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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第五章 心無きモノたち
136/292

136 “従者”の実力


 眼前の騎士が遠間から一歩踏み込み、袈裟掛けに斬りかかってくる。


 思い切りの一撃はすぐ傍に控える仲間の援護を前提にしていて、迂闊にサンがカウンターを合わせようと前に踏み込めば、すかさず第二の斬撃が見舞われる。味方との連携を活かして自分の隙を躊躇なく晒してくる。その攻撃には仲間への確かな信頼を感じさせ、彼らが一昼夜程度では培われない絆で結ばれている事をどんな言葉よりも雄弁に語っている。


 サンは剣を合わせることさえ避け、足捌きで身を引くことで回避する。再び間合いを空け、剣を構え直す。


 サンとて武芸を嗜む者としてよく分かる事だが、実戦で敵に隙を晒すというのは、怖いのだ。


 稽古ではない。手に持つのは真剣なのだ。たった一度の隙を突かれただけで命が終わる。死を恐れる本能が足を鈍らせる。手を躊躇わせる。そうと意識しただけで除ける恐怖ではない。


 しかし目の前の騎士はその恐怖を容易く踏み越えて見せた。この一撃で“自分は死なない”という確信を得ている。勝負に絶対は無いというのに、そうだと信じ切れている。


 敵ながら素晴らしい胆力と信頼だとサンは感心してしまう。文字通り、命を仲間に預けている。それがどれほどの事か、戦に触れない者には決して分かるまい。


 万全の構えに対して大ぶりの一撃。膂力や技術で劣ろうとも、これほどの隙に応じられないサンではない。一人目を斬り伏せることは出来るが、すかさず放たれるだろうもう一人の攻撃を捌けない。サンは引かざるを得ないのだ。






 初撃を難なく躱された騎士は深追いしてこない。油断なく剣を構え直し、じりじりと間合いを詰めてくる。


 そこに焦りはない。当然だ。戦いが長引くほど不利なのはサンの方。時間は彼らの味方なのだ。


 むしろ、焦っているのはサンだ。この4人を素早く撃破して逃がした子供に合流しなければ。


 だというのに、この4人は弱くなどない。選りすぐりのエリートが集う西都の騎士たちだけに、この4人も油断出来る相手ではない。もしサンに権能の力が無ければ、勝ち目は無かったくらいに。


 前に構えた“闇”の剣は右手だけで持っている。半身で構え、左手は魔法のために空けておく。その構えは、彼女の主にして師、贄の王と同一のもの。剣術と魔術を組み合わせて戦う武術だ。


 眼前の敵は4人。剣を抜いて接近戦を挑む2人と、その背後から銃を構え、隙あらば発砲しようとしている2人。味方の背中を撃たないように、やや慎重になっているようだ。


 魔法のための左手に権能の闇を纏わせる。暗い陰に包まれるサンの左手に、騎士たちは警戒の色を強める。


 そうだろう、気になるだろう。彼らの知識には無い力。未知ながら、おぞましさだけは確かに伝えてくるこの闇を決して無視は出来ない。


 ぐっ、と足に力を込めた次の刹那、正面の騎士が一気に間合いを詰めながら上段からの斬り下ろしを放つ。またも捨て身。反撃するなら来い、仲間がお前を仕留めるぞ――そんな意思を瞳に乗せてサンを煽る。


 人間であれば当然、後ろに下がるより前に出る方が速く歩幅は大きい。まして相手は体格に恵まれた男でありサンは女。


 後退だけでは捌けない。そう判断したサンは、後ろに身を引きながら斜めにした剣を相手の剣に打ち合わせて防御する。


 振り下ろしと振り上げ、男と女、歴戦の騎士と実戦不足の魔法使い。膂力と技術は格段に違い、打ち合わせた剣から伝わる想像を遥かに超えた重みにサンは思わず怯む。それでも何とか攻撃を躱しきる。


 だが敵もさるもの、魔法使いに魔法を使わせる愚は犯そうとしない。


 払われた剣を難なく戻すと、次の斬撃が放たれる。高めの軌道に対し、腰を落として身を屈めることでサンは危うくも回避。


 サンの方もやられるばかりではない。身を屈めると同時、左手に纏った闇を炎のように放出しながら左腕を払う。


 サンの左手を追って闇が宙に軌跡を描く。だが、何のことはない。ただのハッタリだ。見た目は良くないが、触れたところで何ともない。


 だが相対する騎士にそんなことは分からない。流石に、空中に浮かぶ影のような得体の知れないそれに突っ込んできたりはしない。サンへの追撃をやめて、闇の軌跡から距離を取るように身を引く。


 時間は、騎士たちの味方だ。サンがやや焦っている理由でもある。


 しかし、距離は違う。剣を振るう為には詰めなければならない距離。そしてそれは、魔法使いたるサンの味方。


 サンが何より欲した“距離”が、僅かながら稼がれる。


 宙に溶けて消える闇の軌跡。しかしそれが稼いだ僅かな距離をサンは無駄になどしない。


 すかさず“転移”。発動までの僅かな遅延は、稼いだ距離に守られる。


 騎士は目の前で“闇”に包まれて姿を消したサンに驚きながらも、その姿を素早く探す。


 後方から油断なく銃を構えていた2人の騎士だが、仲間の背によってサンが“転移”した事実をほんの少しだけ認識し遅れる。


 その“ほんの少し”が、致命的。


 消えてから僅かな時間差を置いて、銃の騎士のすぐ背後に闇を背負って現れるサン。


 慌てて振り向いた1人目の騎士の胸を斜めに斬り抜ける。振りぬいた剣をそのまま返し、2人目の騎士の心臓目掛けて斬り上げる。


 贄の王によって創り出された“闇”の剣は、その尋常ならざる鋭さを遺憾なく発揮。騎士の制服を紙の如くすり抜け、肉を斬り、骨を絶って、なお鈍らない剣閃は傷ついてはならぬ臓器を深く抉り、引き返せぬ死へと導く。


 舞踊の如き華麗な動き。舞うような軽やかさで、瞬く間に2人の騎士が命を奪われた。


 「『炎よ!』」


 2人の仲間が斬り捨てられる光景を目にした剣の騎士たち。敵を斬ろうと踏み込んだ彼らの視界を火炎が覆う。


 だが、彼らは怯むこと無く炎の向こうへ斬撃を見舞う。多少の火傷を負ってでも、魔法使いに魔法を使わせてはならない事を知っているのだ。


 片方の剣が何かを斬り裂く。人の肉を斬る感触が手に伝わる。だが、明らかに“重い”。間違い様も無くサンでは無い体重を刃に感じた彼らはその剣が斬ったものを理解する。


 サンは、斬り捨てたばかりの騎士の身体を倒れるより早く前に押し込み、肉の盾としたのだ。火炎はただの目くらまし。


 「『抉れよ、穿てよ、無形の槍よ!“土の牙”!』」


 盾とされた騎士の足下、石畳の下から硬質な土の矛先が現れ、勢いよく突き出される。それは仲間の肉体に切っ先を持っていかれてしまっている騎士の一人、その腹を下から抉り貫いた。


 騎士が口から勢いよく血を吐き出し、その傷が深い事を知らせる。






 これで3人。残るは一人。


 サンは深追いしない。急ぎ最後の一人を撃破したい焦りを堪え、その場で構える。


 時間は、騎士たちの味方だ。だが、距離はサンの味方だ。


 騎士は時間を稼ぎたい。しかし、それでも、無謀と知っていても、攻めて来ざるを得ないのだ。これ以上相手に手番を与えれば、成すすべなく魔法で蹴散らされてしまうから。


 最後の騎士が突っ込んでくる。剣を手に、一気に間合いを詰めてくる。


 その頭目掛けて、サンは愚かしくも上段から大ぶりの斬り下ろし。騎士が剣で打ち返せば、容易くサンの手を離れて宙を舞う黒い剣。


 それは当然の成り行き。打ち返される直前に、サンの手は剣の柄を手放していたのだから。


 誘われたことに騎士が気付くも、もう遅い。一気に間合いを詰めていた体の勢いは止められない。


 サンがその場で左手を振りぬく。その手に形成されていた“闇”の刃が騎士の首へと勝手に吸い込まれていく。


 首の側面には太い血管が通っている。それを斬り裂かれた騎士は派手に血飛沫を上げながら、どたどたと数歩進み、剣を握ったまま崩れ落ちた。
















 子供は必死に走っていた。


 その歩幅は小さく、足の回転は鈍く、とても速いとは言えない走り。


 息はとっくに上がり、碌な運動をしたことの無い貧弱な肺と心臓が悲鳴を上げる。


 亀のような鈍足でも、それでも必死に走っていた。






 子供には状況が全く飲み込めていなかった。


 何やら大きくて動く存在――子供はこの動く存在を“動物”と名付けた。素晴らしい名前だ――を目にしたこともそうだし、それらに“世界”の外へ連れ出されたこともそうだ。かと思えば動物はとにかくたくさんいて、視界を奪われた。何やら寝かされて、不気味な音を聞かされた。すると今度は持ち上げられて、ぶんぶん振り回された。


 視界が戻ったと思うと、目の前にはまたも動物がいた。


 この動物は驚くべきことに、子供と同じように服を着ていて、それを脱いでみせた。


 子供は奇麗だ、と思った。“奇麗”という単語もその意味も知らなかったが、子供の心に到来した感情はまさにそれだった。


 ここに来て、子供は動物が自分とよく似た形をしている事に気が付いた。つまり、頭があって、手があって、足があるのだ。


 動物の頭は光みたいな色だった。目の部分は見たことも無い色だった。良く分からないが、とにかくすごい、と思った。


 動物に引っ張られたり、背中に背負われたりした。取り敢えず不愉快ではなかったので、ついていった。


 また一際ぶんぶんと振り回されたあと、地面に投げ出された。痛かったが立ち上がると、動物と動物が向かい合っていた。


 子供は自分を背負っていた動物が怖い音を出して指さしたので、びっくりした。


 もう一度怖い音を出した。指の方向へ行け、ということみたいだった。


 子供は状況が飲み込めていなかった。まるで理解出来ていなかった。余りに未知が多すぎて、頭が謎で埋め尽くされてしまったのだ。


 それでも、指の方向へ走り出した。






 良く分かっていなかったけども、子供の心は竦みあがっていた。それでも、背負っていた動物が他の動物よりも良かったので、従った。他の動物はとにかく怖かったけれど、自分を背負っていた動物は怖く無かったからだ。


 子供は必死だった。この子供の短い生涯において“必死”など初めての事だった。


 とにかく走った。必死で走った。


 道など知らない。街など知らない。方向など知らない。何も知らない。


 とにかく、走ったのである。






 ふと気が付くと、後ろから動物が走って来ていた。子供は歪な本能ながら、追われることに恐怖を抱いたので、より必死に走った。


 しかし、ただでさえ遅い子供の足では迫る動物から逃れられなかったのだ。


 あっという間に追いつかれると、ひょいと持ち上げられた。不愉快だった。恐怖を感じた。とにかく、嫌だった。


 動物の手から逃れようと暴れるが、動物は意にも介さず子供を持ち上げたままどこかへ歩き始めた。


 恐怖と混乱に支配された子供の脳内には、先ほどまで自分を背負っていた動物、唯一怖くなかった動物の姿が浮かんでいた。







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