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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
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145 運命的な偶然


 サンの目の前に立つ少年は嬉しそうに茶色い目を細め、笑みを浮かべている。見たところ元気そうでサンとしても何よりである。


 「お久しぶりですね、シック。……少し、髪が伸びましたか?」


「あぁ、久しぶり……サン。まぁ、切ってから少し経つかな?」


「元気そうで何よりです。こんなところで会えるなんて、偶然ですね。」


「うん、全くだ。主の導きに感謝申し上げないといけない。……あ。」


 サンは大人なので、友人が会話の中で自分の嫌いで嫌いで仕方ない信仰とやらを持ち出しても全く意に介さない。ちょっとだけ、本当にちょっとだけシックの目に圧を送るだけである。


 「……ごめん。あー、その、つい……。」


 シックもサンが徹底的な神嫌いであることは承知していて、サンの目の前ではそういう話題や言葉を避けてくれている。ところが久々に会ったせいで、ついうっかり零れたらしい。サンのわざとらしい視線に対して途端にしどろもどろになり、謝り方にはちょっとした必死さすら感じられる。


 「――ふふふ、冗談ですよ。いつも気を遣ってくれているでしょう?ちょっとくらいで怒ったりはしません。」


 サンとしてもシックの気遣いは知っている。少し口が滑ったくらいで気にするような器では無いのだから、そもそもちょっとした意地悪だ。むしろこんなわざとらしい視線一つで狼狽えるシックがちょっとかわいい、なんてことは置いておいて。


 「そ、そう?なら良かったけど、うん……。」


 あからさまに安心するシック。意地悪を仕掛けたのはサンの方なのだが、そこまで安心されると逆に疑問が湧く。そんなに怒らせたらマズイ奴だと思われているのだろうか。


 「サンはいつ頃西都に?俺は3日前に着いたばかりだよ。」


「私は、えぇっと……。」


脳内で素早く計算。いつ西都に到着した設定なら破綻しないか。


「10日以上は前ですね。もうあと4,5日くらい前だったでしょうか。」


嘘ではない。ちょっと幅を持たせているだけである。


「そう。じゃあちょっとだけ先輩だね。――ポラリスも久しぶり。ラツアの都以来かな?」


そう言いながらポラリスの首に手を伸ばす。ポラリスの方もシックを覚えているだろうか。なんだかこの組み合わせはラツアを目指した旅路を思い出すな、と懐かしい気分になる。


 なかなか楽しい旅だったが、やけにトラブルが多かった。魔物の村に泊りそうになったり、戦争に巻き込まれたり。流石に、もう一度同じ旅はしたくない。たまに思いだすくらいが丁度良い過激さであった。






 「そういえば、シックはどこかへ向かう途中ですか?引き止めてしまいましたが。」


「この先で人と待ち合わせているんだ。もうすぐそこの筈なんだけど。」


今しがたサンがやってきた方向を示しながらそう言う。


「じゃあ、長くこうしていても悪いですね。シックはいつ頃まで西都に?」


「はっきりとは分からないけど……うん、しばらくは居ると思う。」


「それならお互い時間のある時にまた会う事も出来ますね。私は……。」


どれくらい西都にいるのか、と改めて考える。サンが想定している“神託者”の足取りからすれば、既に西都には着いている可能性が高い。この厳戒態勢の中“神託者”がどう動くかは予想しづらいが、身元の明らかにならない旅人が東都へ渡るには時間がかかると考えている。余裕を詰めても6,7日くらいだろうか。


「んー……。状況次第ですが、数日後には発つかもしれませんね。といっても、隣の東都にですが。」


「そうか、この状況だからね……。はっきりとはしないよね。」


サンの言う「状況次第」という言葉をシックは西都の厳戒態勢を指すと受け取ったらしい。あながち間違いでは無いが。


 すると、シックは少し考える様子を見せた。やや躊躇いを含みながらも、こう口を開く。


「……サンは、東都に行きたいんだよね?」


「えぇ、そうですね。すぐにという訳でも無いのですが、ゆくゆくは。気軽に往来が出来ると助かるのですが、今は難しいのでしょうね。」


質問の意図が分からず、やや首を傾げながら答える。


「それだったら……。もしかすると、だけど……。俺が役に立てるかもしれない。こう、口利きって言うのかな。俺がサンの身元を保証すれば、ただの旅人よりも動きやすくなると思うんだ。……あー、大きなお世話だったら、いいんだけど……。」


意外な申し出である。実際のところ”転移“を使用すれば往来は実に簡単で、国に記録が残される通常の船移動はむしろ困るくらいだったりするのだが、サンの身元が信用されるというのは悪くないかもしれない。現状の西都では、旅人の身分では動きづらいというのも本当の所であるからだ。


 ひとつ疑問があるとすれば……。


「それが本当であれば、助かりますが……。あぁいえ、シックを疑うのではなく……。」


「えっと、理由ということならサンへの恩返しのつもりだよ。本当、色々とお世話になったし、出来ることがあるならと思って。」


前の旅でほぼほぼサンが財布担当であった辺りの話であろうか。気にしなくていい、というのにこの少年は金銭の話を実に気にしていた。金銭感覚がまともであるのは友人として嬉しいことだが、どのみちサンひいては贄の王の財源は無限と言っていい。気にされすぎても水くさいというか。……ではなく。


「いえ、そうではなく。……よく、そんな事が出来ますね?」


国に対して口利き一つで外国人の身元を保証出来るなど、どう考えても一介の旅人ではあり得ない。これまでシックがそんな特権階級であることを匂わせる事実は無かった筈なのだが。


 しかしそう問われたシックの反応は何とも困ったようなものだった。


「――あー……。そうだね、確かに……普通じゃないね……。」


それくらいはシック自身にも良く分かっていよう。しかし言いづらい事なのか触れてほしくない事なのか、言葉は要領を得なかった。






 「……ううん、失礼しました。聞いた事は、忘れて下さい。」


サンは質問を引っ込める事にした。お互い秘密を抱えた者同士であることはとっくに承知の上だったはず。


シックが正体や旅の目的を隠したがる一方、サンも自分の正体や旅の目的を明かしていない。元はエルメアでとある資産家に仕えるただの使用人、と名乗ったサンがターレルまで一人旅などおかしい事はシックも察しているだろうに、何も言ってはこない。相手の気遣いに甘えている以上、突っ込んだ事を聞いた自分の方がマナー違反だった、と思ったのだ。


 サンのそんな考えが伝わったのだろう。シックは困ったような中にも、確かに安堵を浮かべていた。


「ありがとう、サン。……言えないことばっかりで、ごめん。」


「お互い様ですよ。謝ったりしないで下さい。……それに。」


サンはわざとらしく茶化すような口調で続けた。


「秘密は多い方が、ミステリアスで素敵ですよ?」


「……ふっ、はははは……。そっか。うん、そうかもしれない。」


シックも気負いが無くなったようで、サンは安心する。今のところ、贄の王の次くらいに大事な人間なのだ、シックは。――他に知人がいないだけ、とも言うが。


 「シックの申し出、とてもありがたく思います。もし、甘えさせて頂けるのでしたら。」


「うん。大丈夫、任せて欲しい。……もし時間があるなら、この後の待ち合わせにサンも来てくれると話が早いんだけど、どうかな?」


人との待ち合わせというのはその辺に関連した話であるらしい。それにサンを連れて行っていいのか、とは思ったがサンの考えるところではあるまい。やる事は多いが、至急の用事は無い。シックについていく方がいいだろう。


「えぇ。特に急ぎの用事は無いので、お邪魔でないのならご一緒しますよ。」


「なら良かった。じゃ、このまま向かうとしよう。」


言うが早いか、シックはサンの手からポラリスの手綱を掠め取る。そのままぐるりと反転させて、目的の方へ先導してくれる。こういう部分、シックは実に紳士である。


「ありがとうございます。……シックは女性に好かれるでしょうね?」


紳士の気配りには素直に甘え、淑やかに礼を述べるのが令嬢の手本である。多分。でも折角なので茶化しておく。


「いや、どうかな……。眼中に無いって感じ、かな?」


シックは苦笑いである。どうやら異性関係については自信が無いらしい。もうちょっと堂々としていいんじゃないかとサンは思うのだが。


「大丈夫ですよ。シックの事を見てくれる女性ならちゃんといます。私も一応は女ですから、保証出来ると思いますよ。」


「……はは。……はぁ。――さ、行こうか。遅くなりすぎても相手に悪いしね。」


やけに乾いたシックの笑いに疑問符を浮かべつつ、サンは頷いてシックの隣を歩き出した。







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