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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
154/292

154 教皇


 「来るかもしれん、とは思っていた。」


「……ならば何故、ここに護衛を置いていないのです。」


油断なく、“雷”の拳銃を構えながらそう問う。殺すつもりは無い。だが、絶対に殺してはならないという訳でもない。


「……何故であろうな。会って見たかったのかもしれない。お前に。」


「あなたのご期待に沿えていると嬉しいのですが。」


「いや、期待は裏切られた。お前では、話にならない。……”従者“よ。お前は、名乗る通りの従僕めであったのだな。」


そう言って、男は振り返った。意外にも、良く鍛えられた戦士の肉体――その名残を持っていた。


 「下手な動きはしないで下さい。撃ちますよ。」


そんなサンの警告にもまるで怯えた様子は見せない。なるほど、大物なのは地位だけでは無いらしい。


 「それは困るな。大人しくするとしよう。まだ、死ぬわけにはいかんのでな。」


妙に素直で全く警戒心を上げるのに事欠かない。いちいち嫌味な男である。


「そう怯えるな。“従者”よ。もうしばらくは、ここには誰も来ないとも。この執務室には、基本的に人は入らぬ。呼ばれない限りはな。」


……自分は、呼ばれたとでも言うのだろうか。銃を握る手に、つい力がこもった。


「……さて、前置きはもうよかろう。お前の用事を果たすと良い。私の期待は外れたが、質問に答えるくらいはするとも。」


鷹揚に両手を広げ、まるでサンに抱擁を誘うような恰好になる。腹立たしい。誰がこんな男と抱擁を交わすというのか。


 銃口の先、壁まるごとガラスになった窓を背にした男は笑みを浮かべた。聖人ぶった穏やかな笑みである。




 男の名は、ハリアドス二世。この聖地シシリーア城、そして広い広い大地に君臨する教会の“皇”。今代の教皇その本人であった。
















 時は遡る。


まだ日の昇りきらぬ早朝からサンは動き出した。完全に装備を整え、フードと仮面で顔を隠す。つまり、“従者”として正体を隠した装いである。


 周囲から認識され辛くなる“欺瞞”。重力に干渉し自在に宙を舞う“飛翔”。二つしか使えない魔法・権能をその二つで埋めて、サンは西都の空に居た。


 見下ろすのは、最早見飽きた聖地シシリーア。向かい合うのは、天を突く巨大な城、シシリーア城。


 サンは、シシリーア城内に潜入し教皇と対面するつもりだ。


 この城のどこかに今も居る、教皇を思って城を睨みつけた。






 サンは焦っていた。とにかく、時間が無い。さっさと動かなければ、事態はどんどん悪くなる。枢機卿ヴェストベルトとの対面の後、サンの心は焦燥の念に焼き焦がされそうになっていたのだ。


 “転移”、“飛翔”、“欺瞞”、“透視”。サンは権能による“闇”の魔法を駆使してシシリーア城内に潜入を開始した。


 逸る心を必死に押さえつけ、物陰で騎士や使用人をやり過ごし、ひたすらに教皇の姿を探した。


 時間は非常に長くかかった。時には小部屋の中に隠れたままじっと耐え忍び、動くに動けないまま無駄な時間を過ごしたりもした。シシリーア城は広いのだ。その上戦時には城本来の戦争道具としての役割を発揮するため、内部は実に複雑だ。勝手を知る者でなければすぐに迷ってしまうだろうというくらいに。


 早朝に動き始めたというのに、いつの間にか日は昇り、差し込む光は明るさを増し、起き始めた城に住まう者たちがどんどんと活動を開始する。当然、見つかる訳にいかないサンは動きづらくなる。


 それでも必死に潜入を続けた結果、ようやく教皇を発見する。執務室と思しき部屋で一人、机に向かっている姿がそれであった。


 時間はかかったが城の大きさを考えれば早い方だろう。サンは最悪、数日かかる前提で動いていたので、結果から言えば相当に早い目的達成だった。


 居場所さえ分かればサンには“転移”がある。厄介な道中など跳び越えて、意気込みと共に直接教皇の執務室へと乗り込んだのだった。
















 「――どうした。この教皇ハリアドス二世に用があって来たのであろう。質問を許したのだぞ。聞きたいことを聞くが良い。」


教皇は余裕の態度を崩さない。主導権を握るはずだったのに、気づけば向こうがそれを手にしている。その事実に、サンの心は苛立つ。


「……ならば、答えなさい。あなたは、“贄の王の呪い”、“贄捧げ”、“神託の剣”。これらについての真実を知っていますね?」


「真実とは。なんとも、曖昧な問いであるな。だが、答えよう。……知っているとも。少なくとも、お前が求める範囲では、な。」


やはり知っている。そうだとは思っていた。それでも、実際に求め続けた答えがそこにあるとなれば、どうしても平静ではいられない。湧き立つ心、震えそうになる手と喉を必死に抑える。


「答えなさい。何故に“贄の王”は生まれるのです。どうして、世界は“贄”を捧げ続けなければならないのです。」


「ふむ。なるほどな。……何故に“贄の王”は生まれる。何故に“贄”は必要とされる。すなわち、何故に“王座”は在るのか、と言ったところであろうか。」


――“王座”。そう口にした。教会は、あれが何なのか知っている……!


「さて、果たしてどこから語ったものか。お前がどこまでを知り得ているのか、それが分からぬ故にな。……ふうむ……。」


「引き延ばさないで。悩むフリは必要ありません。早く、答えて……!」


焦る。逸る。殺しきれない焦燥感が、口をついて飛び出すように言葉となる。


「やれやれ。実に余裕の無い事だな。“従者”がそれでは、お前の主の程度が低く見積もられようというものだぞ?“贄の王”はその程度の器ではあるまい。」


「主様をその口で語るな……!早く、聞かれたことに答えて下さい……!」


「全く。若いというべきか。所詮女という事かな?……あぁ、あぁ。分かったとも。答えよう。」


ぎに、と拳銃と手袋が微かな音を立てる。サンの手に力が余計こもったしるしだ。その様子を見て、ようやく教皇はその口で答えを語り始める。


「何故に“贄の王”は生まれるのか。それは偏に、必要とされるからに他ならない。必要なのだ。“贄の王”は、その名の通り“贄”たちの“王”。かの“王”が現れ、そして死ぬ。それは、世界を繋ぐための大きな大きな儀式なのだ。」


“贄”たちの”王“?なんだそれは。なんという、あんまりに皮肉な王位。


「どういうことです。何故、どうしてそんな儀式が必要なのですか。」


「言った通りよ。世界を繋ぐため。」


「それでは分かりません……!儀式が無ければ、どうなると言うのです……!」


「さて、な……。何が起こるか、と言われれば……。分からぬ、としか言えぬ。いやいや、お前をからかっているのでは無い。我々も知らんのだよ。世界を繋ぐ巨大な仕組みが止まった時、果たして何が起こるのか。我々教皇座に就いた者のみに伝えられる伝承では、世界に災厄が訪れ、大いなる邪悪が全てを滅ぼす、としか書かれていない。


災厄とは?大いなる邪悪とは、一体全体何なのだ?何が起こる?全てを滅ぼす、とは何だ。人が死ぬるのか?大地が消えて無くなるのか?太陽が墜ちるのか?それとも神が去られるのか。


 分からぬのだよ。“従者”よ。我々は知らぬ。分かるのは、“良し”の対極、“悪し”が現れる。世界が繋がれなくなる。それ以上の事は、何も知らぬ。」


 そして、一時の沈黙。


 ――“分からない”?どういうこと。“知っている”と言ったのに……!


 だが分からぬという事を問い続けても埒が明かない。ならばと、サンは質問を変える。


 「では、答えなさい。“贄の王”を、主様を救う手段は。どうすれば、あの人は死ななくて済むのですか。」


「そんなものは無い。」


小馬鹿にしたような、端的な答え。カッ――と、サンの頭が熱を持つ。その熱には怒りという名前がついていた。


「ふざけないで下さい……!私は、本気で……!」


「ふざけてなどおらんとも。そんな手段は無い。繰り返しになるが、“贄の王”は言わば世界と人類、大地の為の“王”たる“贄”。大地規模の“贄捧げ”なのだ。それが行われなければ、世界が繋がれぬとは既に語った通りよ。」


「なん……!なに、何を……!”贄の王“を悪魔だと嘯くのは、あなた達でしょう……!」


「その方が、都合が良いのだ。一体誰が民衆に言えよう。“贄”も、“贄捧げ”も、“呪い”も。全ては壮大な茶番であるなどと。“贄の王”は悪でも何でも無く、ただの哀れな人柱だと。そんな事が明るみに出れば、我ら教会の立場が揺らぐ。かの“王”は哀れであるが、悪役に甘んじていてくれるのが、全てにとって都合が良い。」


そんな馬鹿な話があってたまるか、とサンは憤る。怒る。憤怒する。どうしてあの優しい人が死なねばならないのだと。どうしてあの人が悪魔だなどと誹られなければならないのかと。


 だが、今は重要ではない。怒りのあまり、話が逸れてしまった。サンが求めるのは、“贄の王”を救う手段。必ずある。絶対に。


「教えなさい。“贄の王”、私の主様を救う手段を!あの人が死なないでいてくれるなら、私は他のどんなものでも捨ててしまえる……!」


「なんとも心地良き忠誠心よな。見事、見事。求むるものの為、他のあらゆるものを踏みつけにする。その大いなる愛は美しい。……しかし。愚かでもあるぞ。時に聞くが、“贄の王”本人はそれを望んでいるのかね?」


「望まぬはずが無いでしょう。自分を悪魔となじる世界のために、どうして“贄”になどなってやらねばならないのですか。」


「本当に、か?真実か?お前の主は、“贄の王”は真実、死ぬことを望んでいないのか?生きたいと、死にたくないと心底願っているのか?」


教皇のその問いかけに、サンは即答出来なかった。何故なら、それはサンが抱いているもどかしさをそのまま突いた問いかけだったからだ。


 サンは、贄の王が死にたくないと口にしたところを一度たりとも見たことが無い。サンがどれほど未来を望んでも、曖昧な言葉で流すのみだ。そうだといいな、とか。きっと、とか。


 そしてサンのその一瞬の迷いを、教皇は見逃すはずも無かった。


「ほれ、見た事か。分かるぞ、大切な存在に生き永らえて欲しい気持ち。だがな、それは往々にして、残される側の独り善がりに過ぎぬものなのだ。時に、生きるという事が何よりも耐えがたき苦痛となること、知らぬわけではあるまい。想像出来ぬわけではあるまい。とある者にとっては、死とは救いを意味するのだと。」


「知った風な口を利かないで下さい!主様は、死ぬことを望んでなんか……!」


「ならば何故。ここに“贄の王”は来ないのだ。お前は、私が真実を知っていると思っていたのだろう。私が“贄の王”が生き延びる手段を知っていると、そう思っていたのであろう。ならば何故に“贄の王”は自らここへ来ぬ。自ら永らえる手段を求めぬ。何故に、力不足の“従者”を一人、この地へ向かわせたのだ。決まっておろう。生きることなど、望んでいないからだ!」


「あなたは……!どこまで……ッ!!」


「時間をかけ過ぎたな、愚か者よ!さぁ時間切れだ。死にたく無くば、必死でここから逃げるがいいぞ!」


「何をッ!」




 その時、サンの背後からドアを勢いよく開け放つ音が聞こえた。同時に、叫ぶ少年の声も。


「台下!ご無事ですか!?」




 サンは振り向く。銃口は教皇に向けたまま、背後の声の方へ顔を向ける。


 そこに居たのは、見慣れた茶髪の少年。シックであった。







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