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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第五章 心無きモノたち
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135 忌まわしの音


 時折休息を挟みつつ、サンと子供は順調に西都の外へ近づいていく。


 だが、やはり時間をかけ過ぎてしまったようである。


 既に幾度も、何人もの騎士たちを目撃している。彼らの目的はサンの捜索で間違い無い。“欺瞞”の効果が無ければすり抜ける事は不可能だっただろう。


 捜索の手は徹底的かつ過剰だ。住民を捕まえては聞き込み、虱潰しに戸を叩いては中を確かめる。細い路地まで覗き込んでは、隠れる者が居ないか捜す。流石に少数ではあるが、屋根の上すら捜索しているらしい。“飛翔”を見ているためだろう。


 時間と共に彼らの捜索網は広がらざるを得ない。今この瞬間が、最も周囲に騎士たちが多く危険なのだ。


 進むのは危険だ。しかし、留まるのも危険。ならば、進む以外に道は無い。






 休息の場は逃げ場を失いかねない路地や物陰では無く、“欺瞞”を生かして視界の通る道の端だ。


 子供を背から下ろし、民家の壁に寄りかかって座る。


「……ふぅー……。」


 思わず零れた深い息。既に太陽がはっきり位置を変える程の時間を逃亡し続けている。サンは自分自身に濃い疲労の色を見て取っていた。


 傍らの子供は状況がよく分かっていないのか、辺りを警戒するそぶりも無く、じーーーっ……とサンを見つめている。相変わらずその顔は無表情を通り過ぎて虚無の表情だ。余りにも感情が窺えず、本当に意識があるのか心配になってくるほどだ。


 あるいは、薬物の類で心を殺されてしまっている可能性もある。この子供についても分からない事は多くあって、魔境に戻ったら贄の王と相談したいと思う。


 この子供が何を思っているのかは分からない。先ほどから一言も言葉を発しないし、そもそもサンはターレルの言葉が分からない。


 ――でも、細かいことは後でもいい。


 一先ずはこの状況を脱するのが最優先。この子供自体や意思については後でいい、と思っている。放っておいたら、“贄”として殺されてしまうのだから。






 サンの視界を横切る三名の騎士。周囲を警戒しながら歩く男たちは、サンを捜索している者たちの一部と見て間違い無いだろう。


 その視線はサンの方にも向けられるが、騎士たちが気づいた様子は無い。そのまま歩いて道の向こうへ消えていった。


 それを見届けた辺りで、サンは休息を終えて立ち上がる。されるがままの子供を背中に背負い、都の外へ向かって歩き出す。サンの予想では、日暮れよりは先に西都の外へたどり着ける筈だった。


 ――このまま、何事も無く脱出できればいいんだけど。


 サンがそんな事を考えた矢先の事である。やはり現実というものはそう上手くいかないものであるようだ。


 サンが歩く道の向こうから、二人の騎士が歩いてくる。生憎と道は一本道な上、“欺瞞”があってもすれ違える程の広さは無い。


 ――引き返すしかない、かな……。


 足を止めて振り返る。今来たばかりの道を戻り、歩いてくる騎士たちをやり過ごそうという考えだ。


 そんなサンの視界に入ってきたのは、またも二人の騎士であった。


 ――まずい、挟まれた……!


 一本道。両側からやってくる二人ずつの騎士。やり過ごせる空間は無く、隠れる物陰も無い。


 ――なら、上……!


 一時的に“強化”を解く。ずしり、と背負う子供の重さが何倍にも増したような錯覚。


次いで“飛翔”を使用。重力に抗って、サンの身はふわりと空中に浮かび上がる。そのまま屋根の上に逃げる。


 無事に着地しながら眼下の道を見下ろせば、鉢合わせた騎士たちが何事か会話しているところだった。もう少し判断が遅ければ危なかったかもしれない、と胸を撫でおろし、再び“強化”の魔法を使おうと――。


 りん!りん!りん!


 ベルのような音が響いてくる。それは、何かしらの警告音だ。


 サンは突如鳴り響いた音に驚き、音の発生源を探す。それはサンの立つ場所よりも下、地上から響いてくる。


 正確には、先ほど“飛翔”でやり過ごした騎士たちから――。


 ――この音、どこかで……?


 嫌な予感を覚えたサンが咄嗟に騎士たちから隠れようと身を翻す瞬間、眼下の騎士たちが何事か大声を発しながら、サンのいる辺りを指さした。


 そしてサンが屋根の陰に身を引いた直後、4発の弾丸がついさっきまで居た屋根の縁辺りを通り過ぎた。


 ――嘘……!見つかった!?


 サンは慌てて走り出す。とにかく、その場から少しでも遠いところへ行こうとするが、地上と違って屋根の上は走り抜けられるような作りはしていない。


 仕方なく、“強化”を解いて“飛翔”を使う。地上の騎士たちの頭上を大きく飛び越えるようにして地上へ降りると同時に、再び“飛翔”を“強化”へ切り替え――。


 りん!りん!りん!


 背後から鳴り響くベルのような音。騒がしく迫ってくる騎士たちの靴音。明らかに、サンの方へ向かっている。


 ――な、なんで……!?


 今度こそ慌ててサンは走り出す。とにかく距離を稼ぐ。とにかくここから離れる。しかし――。


 りん!りん!という音はどんどんと迫ってくる。騎士たちの靴音も、どんどんと大きくなってくる。


 そこまで来て、サンはようやくベルのような音の正体に思い至る。


 それはもう随分前のこと。シックと共にラツアを目指していた頃の話。そこで一度目にしていたのだ。サンの魔力に反応して警告音を発した道具。それが原因で不慮の事故を招いたりもした――。


 ――魔力!そうだ、それで……!


 あの音はどういう仕組みか、魔法を使おうとした瞬間に鳴り響いていた。サンの“強化”に反応していたのだ。“飛翔”や“欺瞞”に反応しないのは魔法ではないから。


 それはつまり、“欺瞞”の効果で目視されずともサンの方向だけは分かっているという事に他ならない。


 逃げ切れない。“強化”があってもサンの走力では騎士たちに追いつかれてしまうが、子供を背負ったまま“強化”を解けば満足に走ることさえ出来ない。


 もっと早く“強化”に反応されている事に気が付いていれば。もっと早くあの音の正体を思い出せていたら。もっと早く“強化”を解く判断が出来ていれば。


 だが、もう遅い。






 サンはその場で子供を下ろす。勢い余って転倒する子供に、乱雑な扱いをしてしまう事を心中で詫びつつ、振り向いて“欺瞞”を解除。もう、騎士たちとの距離は十歩も無い。


 “欺瞞”が解かれた事で騎士たちの目にはサンが突如として現れたように見える。驚きつつも足を緩めない男たちに向かって、サンは最短の詠唱で魔法をぶつける。


 「『炎よ!』」


 サンの右手から放たれた火炎が騎士たちに向かい、避ける隙も無くその身を包む。


 騎士たちが口々に苦悶の声を上げるが、それでもそのまま突っ込んでくる。


 そしてそれは正解だ。如何に優れた魔法使いとて、最短の詠唱程度では人を行動不能になど出来ない。そして魔法使い相手に最もしてはならない事は、距離を与えること。


 ――“炎”は失敗だった……!


 騎士たちは多少火傷を負ったかもしれないが、軽傷に過ぎない。物理的に足を止めさせる“土”や“風”で転倒を狙うべきだったのだ。


 サンのミスを、騎士たちは見逃さない。次の手を放つより先に距離が詰められ、騎士たちが剣を抜いて飛び掛かってくる。


 サンは下がれない。すぐ後ろにはあの子供が居るのだ。


 咄嗟に“闇”の剣を抜き放つ。抜剣したそのままの動きで、一人目の剣戟を受け流す。正面からぶつけてはいけない。筋力の差から押し切られてしまうからだ。


 受け流された騎士はしかし、すぐ様に次の斬撃を放ってくる。避けづらいように低めに襲い掛かってくる刃、これをサンは剣を盾に腕で受ける。強烈な衝撃が腕に伝わり痛みを訴えてくるが、耐えきる。


 相手が次の攻撃に移るより早く、サンは権能の闇で反撃しようとして――。


 攻撃に使う筈だった闇を慌てて盾にし、死角を抉るように突き出された剣を防ぐ。そう、敵は一人では無いのだ。


 サンは眼前の敵の胴を思いきり蹴るようにして背後へ跳ぶ。背後で突っ立っていた子供の傍らに立つと、騎士たちの反対を呼び差しながら言う。


「行って!」


 しかし、子供はおろおろするばかりで動かない。サンは騎士たちを注視しながらもう一度叫ぶ。


「早く!」


 言葉が分からなくとも、言いたいことは伝わったらしい。子供はようやく、たどたどしい足取りで走っていく。


 一人にした子供が騎士に発見されてしまう危険性はある。しかし今この場にあの子供が居ては戦いすらままならない。


 走り去った子供の無事を願いつつ、正面の4人の騎士を素早く倒す算段をサンは脳内で立て始めた。







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