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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第五章 心無きモノたち
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134 祈りを集めて紡ぐもの


 “贄”役の子供の確保、シシリーア城からの脱出は望外に順調な成功を収めた。実際にはかなり綱渡りであったが、騎士たちの警戒が主に外からの侵入へ向いていた事に加え、権能という彼らからすれば余りに未知の力があった事が全てだ。


 もしもう一度やれと言われても、既に初見でない騎士たちは同じように突破させてはくれないだろう。ああも上手く出し抜けたのは、あくまで“飛翔”や闇が未知だったからだ。基本的に、彼らは格上。この成功で油断するような事はあってはならない。


 そして、脱出はまだ終わっていない。


 シシリーア城からは脱出したが、ここはまだ西都の中。高い空を飛んだ事に“欺瞞”の使用を加え、現状追手が掴んでいるのは方向だけのはずだが、数と土地勘の差もある。早急に移動し、西都を出るべきだ。


 基本的にサンは魔境の外に拠点が無い。近くに人里すらない魔境が安全な上、“転移”を有するがゆえだった。


 しかし、人間を連れて転移出来ないサンはこの子供を魔境に連れていく事が出来ない。結局、最後は贄の王に頼らざるを得ないのだが……。


 ――西都に主様をお呼びする事は出来ない。ここには、“神託者”がいる可能性がある。


そういう訳であった。


“贄の王”と“神託者”の鉢合わせは避けねばならない。既に人外の戦闘力を持つことが判明している“神託者”の目的は“贄の王”の討伐。“贄の王”の権能が魔境を離れるにつれ弱まることも考えれば、やはり両者がかち合う可能性は徹底的に排除するくらいで丁度良いのだ。


 まぁ、『逃げるくらいなら何とか出来るだろう』とも言っている訳ではあるが。






 ともかく、サンは西都から離脱する必要がある。のんびりはしていられない。置いてきた騎士たちの後手に回り、西都を封鎖されては困るからだ。


 サンがもう少し筋力自慢であれば抱えて高空を飛んでしまうのだが、元エルザの肉体はそもそも非力。一応筋力をつけようとしてはいるのだが、目に見えるほどの成果は未だ無かった。正直、これからも無いのではないかと疑っている。


 サンは“欺瞞”をかけると、灰色髪の子供の手を引いて歩き出す。幸い抵抗の意思は無いようで、大人しく連れられるがままになってくれている。


 “欺瞞”の便利なところは自身の周囲の空間に使うため、サンに近づいていれば子供の方にも効果がある事だ。まだまだ会得したばかりの魔法だけに扱いは注意が必要だが、端に寄れば気づかれずに人とすれ違えるこの魔法は極めて便利だった。


 子供の歩幅に気を使うとどうしても早歩きくらいにしか出来ないが、最大限急いで都の外を目指す。


 最悪はやはり“飛翔”で飛んでしまうことだが、残念ながらサンの“飛翔”は精々全力疾走くらいの速度しか出ないのだ。騎士たちの走力なら簡単に追いつかれてしまう。使いどころは慎重に見極める必要があるだろう。


 ポラリスを回収して乗ることも考えた。しかしその場合は“欺瞞”の効果は期待出来なくなるだろう。駆ける馬一頭に目立つなというのは無理な話だ。


 結局出来ることは子供に気を使いつつ必死に早歩きすることだけなのだ。


 ……ところが。






 「……?どうかした……。――ぁ。」


子供の手を引く右手に重みが増した事に気が付き、子供の方を振り返る。見てみれば、何の不思議も無い。


……子供が疲れ果てていただけだ。






 ――しまった……!そこまでは考えてない……!


 息を乱し、いかにも苦しそうな子供の顔を見れば、サンは自分の失態に嫌でも気付く。


 サンの知る筈も無い事ではあるが、この子供は“贄”にされるが為だけに生まれ育てられてきた。二つの部屋から外に出されることも無く、当然“運動”など碌にしたことが無い。幼い頃には部屋を走り回ることもあったのかもしれないが、所詮その程度。


 この子供は、同年代から見れば異常と言う他ないほど、体力が無いのだ。ほとんど、虚弱と言ってもいいほどに。


 サンは“欺瞞”が解けないよう気をつけつつ、通りの端に立ち止まる。


 疲れ果ててしまったらしい子供は、その場で崩れ落ちるように座り込んでしまう。


 ――まずい……。これじゃ移動が出来ない……!


 どれほどサンが焦ろうと、現実は変わる筈も無い。既に疲労困憊といった様子の子供は、十分に休ませねば歩くこともままならない。例えまた歩き出したとして、すぐに休息が必要になる。……一体、都を出るのに何日かかることだろうか。


 ――私が背負う……?ううん、それは私の方が持たない……!


 非力な自分の肉体が恨めしい。”強化“の魔法を使えば筋力的にも体力的にもかなり楽になるだろう。しかし、飛躍的に上がる訳では無い。都の外まで持つかどうかは厳しいところだ。


 ――今からポラリスを……。ダメ、“欺瞞”が使えない……!


 馬に乗せれば離脱は出来そうだ。しかし、それは思案済み。“欺瞞”が無ければ発見は免れない。発見されれば誤魔化しきれない。


 ――どこかに身を隠す……!あぁ、ダメ!そんな場所知らないし連れていけない!


 あるいは上手く隠れられたとして、そこからどうするのか。西都を脱出しなければならないのに、敵の捜索が進むだけだ。


 ――背負って“飛翔”……。これも同じ……!


 “欺瞞”も合わせれば見つかる可能性は低いだろうが、結局サンの体力が問題になる。腕で抱えるよりはずっと楽でも背負う体力は必要なのだ。


 ――……見捨てる。それは、あり得ない。


 愚問だ。そんな安い覚悟を持ったつもりは無い。


 ――でも、どうする……?どうしたらいい……?






 留まっている時間が一番惜しい。そう判断したサンは、先々の問題を一度度外視して子供を背中に背負う。


 人を背負ったことの無いサンと背負われたことの無い子供の間で間抜けな一幕があったが、割愛する。


 ずっしりと両足にかかる重みに耐えつつ、一歩一歩を必死に稼ぐ。使う魔法は当然、“欺瞞”と“強化”だ。“強化”は慣れたものでいいとして、“欺瞞”には神経を使う。精神的に疲弊して“欺瞞”が解けようものなら、即刻発見されるだろう。


 何せ、フードと仮面で顔を隠した小柄な不審者と、それに背負われる子供。既に情報が回り追手も駆けているだろう状況では一発で牢獄行きだ。時折すれ違う住民に見向きもされない事から、“欺瞞”が確かに発揮されている事が分かって僅かな心の支えになる。


 ――本当に……。覚えていてよかった……。ありがとうございます、主様ぁ……。


 正直に言えば既に辛い。体力の無い足腰と難しい魔法をずっと使用している疲弊が大分来ている。正直に言えば、今すぐ贄の王に頼りたい。その凄まじい魔法と権能で私を助けて、という具合である。


 実際サンに甘い主の事だ。指輪に魔力を込めるだけで途端に現れて、直面している問題を全てパパッと解決してくれること請け合いだ。“神託者”の危険がどうこう、とか言っても関係無いだろう。本当に出会ったとして、逃げるくらいは容易にしてのけそうな気もしてしまう。そう思わせるだけの力があるのも事実。


 しかし、しかし。それではサンが納得できない。


 だってそれでは、サンがいる意味など無いではないか。最初から全部贄の王が一人でやって、それで一番上手くいって、丸く収まって万々歳。完璧だ。完璧にサンの出番は無い。


 ――私は、主様の、お荷物じゃない……!


 それがサンの矜持だった。


 もちろん適材適所という言葉もある。贄の王こそがやるべき事はたくさんあって、そこにまで首を突っ込んで邪魔をするのは違う。


 だが、贄の王である必要の無い事もまたたくさんある。サンに出来る事ならば、サンがやった方が良いのなら、サンがやり遂げねばならないのだ。サンが選んだのは贄の王の“従者”になること。間違っても、贄の王の“お世話”になりたい訳では無いのだから。


 そもそもからして、この“贄”役の子供を救出する事はサンの我儘。贄の王本人には関係が無い。


 断じて、そんな事まで主に頼る訳にはいかない。それくらいなら、最初から魔境に引きこもって主の手伝いだけしていれば良いのだ。“完璧”といった雰囲気に似合わず、生活面は駄目駄目だらけの主の周りにやる事は多い。朝起こして、部屋の片づけして、食事とかお茶の用意とかとか。


 ――それはそれで、悪く無いかもだけど……!


 ちょっと和やかで楽しそう、とか思った自分から目を逸らす。主と俗世を離れて隠遁生活。いい。悪くない。やぶさかでない。むしろアリ。


 ――じゃなくて!


 欲望に呑まれそうになった自分を叱咤。辛く苦しい現実から逃避してはいけない。その先に待つのはより辛く苦しい未来だからだ。






 ……“贄の王”は、“神託者”に討伐される。全ての伝承が、全ての記録が、全ての歴史が、その結末を断言する。


 違う未来など、ありはしないと。


 今回ばかりは違うかも、なんて愚かな幻想は抱かない。今回だって、同じになる。何もしなければ、繰り返される歴史の一項になっておしまい。


 だから抗おうと思ったのではないか。そんな結末、嫌だったから。死んでほしくないから。生きて欲しいから。


 そう、それがサンの原点だった。歴代の“贄の王”たちが皆同じ結末を辿ったなら、自分がそれを変えてやる、と。


 それから色んな事があって、色んな想いも増えたりして、それでもその原点は変わっていない。


 ――こんなところで、くじけたりしないから……!


 背中に背負った子供の重みも、主の前に立ちはだかる宿命と比べれば軽いもの。こんな小さな子供一人くらい背負えなくて、どうして宿命となど戦えようか。


 ――もう、“贄”なんて悲劇は要らないんだ。


 こんな小さな子供がどうして殺されなければならない。罪人が裁かれるのとは訳が違う。老いていればいいという訳でも無い。


 この子供はまだ何の未来も歩んでいない。


 ここで生き延びても、何かが変わるかは分からない。もしかしたら、現実に打ち負けて自ら命を絶ってしまうなんて可能性だってある。


 でも、この子供はその選択すら無かったのだ。


 生きて欲しい。こんなところで、死なないで欲しい。未来を歩んでみて欲しい。サンだって人の世なんて嫌いだけれど、もしかしたらこの子は違うかもしれないではないか。人を愛し、人に愛され、生きててよかったと笑うかもしれないではないか。


 死なないで欲しい。いや、死なせない。例えこの子が望んでも、サンはこの子を生かしたい。


 もう道理なんてものは無い。ただサンはそう思った。思ってしまった。疲労でぐしゃぐしゃになった思考の中で、ひたすらに“生きて”と願った。


 ――死ぬのなんて、最後でだっていいんだから。


 ――死なないで欲しい。生きていて欲しい。


 ――あなた達を死なせる為に、“みんな”は“贄”になんかなったんじゃない。






 そこにあったのは、絶望なんかじゃなかったのだ。


 今のサンはもう知っている。“みんな”は希望を祈って死んだのだ。


 死にたくないと泣いていた。殺さないでと叫んでいた。それでも最期はそう祈った。






 ――『明日は希望がありますように』。






 貧弱な足腰がふらついても、魔法にすり減った神経が明滅しても、サンは止まる気はしなかった。


 歩くことが戦いならば、歩き続ければ勝ちなのだ。


 こんなに楽な勝負は無い。仮面の下で、サンはふっと強気に微笑んだ。







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