表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
127/292

127 魔物の正体


 サンの目の前に、もう魔物はいない。


 贄の王にひれ伏していた彼らも、床や天井に張り巡らされた黒い線も、もうない。当然だ、あれらは一つの魔物だったのだから。


 サンは残っていた涙の痕を拭うと、立ち上がる。


 目の前には、ぽつんとあるだけの祭壇。まるで、最初からここには何も居なかったかのよう。まるで、さっきまで見ていたのが”夢“だったかのよう。


 だが、決して夢などではなかったとサンは知っている。


 長い長い時を越えて、約束は、二人の想いは、果たされたのだ。






 サンは死後の世界がどうなっているかなど知らない。かつては教会が語る楽園やら何やらを漠然と信じていたが、過去の話だ。今は、どうせ嘘だと思っている。


 ビウスもソトナも遥か昔に死んでいて、その魂はとうにこの世を離れている。ここで再会したのは、二人の残滓。想いだけが取り残されて出来た、二人に似て非なるモノ。


 だけれど、もし、死後の世界があるのなら――。


 あの二人の魂が、寄り添うように居られたらいいと思った。


 そう、信じたいと思った。











 結局、オグネス翁が言っていた『我らの遠い父祖が辿り着いた答え』というのは見つからなかった。


 恐らく、それは形あるものとして残されていた訳では無かったのではないか。


 神殿跡の地下に居た“追憶”――サンはあの魔物をそう名付けた――は人に夢を見せる魔物だった。そして、その夢は恐らく過去のアーマナで実際に起こったこと。その夢のどれかに『魔物の謎の答え』があったのではないか。


 オグネス翁もメレイオスも“アーマナにある”以上の情報をくれなかった。それは、言えなかったのではないか。サンが満月をきっかけに夢を見せられたように、彼らも夢を見せられたのではないか。だから、“アーマナにある”としか言いようが無かったのではないか。


 もっとも、所詮全ては推測に過ぎない。本当のところは分からない。


 見つけられなかっただけで廃墟のどこかには文献か何かがあったのかもしれないし、気づかなかっただけで砂の下のどこかには埋まっていたのかもしれない。


 だが、それに代わるだけの情報はもう得られていると思う。


 あの地下の部屋に居た”追憶“が示唆するところは多い。……もちろん、あれは魔物の中でも特異的な個体だろう。だが、”追憶“の示す真実とその他の魔物たちを比べていけば、成り立つ推測がある。




 端的に言えば、魔物とは“想いの成れの果て”である。


 “追憶”の見せた夢、ビウスという男が“贄”になる時のもの。そこに居た“王”と名乗る男が語った事。贄の王が見せてくれた教会の本に記されていた事。


 “贄捧げ”とは、闇と光を集める行いである。その時、闇と光から混じりモノが除かれそれは棄てられる。そして、棄てられこの世に取り残された混じりモノ、すなわち“想い”は再び肉体を得る事がある。ビウスという男の“約束を果たす”想いが“追憶”という魔物になったように。


 他の魔物たちもそうだったのではないか。いつかの時代、“贄捧げ”でこの世に取り残された“想い”たちが肉体を得て、魔物と化したのではないか。






 リーフェンという川沿いの都を襲った魔物、“衝撃”。サンにとっても因縁浅からぬこの魔物は、リーフェンの巨大な駅を破壊することで甚大な被害をもたらした。正確には、駅の土台を支えていた魔術陣をピンポイントに破壊することで、駅を自壊させた。


 どうして“衝撃”はそんな事が出来たのか。


 ――知っていたのではないか。駅を支える魔術陣の存在を、“衝撃”となった誰かの想いが。




 サンとシックが遭遇した狼人たちの村は、昼間にはいたって普通の農村だった。魔物には不要な行いもたくさんあった。


何故、人の村など模す必要があったのか。何故、訪れた旅人を夜襲するなんて迂遠な方法を取ったのか。何故、大した距離も無い隣の村を襲わなかったのか。


 ――何か、想いがあったのではないか。例えば、普通の暮らしがしたい、といったような。




 イパスメイアの“接吻魔”。あの魔物には、唯一幼い子供の命は奪わない、という奇妙極まりない習性があった。こういった特定の特徴を持つ人間を殺さないという習性を持つ魔物は時折現れるらしいが、その理由は全く不明だった。


 ――同じだったのではないか。魔物の根底にある誰かの想いが、その人間性の残滓が、殺すことを嫌った結果だったのではないか。思えば、“特定の特徴を持つ人間“とは何かしらの意味での弱者であることが多かった。幼い子供、老人、貧乏人などだ。




 タッセスメイアに現れたカラスのような魔物も、思えば奇妙だ。どうしてタッセスメイアから離れなかったのか。どうして街そのものは壊さないようにしていたのか。その結果、建物の中は安全地帯になっていて、魔物から逃げる事が出来るようになっていたではないか。


 ――これも同じだったとすれば、説明がつく。建物の中の人間を殺すより、建物を破壊しない方を優先させたのは、そう想った誰かがいたからではなかったか。例えば、タッセスメイアという街を愛した誰かがいた、といったような。






 もちろん、サン自身強引なところがあるのは否めない。説明しきれない部分もある。どの魔物も――”追憶“は違ったが――人間の命を奪おうとするのか。死すら恐れない魔物が贄の王だけは異常なまでに恐れる――これも”追憶“は例外、というか反対――理由。人を憎むはずの魔物が、一方で人の暮らし方や街を守ろうとする矛盾。


 思い込みが過ぎるかもしれない。“追憶”という特異的な個体を基準に考えすぎているかもしれない。


 だが、どうしてか、サンは確信に近い感情をこの推測に抱いていた。サンの勘が、いや勘と言うには強烈すぎる感覚が、そう言うのだ。まるで、“知っている”かのように。




 ――いや、もしかしたら。


 「――本当に、知っているのかも。」




 鏡に映る空色の瞳を見つめながら、サンは静かに呟いた。


 自分の物のはずのその目は、得体の知れない輝きを湛えているかのように見えた。











 実は、サンの中には既に一つの答えがあった。


 その答えは、ジグソーパズルの欠けていたピースのようにサンの推測にピタリとはまり、その全貌を見事に完成させるのだ。


 だから、残る魔物の謎についてもサンはおおよそ説明が出来る。その答えさえ、認めてしまえば。


 だが、もし、その答えが真実であれば。


 もし、それが正解であれば。


 もし、認めてしまえば。


 自ずと、導かれる事実がある。






 それは――。


 それはつまり――。











 サンは自分の考えを振り払う。考えたくない事だ。


 ――もうやめよう。


 心の中で呟いて、サンは鏡から目を逸らす。




 心中に残る恐怖の感情を、サンは努めて忘れようとした。見ないふりを、しようとした。









全ての読者に感謝のキッス。

はいどうも。私です。


この話でアーマナと長かったガリアの話が終わるのですが……。

我ながらアーマナの話は急だし謎まみれでわけわからんちん過ぎるのでこちらにて補足情報をば。


別に考察とか謎とかどうでもいいよーとかそんな熱心に読む気は無いよーって方は飛ばしてください。

考察とかは自分でしたい!っていう方も飛ばしてくだされ。













実はアーマナひいてはガリアでの話は最後に「核心の一つ」を明かすって目標があったんですね。


この127話で「幹」にあたる謎の答えを示唆、「幹」を解くと「枝葉」にあたる謎たちが連鎖的に解き明かされていく……みたいな構成がやりたかったのでした。

ところが私の実力では背伸びしすぎたっだようで、結局話がしっちゃかめっちゃかになっちゃった。てへぺろ。という感じです。……はい。ごめんて。



で、「幹」にあたる部分の謎の答えと言うのが、作中で「魔物の謎についておおよそ説明出来る」けれども、「認めてしまうと不都合な事実が導かれる」というサンが閃いた「答え」なんですねぇ。


で、その「答え」というのは「魔物って複数の”想い”から出来てんじゃね?」というものです。


”追憶”と名付けられたビウスくんの顔したアイツ。人間の上半身がビウスくんだけじゃなくて複数体居たのはそれのヒントのつもりでした。


で、「魔物の根本は複数の”想い”が混じったモノ」という情報をもってアーマナとかあっちこっち読み直すと……みたいな。感じに。なってるといいな。























以上補足情報でした。作中で上手く書けよって?



ほんとだよねー。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ