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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
13/292

13 犠牲の上の繁栄


 「サン、ここまでにするとしよう。――今日は身体を休めるといい。」


 贄の王がサンに声をかける。サンは上がった息を抑え込みつつ礼を述べる。


「はぁ……、ありがとうございました……。はぁ……。」


 サンは贄の王の木剣を預かり、自分のものと一緒に片付ける。贄の王がベンチに座り、サンにも座るよう促す。失礼を詫びながら隣に座るサン。


 全く疲労を見せない贄の王に対し、疲労困憊といった様子のサン。打たれたあちこちが痛み、魔法疲れした両手はびりびりとして力が入らない。


「武芸など久々だったが、思ったよりもなまっていないものだな。お前も大したものだ、サン。」


「ありがとうございます……。しかし、一撃掠らせさえ出来ず、不甲斐ない思いです……。」


「お前の歳を考えれば同世代ではほぼ勝てる腕前。加えて私の年齢はおよそ10年止まったままで、当初は真面目に鍛錬も続けていた。――そう簡単に打たせはしない。」


「しかし、やはり悔しいものです……。」


「そう思うのなら才能もあるということだ。今後も望むなら稽古をつけよう。私は剣術と魔術のみだが、相手取る分には不足はあるまい。」


「はい、お言葉に甘えさせて頂ければと思います。」


 贄の王は意外というべきか、師としては上等な部類だった。弟子の悪いところを素早く見破り、明確に言葉にする。疲労や限界も見てやり、無理なことはさせない。


 サンは良き師に出会えたことを密かに感謝しつつ、指摘されたところを思いおこして頭に刻み込む。






 贄の王が立ち上がって転移で姿を消すと、サンはばたりとベンチに横倒しになる。全身の痛みと疲労にも、主の前ではこれ以上無様を晒せないと耐えていたのだった。


「あ“―……。」


 乙女が決して人前では出せない声で呻きつつ、じっと身体を休める。


 恐らく強いだろうと思っていた贄の王だったが、想像以上だった。サンは本気で攻めたが、贄の王は常に余裕があった。まるで大人と赤子だ。


 外見では離れても五つ六つほどだろうか、実力は10年あっても埋まるか、と言ったところだ。


 それに魔術も加減していた。サンも最も強い魔術なら鉄を砕くことも出来ようが、主は指先一つでそれを成し遂げるだろう。


 最後の一合わせは参考までにと本気を出してもらったのだが、勝負になっていなかった。


 なにせ動いた、と思った次の瞬間には剣の切っ先が喉に突きつけられ、見回せば周囲には漆黒の槍がぐるりと逃げ場を塞いでいたのだ。


 瞬きよりも短い間のことで、恐怖すら感じる暇が無かった。高すぎる壁に対し、しかしサンは嬉しかった。きっと、自分はもっと強くなれるだろうから。


 よし、とサンは勢いをつけて立ち上がる。天井近くの窓穴から外を見ればまだまだ明るい。


 ――今のサンには、やる事が多いのだ。


 疲労の色も随分消えた足取りで、サンは訓練場を出て行った。











 翌日、サンは贄の王に転移を願った。食料も随分無くなり、買い出しの必要があったからだ。贄の王は以前と同じよう袋に入った鈴を渡し、サンをエルメアの都に送ってくれた。


 転移の闇がはらわれれば、魔境とは真逆に明るい太陽と活気づいた空気。光溢れる人類の繁栄を謳歌する鉄の都に一人、人類の大敵に従う少女は広場を歩いた。


 先日と似たようで違う景色の理由は何か、と思えばどうも都全体が賑わいと彩りに満ちているのだった。


 何かしらの祝祭らしく、昼間から酒を浴びる男たちと、花々を身に纏い喋り歩く女たち。


 サンは無感動に、いや寧ろ嫌悪さえ浮かべてそれらを眺め歩く。


 やがて先日と同じところに店を出すファーテルの通訳人を見つけ、10エリオン銀貨を握りつつ声をかける。やはりどこからかやってきたのは茶髪の少年、シックであった。


 シックはサンに気づくと、歩みを速めて近づいてくる。サンは謝罪の文句を考えながら、シックに先手をゆずることにした。


「――サン! よかった、あの、ごめんなさい! この間は、何か悪いことを言ってしまったのでしょうか。謝りたかったんです!」


「――いいえ、こちらこそ謝ろうと思っていたんです。私の子供じみた不機嫌で良くない態度を取ってしまいました。申し訳ありません。」


「いえ、それより聞きたかったのは、俺が何を言ったかです。……また、同じことをしてしまわないように。」


 正直、シックはもっと自分に対して怒っていると予想していたサンだけに、この態度は少々意外だった。どうやら、シックは損をしがちな性格らしい。


 変わらず、その首にかけられた天秤の飾りを見ながら、サンは素直に答えてみることにする。


「実を言いますと、あまり大きな声では言えないのですが……。私は不信の徒なのです。つまり、天秤の神が嫌いなのです――。」


 その言葉に対し、シックの反応は意外にも小さかった。


「そうですか……。そうかも、とは思っていたんです。世の中には、そういう人たちもいるって……。」


「――見るに、シックは敬虔なようですが、不愉快ではないのですか?」


 するとシックはにこやかに笑みを浮かべる。


「いいえ。――これは、俺の考えで、また怒らせてしまうかもしれないけれど。――神様は、どんな人だって見捨てたりしない。サンみたいな人も、必ず主のお慈悲がある。そう信じてる、です。」


「――そう、ですか。」


 サンは湧き上がる怒りを押し殺す。何もここで喧嘩などしたいわけではないし、そういう人物だと予想はしていたからだ。


 やはり、今度は違う案内を探そうか――。などと考えつつも、今回は諦める。






 二人はサンの目的に従って歩き出し、道中サンはシックに問う。


「今日は、何かの祝祭なのですか。都全体が、賑やかに見えますが。」


「……えーと。多分、サンの嫌いな話だ、です、けど。今日は、エルメアの都が贄の王の呪いを祓ってからちょうど14日目なんです。」


「――あぁ、聖日ですか。道理で、空が明るいと思いました。私が前に来たのは贄捧げからすぐだったのですね。」


「そうですね。贄になられた方も、楽園で喜ばれているんだろうな……。」


 ――ふざけるな。


「ただ、犠牲にされただけでしょう。きっと現世を呪っていますよ。」


「そんな……。聖アルテの詩『楽園の慈悲』では、世のためにその心身を尽くした人は楽園で大きなお慈悲を頂けると言ってるです。きっと――」


 ――ふざけるな。


 サンは怒りを堪えながらシックを遮って言う。


「いいえ。ただの作り話です。……もうやめましょう。こういう話はしない方が、私たちには良いようですから。」


 シックは残念そうな顔をして、渋々に同意する。どうやら、サンを啓蒙したいらしい。


 サンは周囲を包む祝祭の浮ついた空気にも反吐が出そうなほどの怒りを感じながら、心中で神とこの繁栄を呪う。


 この繁栄の下には、贄とされた人々の犠牲が、『  』の犠牲があるのだ。それがサンには許せない。


 ――そこには、私もいるというのに。


 こんな血塗られた繁栄なんて、いっそ滅びてしまえばずっといい。この大地には、たった14日前に流された血が染みついているのだ。


 サンには、(しゅ)なんてものの慈悲など欠片も信じられなかった。






「今日は、食料だけですか?」


「いいえ、運動用の服を買いたいですね。後は、辞書が買えれば。」


「運動用の服、サンのですか?」


「えぇ。こう見えて、いくつか武芸を。」


「へぇ、かっこいいです! 実は俺も、剣術を父に習っているんです。」


「そうなのですか。私は剣と槍、弓も少し。」


「そんなに。凄いんですね。誰かに習っているんですか?」


「……はい。今は、とても強い師がいます。」


「それは良いですね。でも俺の父も強いですよ。厳しいですけど。」


「そうですか。……私も、つい昨日身体中を打たれてしまいました。後に残ってはいないのですが。」


「うわぁ……。怪我が無いなら良かったですけど、無理しないでくださいね。」


「もちろんです。身体を壊しては意味が無いですから。」


「あ、運動用の服を買いたいなら、あっちの方がいいですね。俺も行ったことあるお店です。」


「分かりました。」






 二人は運動用の品を扱う店に着いた。


 ファーテルでは見たこともない物などもあり、レジャーとしての運動も広まっているようである。


 サンは手短に女性向けの運動服を数着買う。ついでに、練習用の矢も一束購入する。会計はシックを介するのだが、そのタイミングで知り合いらしい店主とシックが何事か話す。


 途中シックが顔を赤くして慌てながらサンを見たが、言葉の分からないサンには全く何のことか分からない。


 ただ、にやにやとした笑みを浮かべている店主を見て、何かからかわれているんだろうなぁとやりとりを眺めていた。


 それから本屋に向かう。印刷の技術も実に発達しているらしいエルメアでは、ファーテルよりもはるかに安い金額で本を購入出来た上に、扱う本の種類もずっと多かった。


 サンは本屋で辞書を数冊買った。エルメア・ファーテルに、エルメア・ラツア。それから、主の書斎で見た言語の物をいくつか。タイトルだけでも分かれば良いと思ったからだった。


「サンは勉強家なのですね……。言葉を覚えるのって、大変ですよね。」


「そうですね……。私も、他の言葉を学んだことがありましたが、およそ身につかないままでした。」


「へぇ、意外です。なんだか、サンは何でも出来るような人だと思っていたから。」


「多少器用ではあるかもしれませんが……。いずれも普通を脱しませんね。」


「そうなんですか……。何か、そんな言葉がありましたよね、ファーテルの。何でしたっけ。」


「……“器用貧乏”、ですか。」


「多分それですね。器用貧乏。サンは器用貧乏なんですね。」


「……あまり、誉め言葉ではありませんよ。」






 二人は先日も訪れた市場にまたやってきて、食料を買いそろえていく。ちなみに、買った荷物はシックが持ってくれている。数冊の辞書などそれなりに重いと思うが、シックは全く苦労している様子が無かった。


 市場では祝祭ゆえか、料理を作って売っている屋台がいくつも出ていた。エルメアでは、昼にも食事をとるのが普通らしい。


「あぁ、お腹空きましたね。サンは食事は?」


「私は昼に食事はとりませんね……。しかし、確かに少しお腹が空いたかもしれません。」


「それなら、いくつかおススメがあるですよ。ちょっと、待っててください。」


 そう言ってシックは一人で歩いて行ってしまう。そのまま荷物を持っていかれる、なんて疑いを抱かない程度にはサンもシックを信用し始めていた。


 やがて帰ってきたシックの手には二つの料理があった。


 荷物が多いのに器用なものだ、などと思いつつ、市場の脇のベンチに座って食べる。曰く、『ミートパイ』という食べ物らしい。


『ミートパイ』は面白い触感のするパンのようなもので、中には細かい肉が入っていた。サンは初めて食べる味を味わいながら分析し、自分でも作れないものか、と考える。


 ――中の肉やソースはどうとでもなる。けど、この生地はいったい……。


 難しい顔をしているサンに対し、シックは口に合わなかったかと心配になる。


「サン、不味い、ですか?」


「――ん。いえ、おいしいですよ。自分でも作れないかと考えていました。」


「それなら良かった。そうか、サンは料理が出来るんでしたね……。」


「あまり難しいことは出来ませんし、ファーテルの料理だけですが。……この生地は一体どうやって作っているのか、シックは知っていますか。」


「いや……俺にはさっぱり……。ごめんなさい。」


「いえ、仕方のないことです……。作り方は売ってもらえないものでしょうか。」


「なら、聞いてみますか?」


「買い物を終えたら寄ってみましょう。それから、お代はいくらでしたか。」


「お代、いらないですよ。もらってください。」


「……そうですか。ありがとうございます。」


 お金に余裕があるのは間違いなくサンの方だったが、不要だと言うならありがたく受け取っておく。


 ……その代わり、また来るときには案内を頼まねばならないだろう。






 買い物帰りに寄った屋台ではサンが財布をちらつかせれば、快く作り方を売ってもらえた。生地の作り方も聞いてみれば納得で、思いつきとは偉大だ、などとサンは思う。


 全ての用事を終えたサンは再び広場に戻ってくると、シックに別れを告げる。


「シック、今日もありがとうございました。」



「いいえ、俺も楽しかったし、お金ももらえるし、良い事ばっかりです。」


「そうですか。なら、今日はここまでで良いです。また来るときは、シックに案内を頼もうと思います。」


「ほんとうに?ありがとうございます。ちゃんと、待ってますよ。」


 シックは心底嬉しそうに笑う。


 敬虔な思想は全く受け入れられないが、シックという個人自体にはむしろ良い評価をしているサンだった。


「ところで、荷物、どうするですか?サン一人じゃ、持てないですよね。」


 サンは大丈夫、と返事をしながら【動作】を使う。シックの持ってくれていた荷物が一人でに浮かび上がり、サンの周りにとどまる。


 シックは心底驚いたらしく、口を開けて唖然としていた。その様子がなんだかおかしく、サンは微かに笑みを浮かべた。


「――あ。サンも、笑うんですね。」


「当然でしょう。普通の人間ですよ、私は。」


「そっか……。あ、でも。普通じゃないですよ、魔法使いです。俺、初めて魔法使いと知り合いました……。」


「隠していたわけではありませんが、ひけらかすことでもありませんから。――それでは、私は失礼します。また会いましょう、シック。」


「あ、うん……。また。俺、もっとファーテルの言葉、学ぶます。サンのためなら、もっと頑張りますよ。」


 そして、二人は前回とは違って和やかに分かれることに成功した。サンの方も、敬虔さが絡まなければ嫌いではないな、と思っていた。






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