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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
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149 宣戦布告


 「それで、申し訳ないんだけど、サン。俺と猊下だけで少し話したいんだ。外してもらってもいいかな……?」


とは、シックのお願いである。


 なるほど、確かにサンに正体を隠したままでは話せない事もあるだろう。既にサンの方は同行した用事を終えているともあって、快く了承する。


「分かりました。元より邪魔ではないか気にしていましたし、当然のことです。そんな申し訳なさそうな顔をしないで下さい。」


ヴェストベルトがサスチャクの名を短く呼ぶ。壁際に控えていたサスチャクは小さく頭を下げて応じると、サンに小さく声をかけてきた。


「近くの部屋でお待ち頂けますゥ。ご案内しますよォ。」


「ありがとうございます。お願いしますね。……では、シック。また後ほど。」


小さく胸の前で手を振る。シックの方も手を上げて返してくれる。そのままサスチャクの案内に従って部屋を出た。






 通された部屋は先の応接間よりも一回り程小さいが、見事な芸術品の数々で飾られた部屋だった。今回のように人が待つための部屋であるらしく、飾られた絵画は精緻で情報量が多い。部屋を眺めるだけで随分な時間を潰せることだろう。


 中央のソファに座らされ、目の前のローテーブルにすかさずお茶と茶菓子が提供される。自身もお茶淹れを得意とするサンである。お茶にはうるさいが、出されたお茶は確かに良い出来だった。教皇の居城で客をもてなすためにはいつ終わるとも知れない会談に合わせて湯を沸かし、かつ客が座るという不確かなタイミングへ完璧なお茶を出す能力が必要とされるらしい。


 いや、それくらいなら自分でも出来るし。別に負けてないし。私だって、いやまだ精進は必要だけれど、世界で最も貴い”王“の従者として十分に相応しいくらい、では、ある。し。


 サンが内心燃え上がらせた対抗心を知ってか知らずか、茶を提供したメイドは丁寧なお辞儀をすると下がっていった。見事な所作である。何一つ不愉快にさせるところが無い。勝手な敗北感は除いて。


 振り返るとサスチャクが壁に寄りかかって立っていた。先ほどヴェストベルトの前ではだらしない様子は欠片も無かったのだが、限界でも来たのだろうか。どことなく疲れた様子である。


 サンに見られている事に気付くと、一つ肩をすくめてからまた天井に目線をやった。サンも上を見るが別にみるところは無い。何かを見ている訳では無いようだ。


「お疲れですか、サスチャクさん。よければ、どうぞお座り下さい。ソファは余っていますよ。」


「ご冗談をォ。客人と一緒に座ってたらどやされますわァ。」


「他に誰かの目も無いですよ。見えない所では適度に力を抜くのがコツでしょう?私、そういう部分には理解があるんですよ。」


「確かにィ、そいつァ召使いのコツですなァ。お嬢はどう見ても仕えられる側ですがァ、そういう経験がおありでェ?」


「えぇ。以前、エルメアの方にいた頃。とある資産家の方に。」


今は仕えていない、とは言っていない。詭弁だが。


「ほほォ。お嬢は見目も良いですからねェ。ご主人もそれは鼻がたけェでしょうよォ。……んまァ、そう仰られるならお言葉に甘えますかなァ。」


そう言うと、サンが座るのとは別のソファに勢いよく座り込む。勢い余ってひっくり返らないか心配なほどだ。


 「……ああァァ~~……。どうもォ、ああいう堅っ苦しいのはダメなんですわァ。うんざりですよォ。見てるだけで肩が凝っちまうゥ。お嬢は流石でしたなァ。ま、ワタシのファーテルの言葉はダメダメなんでェ、ほぼ何言ってるか分かりませんでしたがァねェ。」


ヴェストベルトとの会話はファーテルの言葉だった。今サスチャクと話しているのはラツアの言葉なので、何だか非常に多様文化な気分である。


「あら、そうなんですね。てっきりファーテルの言葉が分かるからあの場に居たのかと。」


「全く、ってェ訳じゃありませんがねェ。ワタシの出来の悪い頭じゃァ言葉なんて二つが精々ですわァ。ちーっとも頭に入りませんでなァ。」


「確かに、言葉を覚えるのは大変ですから。でも、ラツアの言葉とファーテルの言葉は比較的似ていますから。他の言葉よりは覚えやすいと思いますよ。事実、私がそうでした。」


ちなみに、ラツアの言葉とエルメアの言葉などは方言くらいの差である。何でも、エルメアの文化的源流はラツアにあるのだとか。そう考えると北土地方内の言葉を覚えるのは随分簡単であったのだな、と思う。


 ガリアとターレルも多少似ているらしいのだが、サンはどちらもサッパリである。もっと時間があれば、と思わなくはないが、言い訳かもしれない。


 「そうは言いますがなァ。正直、言葉なんて一個あれば十分、てェのが理想ですよォ。アッサラの方なんざァあんだけ広いのにみーんな同じ言葉が通じるそうじゃねェですかァ。羨ましい限りですわァ。」


アッサラとは東都がある半島の根本、ターレル国境の北東に広がる広大な地方の事だ。内海に面する一帯にこそいくつか人の街があるものの、アッサラの人々は基本的に一所に定住しないのだそうで、常に移動し続けているのだとか。正直、サンには想像しがたい生活である。


 その広さはと言えば、かの広大なガリアが二つ三つまるごと入ってしまうほど。もちろん地方であって一国と比べるのが間違いなのだが、何ともピンとこない広さである。


 それだけの広さを持つのだが、先ほどサスチャクが言った通り一部例外を除けば全域で同じアッサラの言葉が通じる。理由と仕組みに関しては流石に知らない。多分定住しないから、とか想像出来るのだが、想像の域でしかない。


 「確かに、羨ましいことです。でも、新しい言葉を覚えるのも楽しいですよ。何というか、考え方が違うんだなって気づかされるんです。知っていますか?ファーテルの言葉では“雪”という物は一つじゃないんですよ。」


「一つじゃないィ?そいつァどういう事ですゥ?」


「地面に落ちた”雪“と宙を舞う”雪“。さらさらとした粒の小さな”雪“と大きな”雪“。これらは全て別の名前がついていて、別物として扱われるんですよ。ところがラツアの言葉では全部まとめて”雪“です。多分、暖かいラツアでは雪なんてほとんど馴染みが無いから区別する必要が無かったんですね。反面、雪の多いファーテルではそれらを区別している。面白いと思いませんか?」


「ははァ……。なるほどねェ。ワタシは雪なんて雪としか思ってませんでしたがァ、北の国ではそういうモンなんですなァ。そう言われると、確かに面白いですなァ。」


「でしょう?一方ではまるで別物なのに、他方では全部同じ物として扱われる。これは一例に過ぎませんが、そういう風に物事との向き合い方が全然違ったりするんです。そういう違いを見つけたりすることは、うん。結構面白いんですよ。」


「……まさしく、まさしくですなァ。ワタシにとってはやり取りの道具に過ぎない言葉が、お嬢には興味深い芸術か何かになる。同じ言葉の筈なのに、まるで違う物を見ているようじゃありませんか。へっへっへ……。いや、まさしく、まさしく。」


そう言われれば、なるほどそれも確かに、と思わされる。サンにとって言葉の違いとは、文化や思想の違いでもあるのが自然に受け止められていたが、そうでない人間もいる筈である。


「多分、どちらが正しいって訳じゃないんでしょうよ。なんだってそうです。一個の物事に、全然違う視点を持つ。空は青いという者が居れば、空は黒いという者も居る。そのどちらもが真実で、正しい。そうですね、お嬢?」


「……えぇ、そうですね?」


例の妙な訛りが消えている。気づいたが、口に出しはしない。つまらない演技であることは想像に難く無かったからだ。


「“贄捧げ”、なんて……。まさにその代名詞じゃありませんかね?人殺しと罵るのも、人々を救うと讃えるのも、どっちもが“正しい”。昼空が青く、夜空が黒いのと同じように。」


いつの間にか、そう語るサスチャクの目にはどこか怪しげな光が宿っている。サンへと真っすぐに向けられるその目には、先までの男とはまるで別人の意思があるように見えた。


「……そうですね。人の命を奪うのも、それによって人々が救われるのも、どちらも“正しい”。その通りです。」


自分の口から出てきた言葉が思うより遥かに硬質みを帯びていて、サンは自分で微かに驚く。


「それでも、我々は選ばなきゃならない。一人を殺すのか、皆が死ぬのか。どちらが間違っている訳でも無い以上、互いに折れない。譲らない。そうなりゃ、自分の意志を貫き通すためにはどうします?……えぇ、力づくです。戦いですよ。争うしかない。」


「……愚かしいことですね。でも、それが人間でもあるのかもしれません。話せば分かるなんて言えるのは、口が残っている間だけですから。」


「そう。まさしくその通り。話し合いが無益って言いたいんじゃない。対話には価値がある。それは疑いようもありません。しかし、話そうと開いた口に銃弾ぶっこまれたら何にもならん。だからこそ、人類は偏に戦い続けてきた。人類同士も勿論、姿の見えない悪魔にもね。」


「……。」


「我々はね、選んでいるのですよ。下らない茶番でも、演じきると。果ての無い連鎖を繋ぎ続けると。それを断ち切ろうとする者に、我々は容赦しない。戦う。殺す。息の根を止めてやる。二度とその目が光も闇も見れないようにして、世迷言なんて一つも言えないようにして、この世から消し去ってやる。何故か分かりますか。お嬢?」


「……何の話やら、読めませんが。例えば、自分の身を守るためとかではありませんか。死にたくない、傷つきたくないから。自分を殺そうとするものを先に殺す。実に道理で――。」


「違う。全く、違うなぁ、お嬢。舐めていやがるんですかね?教えておきましょう。いいですか、人ってのはね。自分の身くらいなら時に差し出せるモンなんですよ。何のために?ソイツが一番“守りたいモノ”のためにです。我々は守りたいんだ。我々が傷ついてもっと良い結果になるなら喜んでそうしますとも。そんなものはどこにだって無いから、我々はこうしている。守っているんだ。分かりますか、お嬢?守るためだけに、我が敵を殺すんですよ。」


「……そうですか。その、守りたいものとは?」


「決まっている。――“人類”ですよ。世界とか、大地とか言いかえたっていいですがね。本質は同じです。“人間”を守りたい。今と、過去と、それから未来の“人間”まで。子供が生まれて笑い、女は花を編んで男は杯を交わす。老人は若者を見守り、穏やかに最期を待つ。母が子に愛を与え、父が子に夢を遺す。子は親を追い、いつか越えて、大人になる。……そういう無数の“人間”を、その営みを、我々は守る。そのために、我と我が身を左の皿に。生まれてくる子らと死にゆく友を右の皿に乗せるために。」


「大変、美しい思想だと思いますよ。しかし、では……。その為に殺されるただ一人は、誰が守ってくれるのですか?」


「まさに、ジレンマってヤツですな。傷つける事でしか守れない。何とも因果な事です。が、その一人を殺さなきゃ残る数百万が死ぬんだから否やは無い。殺しますよ。誰も守らない。守らせません。その一人には、死んで頂きます。」


「その人だって、あなた方が守りたい”人間“なのでは?」


「矛盾は承知。ただ、どっちにしろ一人くらいなら未来は変わりませんしね。たった一人の命の為に、今後未来に生まれてくる数千万の子らを犠牲にはしない。そりゃ出来るなら、守りたいですよ?しかし一人と数千万じゃ天秤が釣り合わない。迷ってなんか、居られませんよ。」


「……そうですか。良く良く分かりました。大変結構な事だと思いますよ。


……同じことを、殺される一人にも言ってみて下さいよ。遺された誰かに言ってみて下さい。お前の願いは踏みにじる、この悲劇は永遠に繰り返す、と!」


「言いますとも。言いましょうよ。多くの無辜の民の為、その未来の為、このクソったれな喜劇を起こし続けるとね。誰にも邪魔はさせませんよ。これが、我々のやり方だ。」


 ガタッ!と音が耳に聞こえた。僅かに遅れてから、それが自分の立ち上がった音だと気付く。


 両手の拳は固く握られ、痛みを覚えている事に気付く。力の入りすぎた腕は僅かに震えている。強く噛み締めた奥歯のせいで、こめかみの辺りが痛い。どうやら、自分はかなり怒っているらしい。激情が荒れ狂うのを必死に堪えているんだな、と冷静な自分が他人事のように呟いた。


 サンの脳裏に灰色髪の子供がよぎる。あの、人形のような表情が。驚くほどに、人間らしい反応を示すようになったあの子供が。


ぐらぐらと煮えたぎる腹の底から、斬り裂きそうなほど冷たい声音が這い出して来る。


「ならば、私は私のやり方で、私の守りたいものを守る。それに否など言いませんでしょう。その選択にどうぞ後悔など無きように。……“ヒト”が願った希望は、みなが祈った“明日”は、あなた方になど守れはしない。」


 そうだ、“みんな”が夢を見たのだ。誰も“贄”になどならない明日を。誰もが救われる希望を。


 ――『明日に希望がありますように』と。






 真っすぐにサスチャクの目を見返すサンの心に、迷いなど僅かもありはしなかった。ただ、避けえぬ仇敵に対し、戦わんと奮い立つ志だけがあった。







おかしい。こんな展開プロットには無いぞ。どうなってるんだ一体!

いつもいつもノリだけで書きやがって、本当に収拾つくのか私!そもそもサスチャクなんて人物から予定外の存在なんだぞ!

がんばれサン、負けるなサン!

この先一体どうなるのか、私が一番知りたいんだよ!!


次回、「サンタンカ死す」! デュエルスタンバイ!!      







(予告は嘘です。さーせん。)

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