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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
15/292

15 神託


 エルメアの都にて。


 サンと別れたシックは雇い主のもとへ戻る。頭に浮かべているのは先ほど別れたばかりの空色の瞳をした少女。


 まだ会って間も無いが、シックは何だかサンとは良い友人になれると思っていた。だからこそ、サンが“不信の徒”などと言った通りに神を信じていないというのが残念でならなかったし、出来ればサンも主の御手を感じられるようになればいいと思う。


 首にかけた天秤をそっと握って祈りを捧げる。


 ――どうか、あの無表情がちな少女を救いたまえ。


 自分のことを祈られていると知ればサンは激怒するだろうか、などと考えつつ、雇い主のもとまでたどり着く。


「あぁ、シック! 戻ったのか。どうだった、次も来てくれそうか」


「えぇ、まぁ。また俺を頼ってくれると言っていましたよ」


 雇い主はにんまりと笑う。


「そうかそうか! 何よりだ。まさかいきなりあんな上客をモノにするなんて、やるじゃないか!」


 本来高くても4エリオン、普通に考えれば3エリオンも取ればいい方、というところを8エリオンもあの少女から取っているのだから、それはそれは()()だろうなとシックは思う。


 サンは資産家の使用人らしくお金に苦労していないらしいのが幸いか。






 上機嫌の雇い主から給金を貰いつつ、声がかかるまでその辺でぶらぶらと待機する。


 聖日の祝祭真っ只中の都はどこも賑やかで、歩いているだけで上機嫌が移りそうである。最近のシックのお気に入りは近くでいつも演奏しているヴァイオリンの演奏を聞くことだ。あまり集中すると呼ばれても気づかないのが難点か。


 今日は祝祭の空気にあてられて、飛び入りしたらしい数人が一緒になって音楽を奏でる。楽器に詳しくないシックはヴァイオリン以外の楽器が何なのかよく分からなかったが、その音色は気に入った。


 広場の花壇ふちに座り、耳を澄ませる。ヴァイオリンと、その他の楽器が奏でる音楽。わいわい、がやがやとした人々の声。明るい歌がどこからか響いてくる。ぼぉーーっと、蒸気船の汽笛――。






 ”聖日“とは教会が定める贄捧げの儀式のあとの祝日で、14日目とされている。14日という数字の由縁は、最初に【贄の王】が現れたとき、それを討った【神託を受けるもの】あるいは【神託者】と呼ばれる英雄が、喪に服した期間だという。


 誰の喪かと言えば、【贄の王】に捧げられることになった贄たちである。広がる一方の贄の王の呪いに対し、無力な人々は言われるがままに贄を捧げるしか出来なかったのだ。


 だが、【神託者】とともに旅をした聖人アルテはその詩の中でこう詠う。


 ――人よ、世の為に、隣人の為に、主の為に、その心身を尽くしなさい。さすれば、死後に楽園に招かれ、その天秤の左皿に乗せられただけの犠牲のぶん、楽園での大きなお慈悲を主より恵まれるのだから。――


 シックは主を信じている。その慈悲、恵み、愛を信じている。


 この現世の祝祭を最も喜びにあふれながら見つめるのは、楽園の贄になった人々に違いないと思っている。彼らは神のもとに招かれ、その手に抱かれたのだ。それはまさしく、この世にはあり得ない幸福だ。


だ からシックは人々を愛している。この世の全ての人が、大いなる神の愛に跪き、ともに歓喜の歌を歌う日を夢見ているのだ。


 見れば、高らかに聖詩を詠いあげる神官の姿。シックは笑みをこぼして彼を見つめ、自らも続く一編を口にする。


 この世の悲しみは全て意味のあること――神の天秤の左皿に乗せられるものなのだ。左の皿が重くなればなるほど、右の皿にも多くのものが乗せられる。神の天秤は、公平なのだ。


 だから、全知全能の主はこの世の全てを見ておられるし、その全てを愛しておられる。


 だから、主の導きに誤りは決して無い。


 だから、人々も主を愛するのだ。


 そこに僅かほどの疑いも無かった。






 その時、誰かに呼ばれた気がした。


 雇い主かとそちらを見れば、そうでもないらしい。


 気のせいかと再びヴァイオリンたちの演奏に耳を傾ける。今は、合流した聖歌隊らしき数人と讃美歌を奏でているところ――。






 ――おいでなさい。






 もう一度。一体何だろうと立ち上がる。


 するとシックの右手がそっと引かれる。


 見ても、右手には何も触れていない。






 ――おいでなさい。






 再びそっと右手が引かれる。


 それは決してシックを無理に導こうとはせず、優しい慈愛に満ちてシックを促す。


 この優しいものが、悪いものであるはずはない。そう信じたシックは優しく引かれるままの右手に従い歩き出す。


 ヴァイオリンの音が、だんだん、だんだん、遠くなる。





 ――おいでなさい。
















 気づけばそこは小さな教会だった。扉は開け放たれ、中には誰も居ない。


 光あふれる祭壇に向かうと、右手を引くものはそこで消える。


 素朴なシックにとって教会に来てやることなど他に知らなかった。自然、跪いて手で天秤を握り、祈る。


 シックにとって、祈りとは願うものでは無かった。ただ、祈る。愛だけを。


 そして。






 ――宿命の子。シックザール。






 ――運命を名にする子。






 ――旅立ちなさい。






 ――剣を、その手に。






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