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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第五章 心無きモノたち
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128 海峡の聖都

熱出して寝てました。いつもの時間じゃないけど書きあがったので投降!





 一般にはターレルの都とだけ呼ばれるかの都であるが、厳密には“東都”と“西都”という隣接した二つの都から出来ている。


 カンレンギ海峡の西岸、すなわち西都。こちらにはファーテルなどの北土やガリアで見られるものと同じ様式の大教会――別名はシシリーア城――があり、ターレル以西の信徒達の聖地とされている。


 カンレンギ海峡の東岸、すなわち東都。こちらはアッサラなどで一般的な祈祷殿の規模をそのまま大きくしたような大祈祷殿――別名はムッスル=ア城――があり、ターレル以東の信者達の聖地になっている。


 狭いカンレンギ海峡の両岸、互いに睨み合うように位置する東西の都。それらはそのまま異なる宗教の境目であり、二つの大陸の境界でもある。


 長い歴史において、都はその主を幾度も変えてきた。宗教、民族、経済、政治……。戦争の理由には事欠かなかった。


 そんな都が、今ターレルという一つの国の下に統治されているのは歴史の妙であろうか。あるいは、瞬く間に過ぎ去る歴史の一通過点に過ぎないだろうか。




 かの地はターレルの都である。あるいは、明日にはもう違うとしても。


 二つの宗教、互いの聖地、奉じられるは同じ神。


 分かり合えなかった人々は、歪ながら今まとまっている。それが今日限りのものとなるのか、遠い未来まで続くのか。


 共通の“神敵”が現れる今、彼らは手を取り合えるのか――。











 前の街から馬の背に揺られること、4日目の昼。


サンは道を少し外れると、緩やかな斜面を上って丘の上に出る。すると、遠くに巨大な都の姿が目に映る。


 これまで歩んできたどの都よりも大きいであろう。石と木の家々は無数の如く並び、平地を埋め尽くしている。大きい、広い、多いといった要素はそれだけで見る者を圧倒する力があるが、この広大な都の全貌を眺めるサンの心に到来したのも、まさしくそういった類の感嘆であった。


 そして最も目をひいてやまないのはやはり、周囲の家々の何倍、いや何十倍もの巨大さを誇る大教会――神の代弁者たる教皇の居城、大地で最も神に近しいとされる聖地、すなわちシシリーア城である。


 天の頂きに昇らんとする程に高く、全ての民を余さず抱かんとする程に大きい。さらに、シシリーア城は単一の建造物からなるのではない。この遠景からですらそうと分かる広大な広場。文明が作り出してきた芸術の粋を極めた聖堂。精緻にして美麗なる黄金の彫刻が煌めく礼拝堂。透き通る水晶たちが見守る静謐な墓所。そしてそれらを守護する砦の如き鋼鉄の城門。どれか一つですら人類に誇れるであろう傑作たちがひとところに集まっている。


 遠い丘の上からですら壮観である。中に足を踏み入れるならば、まさしく人の世ならざるが如き光景に違いない。


 これが忌々しき教会の総本山でさえ無ければ、サンも無邪気に感動したかもしれなかった。


 シシリーア城は大地中の信者たち――ターレル以西と但し書きがつくが――が集う聖地なのだ。




 そんなシシリーア城擁する西都。その向こうにはカンレンギ海峡の水面が陽光を浴びて光っている。さらにその向こう、微かに見えるのは東都に違いない。流石に遠くて良く分からないが、目立つシルエットは東都の大祈祷殿――ムッスル=ア城だろうか。


 西都の象徴がシシリーア城なら東都の象徴はムッスル=ア城だ。シシリーア城は“こちら”側の聖地であるが、ムッスル=ア城は“あちら”側の聖地である。


 異なる宗教の手で作られた筈のそれぞれの城だが、示し合わせたように向かい合っていたり、同じようなサイズ感だったり、案外子供じみた競争が二つの城を造らせたのかもしれない、とサンなどは思ったりしていた。




 完全に余談であるが、シシリーア城もムッスル=ア城も“城”としての機能を持っているのに、どちらも攻城戦に使われた過去は無い。幾度も戦争で奪い奪われを繰り返してきた両都の城としてはおかしな話であるが、事実どちらの城の壁にも矢痕や弾痕は無いのだ。


 戦争という混沌の中でも互いの聖地を傷つけない程度の紳士性が残されていたのか、はたまた神の怒りを恐れただけだったのかは不明である。どちらの宗教も奉じる神が同じであるとは有名な話であったから、案外素朴な信仰心がそうさせたのかもしれない。


 教会によると“神の守り”だったそうだが、サンは断じて信じていない。サンに歴史的遺物を多少重んじる性質が無かったら、証明とばかりに自分で破壊していた可能性すらある。






 遠くから見下ろすターレルの都はなかなか壮観だが、いつまでも見ていると流石に段々飽きてくる。サンは馬の首を返すと、外れた道の上に戻る。日暮れまで歩けば、明日中には西都に入れる見込みだ。




 なぜ都に直接転移しないかと言えば、気候や文化に体を慣らしたかったからだ。


 特に気候はガリアと大きく変わる。冬でも日中は暑いガリアと違い、ターレルの冬はそれなりに冷える。ファーテルや魔境の寒さには全く及ばないが、薄着だと普通に寒い。それから、湿度も違う。乾燥しきったガリアと違い、ターレルは年中湿潤だ。今は冬も終わる時期だが、ちょうど雨量が一番多い時期でもある。3、4日に一度は雨が降るので、夜も敢えて野営を続けているサンには意外と厄介だった。


 ガリア・ターレルの国境付近は大差無いようだが、都近くまで来ると食べ物も言葉も違う。ガリアでは野菜や果物など殆ど王族か富豪のものだったのだが、ターレルではかなり庶民、というか貧民でも食べられる。それくらい安いのだ。


 アーマナ以来サンはガリアの言葉が雰囲気だけ分かるようになっていた――何故か、古代ガリア語を習得していたので――のだが、ターレルの言葉はさっぱりだ。西都に着いたら辞書などを探してみるつもりである。贄の王の下に“来て”から各地を旅し、色んな言葉をつまみ食いしてきたのでちょっと混乱し始めているのがやや不安事だ。




 ひたすら馬の背で移動し続けるだけなので、やる事が特に無い。一日位なら転移で旅路を短縮しても良いのではないか、という悪魔――神嫌い的には天使の方かもしれない――の誘惑が聞こえる。早く着けばやれる事も多くなる。余裕は大事だ。ちょっとくらい変わりはしない――。


 「……ふぅ。」


 溜息を吐いて、誘惑を振り払う。あんまり楽な方へ逃げる癖はつけない方がいい。無駄な労力は嫌いだが、振り返って初めて有益だったと分かることもある。半端にするくらいなら、最初から都に直接転移するべきだったのだし。――ちょっと、融通が利かないだろうか。


 手慰みに馬の鬣をくるくる弄る。ちなみに、当然ながら馬とはポラリスの事だ。以前ファーテルからラツアまでの道のりを行った時の相棒である。ガリアに行っていた頃は魔境の城で飼っているだけだったが、こうして再び共に旅路を行けるのは悪くない。ポラリスもその方が嬉しい。……と思う、多分。


 退屈だけが不満だが、ポラリスとの旅自体は嫌では無い。何にせよ、根本的に人嫌いというか人間不信のきらいがある自分には人よりポラリスの方が付き合いやすい。……気がする、多分。


 ポラリスは気性の大人しい子で、戦場を駆け回るには向かないかもしれないが、こうした旅には実に適した馬なのだ。……そんなに馬を知っている訳では無いが、多分。




 そんな風に思考を弄びながら道を行けば、やがて黄昏時が訪れる。遠くの空に微かな星の輝きを見て取る頃、サンは野営をすべく足を止めるのだった。











イスタンブールにバチカンを置いたら大体そんな感じ。多分。

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