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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
153/292

153 いたずら

ふとオーバーロード3というアニメのed曲のフルを聞きました。

感情移入しすぎて死にそうになった。ああいうの、叫びたくなりますよね。


お陰でプロットを即興で変えてしまいました。

ほんと、ノリで書くと良い事無いんですけどね。





 「サン様がお目覚めになった一年前と、エルザ姫が“贄”となられた一年前。内面こそ別人のようでありますが、寸分違わず同じお姿。偶然の重なりではございませんでしょうな。」


 何も言えないままのサンに、場を繋ぐつもりでもあったのかヴェストベルトが言葉を紡いだ。だが、サンの耳にその言葉は殆ど届いていなかった。


 ヴェストベルトが語ったエルザについての話に、嘘は見られなかった。ほんの僅かとは言え、サンの知らない事実も含まれていたと思う。


 「……エルザ、ですか。」


何気なく、ぽつりと呟く。他者が語るエルザを聞いたのは初めての事であった。何とも、言い難い感覚である。


 「その名前に、何か思い当たる事はありますかな。」


「……ん……。そう、ですね……。自分と言われれば、そうなのかな、とも思いますし……。古い、親しい友人の名前をふと聞いたような、不思議な感覚です。……他人とは、思えませんね。どうしてか、とても懐かしい……。」


「……。」


「……ありがとうございます、猊下。お話して下さって。本当に、聞けて良かったと思います。」


「……私に出来るのは、この程度でありますからな。」


「とんでもない。お話を聞けて、本当に……。本当に、良かった。本当に。」


 サンの視線はヴェストベルトの胸あたりにぼんやりと向けられていた。別に、何を見ている訳でも無かった。少なくとも、サンの意識に老人の顔は見えていなかった。


 ヴェストベルトは、苦しいような、懐かしいような、そんな目をしていた。彼が目にしているサンの顔は、その穏やかな顔は、まさしく、”あの日“のエルザの顔だったからだ。




 「……猊下。どうして、私は目覚めたのでしょうか。」


「……分かりませぬ。分かりませぬが、私にはとても偶然とは思えませぬ。何か、何かの意味があって、サン様はお目覚めになられた。そう思います。」


「意味……。それは、何でしょう?」


「それはきっと、サン様自らにしか分からぬ事にございます。サン様がそれをお求めになる限り、必ずやそのお心に現れるでしょう。他の者には、何人たりとも……決して、分からない。それを知る存在が居るとすれば、それは間違いなく神にございます。」


聖職者らしい答えだな、とも、聖職者らしくない答えだな、とも思う。神の御意思だ、と思考を放棄したような答えで無いことは、サンにとって何の意味があるだろうか。


 少なくとも、ヴェストベルトのその答えは素直に受け入れられる気がした。そして、きっとそれ以上の何ものでもないのだろう。






 サンは己がどういう存在であるか、知っている。恐らく『分からない』と言ったヴェストベルトの胸中にもその答えは浮かんでいるはずだ。流石に、隠された真実を軽々と明かしたりはしないらしい。


 それは別に構わないのだ。教会にどういう存在か認知される事は正直、損害としては大きすぎるが、ヴェストベルトと会う事になった時点で遠からず認識されていただろう。それよりはむしろ、”無害“だとアピールする為に自ら示唆したほうがマシというもの。


 研究対象とされてしまうのが最も恐ろしい結末だが、最悪”転移“を用いれば逃げられる。教会が自分を放置してくれるように着地する事がサンの目的だ。そしてヴェストベルトの反応を見る限り、概ね成功に至っているような気がする。少々、楽観的過ぎるだろうか。


 「サン様。サン様はこれから、どうなされるおつもりですかな。ご自分の過去を求めるという目的は達せられたと思うのですが。」


「……これから、ですか。これから……。」


サンの想定では、”サン“という少女は西都へ辿り着く事で頭がいっぱいだった筈。それがふと終わりを告げた時、やや戸惑いを覚えるのではないか。


「……そうですね。……帰ろうかな、と思います。私の、主様の下へ。」


少し考えてから、そう答えるだろう。今の自分の居場所は、拾ってくれた主のところだと。


「急ぐ旅ではありませんので、少しここでゆっくりしてから……。シックにも、お別れを言いませんと。彼は確かアッサラの方へ行くと言っていた気がしますから。」


実際、この地で神託者と接触し目論見が果たされれば、サンがアッサラへ向かう必要は無くなる。シックと会う可能性は無くなってしまうだろう。


「でも、彼もいつかはエルメアやファーテルの方へ戻ってくるつもりだそうですから、そのうち会えるかもしれませんね。その頃、お互い何をしているんでしょうか……。私は、やっぱり主様のところに居るような気がしますけれど。」


自分が主の下を離れる未来は想像がつかない。そんな選択肢があってもきっと拒むだろう。


 「……サン様がシック様とお話をする機会は、まだあるでしょう。どうぞごゆっくり、お心のままになされるがよろしいかと思います。」


「そうですね。そうしたいと思います。」


「……サン様、此度はありがとうございました。私の我儘に付き合って頂き、本当に感謝しております。……胸のつかえが取れたような、昔の失せ物を思いがけず見つけたような、実に快い気分です。偏に、サン様のお陰にございます。」


そう言って、何という事か、枢機卿ヴェストベルトは深々と頭を下げた。この世界でこの老人が頭を下げねばならない存在など、一体何人居るのか分からないほどの地位だと言うのに。


「げ、猊下!頭をお上げください。私などに……。」


「一人の男が感謝を示すのに、頭を下げて悪いことがありましょうか。私は枢機卿である以前に、ただのヴェストベルトなのです。」


「しかし、人が見たら……。」


「今、この場を見ている者はおりませぬ。教会として、何も不都合な事はありません。」


「で、でも……。」


「……ふ。……でしたら、上げるとしましょう。困らせたい訳では無いのですから。」


そう言って、ゆっくりと顔を上げた。彫像のような顔は全く相変わらずで、何の表情を読み取ることも難しい。だが、その瞳はなんだか清々しい光を湛えているように見えた。






 サスチャクがノックの後にドアの向こうから声をかけてくる。それを聞いたサンは席を辞し、立ち上がった。先ほど迎えを呼んでもらったのだ。勝手に出歩くマナー違反は一度で十分だった。


 外から開けられたドアに近づいていくサンの背中に、思い出したようなヴェストベルトの声がかけられた。


「――そうそう、サン様。これはほんの興味本位なのですが……。」


「はい、猊下。」


振り返ったサンとヴェストベルトの視線が交錯する。


「今のサン様の、”願い“とは何ですかな。」


「……?そう、ですね……。『明日に希望がありますように』、なんて……。」


「ふむ。良いお言葉です。……何人、思い出されましたかな?」


その時、サンを襲ったおぞましい感覚をどう表現するべきだろうか。


 まず、一瞬の無理解。それから、ぎゅうーっと、心臓が握りしめられるような苦しさ。手足の先の感覚が無くなって、自分がどうやって立っているのか分からなくなる。冷や水を頭からかけられたようで、背筋をぞわぞわとした寒気が走る。ぐっと詰まった喉の奥から、自分の口から出たとは思えないような、奇妙な声音で言葉が這い出てきた。


「……三人、でしょうか。」


「左様ですか。……失礼。呼び止めてしまいました。どうぞ、サン様の行く末に主のご加護があらんことを……。」


そう言って、老人は静かに祈る仕草を取る。それを見て、サンはドアの方に向き直って歩き出した。息は、酷く苦しいままだった。
















 サンはシックと合流すると、シシリーア城の外まで出てきた。サスチャクが見送りをしようとしたが、シックと二人で断ったのだ。


 そのまま聖地の城門を潜り、入り口を守る騎士たちに敬礼をされながら通常の街並みへと帰ってきた。本来、聖地から出る者は盗み対策として身体検査がされるのだが、サスチャクから別れ際に渡された特殊貴人を示す徽章のお陰で無しになった。あまり有難い代物では無くなってしまったが、これくらいの特権は享受するとしよう。


 「お疲れ様、サン。長々と付き合わせてごめんね。」


「いいえ、私にとっても良い機会でしたから。シックこそ、長く待たせてしまって申し訳ありませんでした。」


「いや、俺は別に……。ほら、サスチャクも居たしね……。」


とは言うが、サスチャクの名を口にするシックの顔は苦笑いである。どうやら、あまり心地良い空間では無かったようだ。あの詐欺師にはサンも良い覚えが無いので、ちょっと同情する。


 軽い雑談を交わしながら歩き、シックが取っているという宿の前で別れる事になる。サンが取っている宿は、もう少し先だ。


 「――じゃあ、今日はこれで。」


「えぇ。偶然でしたが、会えて嬉しかったですよ。私も急ぐ理由がなくなりましたので、良ければまた会いましょう。」


「うん、そうしよう。俺はずっとこの宿にいるから。それか、多分シシリーア城、かな?」


「なるほど。私はこの先の宿です。しばらくは、観光でもするつもりです。」


「分かった。暇があれば、一緒に行こう。」


それだけ言い合って、小さく手を振ってから背を向けようとする。


「あ。サン。……もし平気なら、なんだけど。」


「はい?」


「ちょっとだけ、ポラリスを貸してもらったり出来ないかな。実はちょっと、足が欲しくて……。」


サンには特に問題無い。しばらく馬の足が必要な場面は無さそうであることだし、快く貸すことにする。


「構いませんよ。宿に預ける馬房はありますか?」


「うん。あったと思う。」


「では、どうぞ。シックなら問題無いと思いますが、大事にしてあげてください。」


そう言って、手綱を渡す。


「ありがとう、サン。恩に着るよ……。本当に助かる。」


「大げさですよ。何なら、お返しにご飯でも奢ってください。喜んでご馳走になりますよ。……美味しいレストランなんて、期待しますから。」


「……はは。えーとぉ……。うん。……頑張るね……。」


心なしか顔の青いシック。この友人はいちいち冗談を真に受けがちなので、ついついからかいたくなるのだ。


「ふふふ。冗談ですよ。――それでは、今度こそ。また会いましょう、シック。」


「ぁ、うん。また会おう。じゃあね、サン。」


手を振りながら、自分の宿の方に歩き出す。しばらく歩いてからもう一度振り返ってみると、シックは律儀にまだ見送っていた。


 ちょっと笑みを浮かべながら、もう一度手を振って角を曲がる。シックも振り返してくれたのが見えてから、石の壁に隠れて見えなくなった。


 実に何気ない、友人との別れであった。






 最後に見たシックの笑顔と手を振る姿、横に並んでいるポラリス。これから、幾度となく思い出しては振り払う事になる光景である。







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