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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第五章 心無きモノたち
141/292

141 子連れ報告会


 目を開ける。寝室の窓から差し込む光を見るに、既に昼であるらしい。


 随分寝坊してしまった、と起き上がろうとした途端、左腕から走った激痛に悶絶する。


 「ぁ~……。そうだった……。」


 寝起きで怪我の存在が頭から抜けていた。強烈な主張によって嫌というほどその存在を思い出す。


 左側に負担をかけないように体を起こす。大きなベッドの真ん中に座り込んだまま、うっすら滲んだ涙をこすらないように拭う。


 ふぁ……と欠伸をする。自室だからと油断して、口を開けて緩み切った顔を晒す。せっかく拭った涙をまたも浮かべ、眠りで固まった体が解れる心地良さに小さな呻きを漏らす。


 それから薄っすらと目を開ける。眠たげな両目には欠伸の涙が溜まっており、これ以上ない程に寝起き感を醸し出している。


 横着して寝間着の袖で片方の涙を拭いながら、何気なく隣に目を向ける。すると、灰色の瞳と目が合った。


 ――……?


 まだ寝ぼけているらしく、ぼんやりとその灰色を見つめ返す。ようやくその灰色が何であるか思い出すと、今度は固まる。脳が現実の認識を受け入れなかったのだ。


 灰色の瞳――その持ち主である子供は、その幼い中性の顔に無表情を張り付けて、サンの顔をじーーーーーーーっ……。と、見つめている。


 カッ――とサンの全身が熱くなる。


 「……ぉ、おはよぅございます……。」


 取り敢えず、挨拶。


 挨拶は大事である。目の前の子供とは通じない言葉だったが、それはそれ。挨拶をするという行いが大事なのだ。


 ところが子供の方は挨拶を返してくれない。相変わらずの無表情で、サンの顔をじーーーーーーーっ……。と見つめ続けるだけである。


 いい加減耐えられなくなって、サンはベッドに沈んだ。


 白い肌を真っ赤に染めながら、布団で顔を覆う。


 「やめてぇ……。こっち、見ないでください……。」


 か細く震える声で懇願するが、子供の方は全く聞き入れる様子が無い。


 羞恥に悶えるサンの様子を、無表情ながらどこか不思議そうに眺めていた。

















 昨晩、贄の王の“転移”によって無事に魔境の城へと帰りついたサンは、既に眠りに落ちていた子供を自室のベッドに寝かせると、簡単に入浴を済ませてから自分もベッドに入ったのであった。


 疲労は眠気を呼び、贄の王に怪我の治療をしてもらっている間にはもう眠りに落ちかけていた。それでも汚れた体でベッドに入るのは嫌だったので、怪我や治療後の包帯を庇いながらどうにかこうにか入浴を完了。そしてベッドに倒れ込んでからの記憶は無い。


 濃い疲労から来る深い眠りから目覚めた頃には既に昼で、先に目覚めていた子供の視線に気付かずに寝起きを晒し、羞恥の拷問に敗北したという訳である。






 何とか立ち直った後は朝の支度――昼だったが――を済ませ、子供を連れて贄の王の部屋を訪れる。


 こんこん、とドアを叩けば、流石に起きていたらしい主に招き入れられる。贄の王はどうも朝に弱く、サンが起こさないとなかなか起きてこないのだ。


 部屋に入り、居間のソファに腰かけている贄の王。サンの方に向けられたその目は相変わらず冷たげで、初対面では間違いなく冷血非道な人物にしか見えないだろうな、と思わせる。


 「おはようございます、主様。……その、申し訳ありません。寝坊をしてしまって……。」


「構わない。疲れているようだったしな。怪我の調子はどうだ。」


「ありがとうございます。安静にしていれば、痛みもありません。」


「それならいい。お前と、その子供も座れ。……さて、昨日の報告を聞かせてもらおう。」






 サンは一通りの事をなるべく客観的になるよう語る。


 “贄捧げ”の儀式に潜り込み、一部始終を眺めたこと。“贄”の子供が殺されることを受け入れ難く、救出すると決めたこと。権能を活用して脱出を図ったが、不手際により戦闘に発展したこと。その際に負傷したが、その後は時間をかけて無事に脱出したこと。


 戦闘の内容のような部分は省略しつつ、サンの見た事実を話していく。


 長い語りを聞き終えた贄の王はしばし黙考。それから、口を開いた。


 「気になるのは、その“魔力に反応する道具”とやらだな。それから、教会は想像以上に“贄捧げ”を重んじている点。……その子供も気になる。そうまでして取り返そうとする程、この子供が“贄”でなければいけない事情でもあったのか……。」


「道具についてですが、実は以前にも一度だけ目にしたことがあり……。その、報告を忘れてしまっていたのですが……。」


 サンが以前ファーテル~ラツアの道中で遭遇した事を話す。


 「……ゼーニア高原とターレルは遠い。その両方で見られたと言うのならそれなりに普及していなければおかしいが、そのような道具は知らん。……となれば、出所が同じという事になるが……。」


 ゼーニア高原とはラツアとファーテルの間に存在する地域で、ここ数年戦争続きの土地だ。かつてサンとシックが共に旅し、戦争にも巻き込まれたりした思い出深い場所である。


 争いの理由は多々あり、入り混じった民族や、強国に囲まれた立地。報復の報復、交易や土地の利権、その他様々。風の噂によれば教会や強国が糸を引いているのだとか。


 「あの地域に、教会が関わっているという事ですか?」


「分からない。確かに教会が利権絡みで戦争地域を操っているなど、ありそうな話ではあるが……。流石に情報が足りんな。何とも言えん。」


「魔力に反応して音を鳴らす道具……。魔導工学の分野と言えば、連想するのはエルメアですが……。」


「その辺りはエルメアが他国に先んじているからな。ファーテルも随分と追い上げて来てはいるが、一日の長はエルメアにあろうな。」


 贄の王は静かに頷きながら肯定するが、すぐに付け加える。


「とはいえ、わざわざ秘匿するように流す意味があるかは疑問だ。それならば、まだ“漏れてしまった”と考えるべきか……。余裕があれば是非とも探りたい。そうでなくとも、一つくらいは現物を手に入れたいところだな。」


「はい。機会があれば、回収したいと思います。……というより、昨日戦った騎士から奪ってくるべきでした……。」


「いいさ。まだターレルの都には用事も多いのだから。」






 さて、と前置くと、贄の王は話題を変える。


「教皇が出てきた、というのは確かだな?」


「はい。いくら私と言えど、教皇の顔は知っています。……確かに、本人でした。」


「……私の知る限り、西都の“贄捧げ”を教皇が直々に執り行うと言うのは前例が無い。東都の場合は大祈祷殿の大教父……異教の最高指導者、こちらでいう教皇に相当する地位の人間が執り行うのが慣例なのだが……。」


「では、常の場合は誰が?」


「枢機卿、あるいは司教の一人だ。実質的に、次の教皇座と目される人物が執り行う。ファーテルと例えるならば、そうだな。教皇を皇帝とした場合、次代の皇帝つまり皇太子が主役になると言えば、近いかもしれない。


古くは、“贄捧げ”を終えた後には教皇の代替わりが行われる決まりだったのだが、その際“贄捧げ”に次なる教皇の公表式という側面を持たせていたのだ。枢機卿団が定めた次の教皇が“贄捧げ”を執り行う。そして神事を果たしたという栄誉を以て代替わりが行われる。そういう形式だったようだ。


 後に“贄捧げ”と教皇の代替わりは直接の関係を失う。しかし聖地シシリーアの“呪い”を祓うという栄誉の影響は大きく、“贄捧げ”を執り行う者が即ち次の教皇である、という慣例は残った。


 とはいえ“贄捧げ”と代替わりに直接の関係が無くなった以上、必ずしも次代の教皇になるという訳では無くなったのだがな。“贄捧げ”の直前に代替わりが行われた時などは、“贄捧げ”を執り行った者と次の教皇は別人だった。逆に“呪い”の周期とはかけ離れての代替わりなども珍しいことでは無かった。


 それでも、“贄捧げ”を執り行う者は次の教皇と目される人物。この点は一度も変わっていない。当代の教皇が自ら“贄捧げ”を執り行おうとしたというのは、一度も前例が無い事だ。」


「なるほど……。では、何か意図がある事は明白ですね。単に栄誉を欲しがっただけかもしれませんが。」


「よほど政治的立場が強く、権勢を誇る為に慣例を破った。『次の教皇も自分だ』とでも言いたいのか……。別に教皇座は定まった任期など無いが。」


「次の教皇も自分、という事は、教皇座から引きずり降ろされそうだった、とかでしょうか。圧力への抵抗、とか……。」


「あり得なくは無いが、降ろされそうになる程度の権力であれば、それこそ“贄捧げ”の栄誉など獲得出来まい。教皇の権力は大きいが、教皇になるには枢機卿団の選挙に勝たねばならない。支持者たちの意向を無視するような強権は振るい辛いと見る。」


「むむ……。分かりません。慣例を破った目的とは……?」


「さて……。教会内部の権力闘争など、詳しくないからな……。」


「私、枢機卿なんて一人も知らないかもしれません……。」


 博識な贄の王もまるで関わりの無い世界だけに、ほとんど無知であるらしい。生臭い権力闘争などわざわざ教会が外に広めたがる訳も無いので、当然の話かもしれない。サンに関してはもはや論外の域であった。


 「―― しかし、“贄捧げ”というのは実に目立つ。聖地に光が取り戻される光景を見るためだけに遠方からやって来る信徒などもいるくらいだ。人目が多い、という辺りに何か思惑があるのでは無いか、と私は思う。新しい儀式などを起こすでは無く、最重要の一つでもあり古来より続く“贄捧げ”を舞台に選んだ。その辺り、何かありそうではないか?」


「確かに……。私は『誰に宛てたメッセージ』なのか、という辺りが気になっているのですが……。それが何も知らぬ観衆にあるとすれば……?」


サンと贄の王は二人して思考を巡らせるが、正解らしいものは見えてこない。情報が足りない、と言うほか無いだろう。







最近PVの伸びが良くて調子乗ってる。私です。

以下、補足です。




この物語でいう教会の役職はキリスト教 (ローマカトリック)のパクリです。

下から助祭、司祭、司教、(大司教)、枢機卿、教皇ですね。


枢機卿は主に、司教のうち教皇に任命された複数名がなります。書いてる現在の定員120人。思ったより多くね?うん、昔は少なかったらしい。


教皇は同時にローマ司教でもあり、(司教や)枢機卿から選ばれるたった一人の代表者。

枢機卿たちの投票(コンクラーヴェとか言う)で教皇が選出されます。この時、現在のカトリックでは80歳未満の枢機卿だけが選挙に参加できる感じですね。


昔は枢機卿でも司教でもない者が教皇になれたりだとか色々あったらしいですが良く知りません!圧倒的にわか知識なのだ!

ぶっちゃけ、私は宗教そんな詳しく無いんだなこれが!


ちなみにパクったのは役職体系と教皇選出が投票によるって部分です。あとはほぼ物語用に雑った。贄捧げとか代替わりの話は即興。だって地球に呪いがどうこうなんて無いし。

役職周りもこの物語書くためだけにネットでテキトーに調べたもんです。だから間違ってる可能性がそれなりにある。友達にドヤって恥かいても責任は取れぬ。許せよ。




以上補足でした。


あ、今更ですが宗教意識が強い方には謝っておきます。私、自分の宗教とかよく分かってないあるある日本人なんで。

特に何も信じてないけど愚弄するつもりもないんで。

気に障ったら自宅にダイナマイトまでで許してね。まだ死にたくないから。

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