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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
150/292

150 致命的な勘違い

寝落ちしたら書いたばかりの二話が消えました。

起きたらブクマが増えてました。


あああああああああ地獄から天国ぅぅぅううう↑↑でもやっぱり地獄ぅうううう↑↑







 ――コンコン、とドアをノックする音が小さく響く。


「っ……。」


 音のお陰で、少しだけ冷静さが戻る。サンは長い息を吐いてソファに座り直すと、目を合わせないままサスチャクに出るよう頼んだ。


「客人の私が出る訳にはいかないでしょうから。」


「――えェ。そうですなァ。お気遣いどうもォ。」


白々しい訛りを付け直し、サスチャクは立ち上がるとドアに向かう。その背を見ながら、サンは考える。


 ――カマをかけられた、だけじゃなかった。確かに、何かの確信をもって話していた。……それは何?どこまで計られている?“従者”本人と断定するだけの証拠は無いはず……。


 「お嬢。シックの旦那ですゥ。入ってもらってよろしいですねェ?」


サスチャクが振り返り言う。一応は客人の扱いを続けている手前であるが、ほとんど形式だけの確認である。サンとしても不都合は無いので、了承する。


 開いたドアの向こうからひょこっと顔を出したのはシック本人。当たり前だが先ほどまでの部屋の空気とはまるで程遠い様子に、少しだけ心が和む。


「サン。待たせてごめんね。」


「平気ですよ。長い時間でもありませんでしたし。」


シックに返事をしながら立ち上がる。まだ腹の奥ではぐらぐらと怒りが煮えたぎっていたが、表情に出さないよう意識して強張りを除く。


 「実は猊下がサンとも話してみたいそうなんだけど、サンはどうかな。ちょっとした話で、他に用があるなら構わないと仰ってた。本当に重要な用事は無いから、その気が無いならいいとも。」


このまま何事も無く帰してくれるとはサンも思っていなかったので、想定内の申し出である。基本的にこういう場合目上の者の申し出を断る事は出来ない。が、わざわざシックがこう言うという事は本当に断っても構わないのだろう。


「でしたら、是非お話をさせて頂きたいですね。とても貴重な機会には違いありませんし。」


しかし乗っておく方が良いだろう。最初の反応を見る限りサンの顔がエルザのものであると分かっている。黙って去る方が余程後が怖い。


「うん、分かった。俺は、居ない方が良いかな?」


自分に明かしたくない関係だろう、とシックが気遣ってくれる。というかヴェストベルトがサンの顔に驚愕していたのはシックも見ている。なのにサンもヴェストベルトもお互い何も言わないので、何か秘密事であるのは明白だろう。サンが外すよう頼むよりシックから言われた方が気楽と分かっての発言だ。当然、素直に甘えておく。


「そうですね。申し訳ありませんが、シックは別に待っていてくれませんか。」


「じゃあ、そうする。サスチャク、俺はここに居れば良いのかな?」


「えェ。お望みなら城内を歩き回ってても構いませんがァ。」


「大人しくしてるよ。猊下はさっきの部屋でお待ちになってる。サスチャク、案内を――。」


「いえ、道は覚えていますから、一人で行きます。サスチャクさん、申し訳ありませんが、良いでしょうか?」


普通、客人が勝手に歩き回る事は良い顔をされない。形式だけでも案内をつけるのが普通である。が、いい加減この男の顔を見ていると頭が冷えないのだ。


 「……まァ、構いませんよォ。大した距離もありませんしィ、迷われる事も無いでしょうよォ。」


「ありがとうございます。では、シック。少しだけ待っていてくれますか。」


「もちろん。俺は急がないから、サンの望むようにね。」


最後にもう一度だけ礼を言ってから、部屋の外へ。見送りか見張りか、サスチャクが部屋の前まで出てくる。


「んじゃァ、すぐそこですがお気をつけてェ。メイドか誰かに言えばこっちから向かいますからァ。」


「はい。ではそのように。……ところで、その訛り。似合ってませんよ。」


「へっへっへ……。こいつァ手厳しいィ。」
















 「……それで、サンに何を言ったんだ?サスチャク。」


「何の事ですかねェ?」


長い黒ひげの男は、まるで心の底から心当たりが無いかのように問い返してくる。流石、演技に関しては一級の男である。シックと会う時はいつもこの姿だが、それも多分作られて(・・・・)いるのだろうな、と思っている。


 「とぼけなくていいよ。……サン、多分相当怒ってた。」


隠そうとしていたようだが、明らかに目の色が違った。過激なところは無いでもないが、本質的に優しい少女である。隠しきれないほどの怒りなど、中々引き出せそうにない。根の深い神様嫌いだが、うっかりシックがそういう単語を発しても受け流してもくれる。わざと繰り返せば流石に怒るだろうが。


 「いやァ、ワタシにもサッパリですなァ。楽しくお喋りをしてたと――。」


「サスチャク。」


「……やれやれ。ちょいと教育して差し上げただけですよ。美しいお嬢さんが人類の災厄になったりしたら、私も心苦しいんでね。」


「……災厄、か。」


シックがそう力無く呟く。それを聞いたサスチャクは溜息を零しながら諭すように続ける。


「旦那。どこまで分かってるか知りませんが、彼女は危険ですよ。強い魔法使いなんでしょう。今の西都には“従者”なんて化け物が居るんだ。万が一にでも合流されたら――。」


「大丈夫。サンは、確かに“贄捧げ”を嫌ってる。だけど、だからといって無関係な人を殺すような娘じゃない。」


「今はこれまではって話でしょうよ。それだって確実か分からないのに、まして未来もずっとそうだなんて誰が言いきれます。私に向かって啖呵切って見せましたよ。『私は私のやり方で』ってね。アレは意志が強い。はっきり言って、迷ってばっかりの旦那よりも遥かに強いですよ。意志がある。力がある。なのに信仰は無い。なんてちっぽけな保障ですか、旦那。俺はそれこそ彼女が“従者”本人だって驚きませんよ。」


「サスチャク!そんな馬鹿な話は無いだろう。」


「縋らんで下さいよ。それは旦那の願望でしょう。旦那がヤツを斬れないなんてなったら、人類は終わりだ。分かるでしょう。旦那しかいないんだ。空飛んで魔物操って訳の分からん空間跳躍も使う。アレは正真正銘、本物の化け物で、旦那しか殺せない。ヤツとお嬢が同一人物だとして、斬れますか。」


「ッ……。斬るさ。自分の使命を忘れた事は無い。」


「信じさせてくださいよ?そのセリフ。……ま、本当にお嬢と“従者”が同じなんてのはちょいと厳しい予想ですがね。手を組むってのはかなりあり得る話なんですが。」


「それだって……あり得ない話だよ。」


シックは自分で何て薄っぺらい言葉だと思った。それがサスチャクにも分かったのだろう。小さく鼻を鳴らすだけで、何とも返しはしない。






 「何だっていいですがね……。5日後の“贄捧げ”は頼みますよ。“従者”本人が来たら旦那の出番ですからね。」


「……分かってる。」


シックは目をキツく瞑ると、瞼の裏に見たことも無い仇敵の姿を思い浮かべた。




 “従者”。神の仇敵。教会と全ての信徒の怨敵。討つべき悪魔。おぞましき闇の魔法使い。


その正体や実力は不明。だが、少なくとも熟練の騎士3,4人組を圧倒する程度の実力はある。分かっている点は多くなく、強力な魔法使いであるほか、得体の知れない超常的な力を行使する。剣や銃も扱うらしい。


 最も恐ろしいのはその神出鬼没さ。教会が全力を振り絞ってなお、その足取りは全く追えていない。唐突に現れ、陽炎のように消えてしまう。教会や国の者が辿り着いた時には凄惨な被害だけがそこに残されているのだ。


 力の程が分からないことも不穏だ。当人はもちろん、話によればどこからともなく巨大な魔物を召喚し扱うという。シック自身、かつてタッセスメイアで戦った魔物は“従者”が召喚したものであったらしい。ガリアでは龍を召喚して数千人を一息に惨殺したとも。


 常に全身と顔を隠しているため、普段は何食わぬ顔をして街を歩いているのではないか、とも言われている。


 恐ろしい。“分からない”という事がこんなにも恐ろしいのだと、シックは人生で初めて知ったのだ。光の届かぬ闇の向こうに本能的恐怖を抱くのは何ゆえか。まさしく、“分からない”からだろう。


 あぁ、しかし。その目的や思想だけは分かっている。


 “贄捧げ”を嫌い、主を憎む。そして教会の隠す真実を求めている。


 教会が人々から隠す真実の一端を知った者として、その思想は決して相容れない。いや、思想だけなら良い。人は分かり合える生き物なのだから。だが、“従者”はダメだ。アレは、分かり合えない。恐らくもう、ヒトでは無いのだろう。そうでなければ、どうして無辜の民をああも無残に殺す事が出来るだろう。


 ()に対し思うところは多い。怒り、恐怖、苛立ち、忌避、憎しみ、悲しみ。だがその全てを終わらせ得るのは、この大地の上にただ一人。自分だけだというのは、果たして救いなのだろうか。


 シックは今や知っている。“従者”も悲しい運命に翻弄された哀れな一人に過ぎなかったはずだと。その所業が許される訳では無いが、シックは微かで確かな同情を抱いてしまった。だから余計に、早く終わらせてやりたいとも思うのだが。


 あぁ、自分はなんて無力なのだろう。下らない理想だとは分かっている。それでも、誰もが幸せでいられる世界は無かったのだろうか。






 ……ダメだ。討伐する覚悟を決めるどころか、かえって揺らいでしまいそうだ。


 迷走し始めた思考を終わらせるため、意識的に違う事を考える。ふと抱いたのは、何気ない疑問であった。目を開き顔を上げる。視線の先にサスチャクを捉えれば、彼は自分のひげをいじりながらぼんやりと宙を眺めていた。


「――ねぇ、サスチャク。」


「……んァ。なんです、旦那。」


先ほど抱いた何気ない疑問を問いかけてみる。何だか分からないが色々な事を知っている男だ。案外簡単に答えてくれるかもしれない。


「どうして、“従者”なんだろうね。ほら、名乗りとしては何とも言えないだろう?」


「あァ……。確かに、何ででしょうなァ……。」


残念ながら知っては居なかったらしい。が、何やら考えつつ言葉を続けてくれる。


「んー……。やっぱ、皮肉とかじゃないですかね。もう一個の方がアレじゃないですか?だから、その本質は従えられているんだぁーみたいな。俺は支配してないされているんだっていう、我々へのあてつけみたいな、とか。悪くないセンじゃないですか?」


「なるほど……?確かに、皮肉っぽい感じはするね。」


サスチャクの推理は何となく納得出来なくも無い感じであった。断言には程遠いが、そもそも答えを熱心に求めての問いかけでは無い。


 「ま、本当のところは本人にでも聞いてみたいところですな。」


推理が行き詰ったらしくサスチャクが匙を投げ出す。


「そんな機会は無いと思うけどね……。」


「いいじゃないですか、聞きましょう。というか、旦那がどっかで聞いてきてくださいよ。今度会った時とかに。」






「なァんで“贄の王”ともあろうお方が“従者”なんて名乗ってるんですかぁ?ってね。」







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