろうか、そんな扱いづらさ。サンが多少の自信を持っている鋭敏な魔力感覚が鈍り、明瞭だった視界が急に霧に閉ざされたような閉塞感。


 “飛翔”は、正確には魔法では無い。贄の王の眷属として与えられた権能の力、万象に存在する”闇“に干渉する能力を応用して、魔法を模しているだけである。”闇“の魔法などと勝手に呼んでいるが、その原理本質は全く魔法とは異なる。


 それ故に、本来ならば魔力爆発による悪影響は及ばない筈だった。なまじ魔法の心得があり、『魔法の模倣』という形で権能を使用していたサンだからこそ、本来ならば無関係の魔力爆発に呑まれる事になってしまったのだ。


 ぐるぐる、ぐるぐると視界が回転する。


 魔力爆発に吹き飛ばされたサンは一度上空に向かって逆に叩き戻され、その後重力に従って地面へと引かれていく最中にあった。


 必死に身体を安定させようとするのに、いつものように上手くいかない。時にはせっかく戻りかけた安定を自ら崩してしまうなど、まるで赤子が歩くかのようなおぼつかなさ。


 そんな回転する視界に、巨大な灰色が現れては流れていく。サンはそれが地面だと理解するや、何を考えるよりも先に“闇”を己の身体から爆発させた。


 “闇”に物理的な柔らかさを付加する。地面に叩きつけられる自分の身体を守るべく、出し惜しみする事なくひたすらに“闇”を放出する。


 まだ何が起こっているか理解していなかった大半の騎士たちの目に、広場の中央付近から凄まじい量の闇が爆発するように広がる光景が映る。


 闇の中に呑み込まれてしまった近くの者たちは狼狽え、突如自分が闇に包まれるという恐怖的体験に混乱した。それが、結果としてサンの命を救う。


 咄嗟に放出した“闇”で墜落の衝撃を緩和しつつ、地面へと叩きつけられたサンの真下には不幸なことに一人の騎士が居た。甲高い轟音という聞き慣れぬ音に驚いて上空を仰ぎ見た彼の視界が突如として漆黒に染まる。驚き、仰け反るように顔を守った彼の身体は、落下してきたサンに押しつぶされることとなった。


 サンの全身を叩く凄まじい衝撃。せめて、と両手両足を胴にひきつけて丸まろうとしたサンに対し、衝撃は右半身から訪れた。


 叩きつけられてなお回転を続ける視界に耐え、落ち着くのを待つ。咄嗟に放出した闇に視界を奪われた騎士たちは、まだ倒れ伏すサンの姿を捉えられていなかった。


 ようやく戻ってきた平衡感覚。サンは再び倒れぬよう細心の注意を払いつつ、上体だけを何とか起こす。闇はサンの視界をすら奪っていたため、自分の身体すら見えない。この頃になると、魔力爆発に吹き飛ばされた痛み、地面に叩きつけられた痛みが現れ始めていた。


 鈍い感覚に無理を言わせるように、“透視”を使用。途端に透き通る視界には、闇に包まれて混乱する騎士たちに周囲をぐるりと囲まれている様子。身体の下には、押しつぶされて動かなくなった騎士が一人。


 周囲を包む闇がゆっくりと薄れていく。サンはようやく身体の認識を取り戻すと、立ち上がった。


 周囲の騎士たちも混乱から立ち直り、闇が薄れ始めた事に気が付いている。もう間もなく、すぐ近くの騎士たちはサンに気が付くだろう。――ならば。




 全身の痛みを堪え、腰から“闇”の剣を抜き放つ。それを両手で構え、すぐ近くの騎士を一人、思いきりに斬り捨てる。背中をほぼ真っ二つにされた騎士は、驚愕の悲鳴を上げて倒れた。


 そして、それが開戦の合図となる。






 騎士たちが叫ぶ。ある者は「敵だ」と。ある者は「気をつけろ」と。またある者は「近い者と背中を合わせろ」と指示を飛ばし、またある者は「銃は撃つな味方に当たるぞ」と警告する。――そして、それらの声に悲鳴と断末魔が混じる。




 闇がほぼ完全に晴れ、全ての人間に視界が戻る。そこには、既に10人ほどの騎士を地に転がし、剣を手に悠然と立つ人影が一人。


 誰もが、その光景に戦慄した。その人影に恐怖した。自らがそこに並ぶ未来を悲観した。


 誰もが、その者の存在を理解した。その悪魔を認識した。自らの敵だと覚悟した。




 そのものこそは、“従者”。


 神の大地に死と恐怖を振りまく忌まわしきモノ。神の仇敵、現世の悪魔。


 “従者”。光あるもの全てより滅びを願われる闇の魔法使いである。






 「『ここに現れよ、我が怒りの火炎。この身を焼かんと燃え猛る、お前の力を顕現せん。――“爆蓮華”!』」


 サンが身体を基点に、蓮の花を思わせるように爆炎が広がる。広く、周囲の地面を覆い尽くし焼き尽くすように。


 炎の蓮は近しい騎士たちの肌と肺を焼いて命を奪い、離れた騎士たちにもその熱風で火傷を見舞った。時にそれは騎士たちの銃を焼き、暴発させる。


 炎が消えると同時、サンは前方へ駆けだす。焼かれて斃れゆく騎士たちの間を縫うように、駆ける。


 火傷を負いながらサンを見逃さなかった騎士たちはすぐに立ち直った。手に持った剣で、あるいは銃で、サンの身体目掛けて攻撃を仕掛ける。


 銃を構えた騎士の顔の方へ左手で無詠唱の炎を放つ。剣を振りかぶった騎士の方に身体を寄せ、その剣戟の軌道を予想して剣を差し込む。


 炎に視界を奪われた騎士はそれでもサンの居た筈の場所へ向かって射撃する。剣を振り下ろした騎士は、軌道にあった黒い刀身にぶつかって剣閃を滑らされる。


 放たれた弾丸はサンの足跡を通り過ぎて、近くの地面に埋まって止まった。滑った剣閃は強引に敵の身体を切り裂こうと振り下ろされるが、紙一重で脇にずらされ空を切る。


 サンは剣を合わせた状態から、無理やりに剣を上に振り上げる。間合いが近すぎる。敵の身体に当たるのは殆ど根元の部分で、騎士の制服すら切れるとは思えない――普通の剣であったなら。


 贄の王によって生み出された超常の剣は、その有り得べからざる鋭さをもって、騎士の腕を肩口から切り離した。


 血が噴き出す。騎士が悲鳴を上げる。返り血が、サンのフードと仮面を汚す。


 噴き出る血霧を潜るように、騎士の脇をすり抜けて再び前へ。駆ける。駆ける。


 こちらに反応しきれなかった騎士は無視。剣や槍を振らんとする騎士には、魔法か黒刃でもって相手をする。


 サンの本来の力量、初撃によるダメージ、騎士たちの実力を思えば、信じがたい快進撃。サンは広場の中央からシシリーア城への一直線、その半分ほどの道のりを新たな傷一つ負うことなく踏破した。







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