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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
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146 黒ひげのサスチャク


 シックに連れられて到着した場所は通り沿いの建物の一つだった。読めないが看板が出ているところを見ると何かのお店らしい。


 シックは戸口の前で待つようサンに言い、一人で中に入っていく。そこで少しの間だけ待っていると、シックと一人の男が連れ立って外に出てきた。


 「ごめんね、サン。えっと、この人はサスチャクさん。ターレルのお役人さんだよ。」


サスチャク、と紹介されたその男はやたらと長い黒ひげを生やし、大きな帽子を被っていた。年の頃はよく分からない。老け顔の若者とも若々しい老人とも見えて、中年と言われればそうかもと思い青年だと言われればまたそうかもと思わせる微妙な顔立ちをしていた。


 「ただの下っ端ですがねェ。」


サスチャクの発した言葉はラツアの言葉だった。それならサンも分かる言葉なので安心である。


「初めまして。私のことはサンとお呼びください。どうぞよしなに、サスチャクさん。」


サンが丁寧なお辞儀で挨拶をすれば、サスチャクの方は顔をしかめて頭をぼりぼりと掻く。


「あー……。ま、どうもォ。しかしそんなにかしこまらんでくださいよォ。サスチャク、でいいですゥ。ワタシぁそんな大したモンじゃ無いんでねェ。」


語尾に妙な訛りをくっつけながらサスチャクは断った。堅苦しいのが嫌いだ、というのがいかにも伝わってくる。


 「えー、シック、の旦那もですよォ。ワタシなんかに頭ァ下げていいお人じゃないでしょうよォ。立場ってモンがありますってねェ。」


シックにも向き直ってそう言った。


 ……シックについて踏み入った事は聞かない、と改めて思い直したばかりであるが、それはそれとしてもやはり気になる。下っ端らしいが、国の役人に立場を説かれるシックとは一体何者なのだろうか。気になる。非常に気になるのであるが、我慢する。


 「んー……。そういう、ものなのかな……。じゃあ、えっと……。分かったよ、気を付ける。……うん。」


シックの方も大いに戸惑いながらも納得し態度を改める。……実にやりづらそうではあったが。






 「んじゃあ、お話は歩きながらとしましょォ。案内はお任せ下さいなァ。」


そう言うとサスチャクは先導するように歩き始める。ちなみに、ポラリスの手綱はサスチャクが握ってくれている。立場ってモン、らしい。


 「――とりあえず、旦那にはあとふた月は都にいてもらう事になりますなァ。」


「そんなに?思ったより長いんだね。」


「まァ、申し訳ねェですがお上にもなんやかんや事情がありましてなァ。とは言え別に都に瓶詰めってェ訳じゃありませんからねェ。必要な時に居てくれれば、ちょっと出歩いても問題はねェはずですわァ。」


 通りを歩く警らの騎士とすれ違う。騎士はサン達に向かって敬礼の姿勢をとってから歩いて行った。


「……ん、まぁ俺は平気だと思うけれど。そうだ、東都へ渡る事は出来る?」


「東に?モチロンですよォ。一応は同じ都ですからなァ。しかし、急ぎですかねェ?今日明日だとちょっとばかしィ……。」


「急ぎという訳では無いんだ、許可されるなら俺は大丈夫。……それで、実はこっちのサンにも海峡の往来を自由にさせてあげたいんだ。お願い出来るかな、サスチャクさ――ぁ、んんっ。」


さん、とつけようとして咳払いで誤魔化した。ちょっと暖かい目でシックを見つつ、無言のまま感謝を示す。シックも微笑みでそれに返してきた。


 「そっちのお嬢ですかァ……?――失礼ですが、何者ですかね?」


サスチャクがサンの方へ振り向いて、サンと視線を合わせてくる。ほんの一瞬、男の深い茶色の瞳にぞくりとさせるような光が宿り、見入られたサンの背筋に怖気が走る。無意識のうちに両の拳を握りしめ、自分から逸らすまいと耐え忍ぶ。


 その刹那のやり取りを絶ったのは、力強い宣言だった。


「彼女の身元は、この俺が保証する。我が信仰に懸けるよ。」


シックの声が真摯な響きを持ってサスチャクへ向けられる。サンが思わずシックの顔を見ると、その瞳と顔にははっきりとした力があった。それこそ戦いの場でしか見せないようなその顔に、サンは驚きを禁じ得ない。


シックの言葉を聞いて、サスチャクはサンから目を逸らすと深い溜息を吐いた。


「……他ならぬ旦那が、そうまで言った事を止められる者はこの国に居ないでしょうな。――やれやれェ。分かりましたよォ。そちらのお嬢にも検閲やらのやり取りを無しにしますよォ。後で目印でも渡しますからァ、渡りたい時はソイツを見せるようにして下さいねェ。」


何事も無かったかのように前へ向き直るサスチャクと、柔和な笑みを浮かべるシック。


「――ぁ、えと、ありがとうございます。その、お二人とも……。」


今しがたの展開にややついていけていないながらも、とにかく礼を述べるサン。


「気にしないで。約束が果たせそうで、何よりだよ。」


「ワタシに礼なんざ不要ですわァ。下っ端はいつもこういう役割ですからなァ。いや、ホント……。」


先ほど三者の間に走った緊張がまるで嘘のように元の空気に戻り、いっそほのぼのとした口調でシックが言葉を発する。


「しかし、サスチャクが居てくれて助かったよ。俺はこっちの言葉が分からないから。」


「……あァ、言葉ってのは、便利ですが不便でもありますからなァ。違う土地の言葉が分かるってのはァ、それだけで強みになりますわなァ。」


「ここまでの旅でも、言葉には苦労したよ。ラツアの言葉を学び始めたのはここ一年くらいだけど、中々のものだと思わない?」


「そら見事なモンですなァ。ワタシが始めたのは何年前だったやらァ……。やっぱり実地だと早いんですかねェ。」


「丁度その頃サンと一緒に旅をしていてね。二人でお互いに練習出来た事も大きいかもしれない。……ね、サン。」


「ぇ、はい。そうですね?」


唐突に振られたせいでちょっと雑に返してしまった。この人ちょっと怖いかもな、なんて考えていて正直あんまり聞いていなかったのである。


「おやおやァ。女性と二人旅ですかァ?全く隅におけませんなァ、旦那ァ。」


長い黒ひげを揺らしながら、にやにやと下衆めいた笑みでシックに視線を向けるサスチャク。どうやら、シックとサンが“そういう仲”だと勘違いしたらしい。


「そんなんじゃないよ……。本当に。全然。……全くね。」


シックが苦笑して否定する。シックの名誉の為にも、と思ってサンも援護する。


「そうですね。シックは素敵な友人ですが、それ以上の間柄ではありませんよ。シックはとても紳士ですし、お互いその気は僅かもありませんでしたから。何というか、シックはとても安全なのです。」


ちなみに、あくまで良かれと思っての発言であり悪意はみじんも無い。サン的には友達の良いところをアピールしているだけである。その顔に至っては心なしか自慢げですらある。横を歩くシックの表情がスッと消えたのは見ていなかった。


 「……ふっ……。へっはっはっはっはァ!あぁァ~……。なァるほどォ~……。こいつァ、実に面白いですなァ……。へっへっへっへっ……。」


サスチャクが声を上げて笑い出す。シックは目から輝きを失っている。サンは思った反応と違うので疑問符を浮かべて首を傾げた。
















 「――んで、まァ、例の事件で大騒ぎ。国は上から下までてんてこ舞いですなァ。アレがなきゃァ旦那にも長く不都合を強いる事も無かったんですがねェ。」


サスチャクがうんざりした様子でそう零せば、シックが神妙な顔でそれに頷き返す。


「“従者”……。西都もすっかり様子が変わってしまったね。」


話はいつの間にか“従者”による“贄”の誘拐事件に移り変わっていた。ここ数日では誰もが知る最大の事件で、影響も大きい。話題に上がるのは自然な事だろう。


「ですなァ。いつもはあーんなに賑やかだったこの通りもォ、しかめっ面した騎士どもしか歩いてねェ。いやはや、あんな顔をされていてはこっちまで気が滅入りますわなァ。」


「彼らも、任務に集中しているだけだからね。そう言っては悪いよ。」


「旦那は出来たお方ですなァ。ワタシぁどうにも、なんとかならんものかと思っちまいますよォ。ま、それもこれも“従者”とか言うヤツが全部悪いィ。ほんと、仕事を増やさねェで欲しいもんですよォ。」


「……はは。お疲れ様。」


そう言いながら、シックがサンの方を気づかわし気に見てくる。


 通常であれば、西都に輝かしい光が戻る歓喜の日になるはずだった所を邪魔されたと、薄ら寒く朧げな太陽を見上げながら犯人への罵詈雑言が合唱される。事実、“従者”を悪し様に語るサスチャクの口調には一切の容赦が無い。


 しかし、サンが“従者”についての話題へ入ってこない事にシックは気が付いていた。


 以前共に旅をしていた折、サンが友人を“贄”として亡くしている事や、それに伴い神や信仰について抱く想いを知っている。“贄捧げ”を行わせなかった“従者”に対し、やはり複雑な思いがあるのでは、と予想したのだ。


 サンが居心地悪そうにしていれば、この話題は避けようと思ったのだが……。


 予想に反して、サンの顔には特にこれといった表情は浮かんでいなかった。元々表情が豊かとは言えない彼女だけに、感情を隠しているのでは無いかとシックは声をかけてみる。


「――サンは、ええと……。どう思う?“従者”について?」


遠回しに“従者”の話題を嫌がっていないか探ろうとして、むしろ直球な質問になってしまった。これで「むしろ味方をしたい」などと言われてしまったら、サンの立場が危うい。それを口にしてしまうほど短慮な少女では無いと思っているが、果たして。


「私ですか……?そうですね、何者なのだろうと思っています。強力な魔法使いだと聞いているので。」


特に気負った様子も無くそう答える。シックの意図とは少し違う返答だったが、別段不快な思いはしていなさそうである。シックは心中でセーフ、と胸を撫でおろした。


「魔法使い、特に力ある者は国が管理をしたがります。必然ではありますが、それでは“従者”はどこから来たのだろうな、と。」


何とも同じ魔法使いらしい視点の疑問である。シックからすればどこぞから来た犯罪者、としか思っていなかったのだが、そう言われてみれば確かに出自が謎である。


 「ふむゥ。確かにィ、あれだけ強い魔法使いが自由に動いてるってェのは奇妙な話ですからなァ。仲間内でも出てた疑問ですわァ。」


サスチャクがそう同意すれば、シックには疑問が湧く。余り魔法使いの事情について詳しく無いのだ。


「そんなに、魔法使いというのは管理が厳しいものなんだ?」


「旦那は詳しくありませんかァ。まァ、あれだけ訳の分からん力を扱いこなす連中ですからなァ。戦争が起きりゃァ切り札になりますしィ、国が抱える魔法使いの数はそのまま国力の強さを示すなァんて面もありますわァ。」


「反面、魔法使いが犯罪行為に身を染めれば非常に厄介な事になります。歴史的には魔法使いを恐れ迫害したが故に、僅かふた月で滅亡した国の話などが有名ですが、とにかく敵に回すと恐ろしいとされます。……事実、私でもまぁ、やろうと思えば結構な事が出来るのではないかな、とも思います。」


確かにこのサンという少女もかなりの魔法使いであるとシックは知っている。敵に回したくはない。


 そのサンの発言に反応したのはサスチャクである。


「おやァ、お嬢は魔法使いでいらっしゃるとォ。そりゃ失礼ィ。悪く言う気はありませんからァ、お許しをォ。――ちなみに、結構な事ってのはどういう?」


「大丈夫、気にしていませんよ。――特に具体的な話ではありませんが、街中に魔法を放つだけで大きな被害が出るでしょう。“動作”や“強化”を使えば泥棒なども捗るでしょうね。」


「なァるほど。“動作”とか言うのでこっそり盗み、なんてのはよくある軽犯罪ですなァ。大体、もみ消されますがァ。」


「そうでしょうね。……ともかく、そういった訳で各国は魔法使いを厳重に管理しています。エルメアなどでは専用の学校へ通うことが義務とされていますし、ファーテルでも出生や居場所など常に記録されています。共通して、良い待遇で囲い込むなど、自国に不利な存在にならないよう徹底されているのです。」


「なるほど……。確かに、俺もサンとは敵対したくないな。俺は基本的に剣しか使えないから、近づく前に焼き殺されそうだ。」


これ見よがしに怖がって見せれば、不服そうな視線が向けられる。


「……私、シックを焼いたりなんてしませんよ。」


「分かってるよ。やるとしたら溺れ死にさせられるからね。」


「しませんってば!そんなに私の魔法を味わいたいのですか。」


ちなみに、かつて巨大な水球に閉じ込められた記憶から出た言葉である。互いを相手としての稽古だったのだが、あれは本当に死ぬかと思った。出ようにも出られず、サンが解放してくれた時はかなりギリギリだった。後少しで溺死体になっていたと思う。


「冗談、冗談だよ……。サンは俺を沈めたりしないさ。……うん。」


そう笑いながら誤魔化しておく。別に恨んでいる訳では無いので。……多分。


 「なんだか仲がよろしいようで何よりですがァ、そろそろ着きますよォ。」


サスチャクにそう言われて、改めて前方を見る。確かに、目的地までもう間もなくだ。


「西方教会の聖地、大教会シシリーア城まで間もなくですゥ。元ファーテル司教、ヴェストベルト枢機卿猊下がお待ちですわァ。」


芝居がかった身振りと共に、サスチャクがそう言った。


 その態度に苦笑いするシックは、隣のサンの表情など見えていなかった。







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