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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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126 もう会うことは無いけれど


 ――夢が終わる。現実に回帰する。




 がくり、とサンは膝をつく。見上げれば、そこには老いた男――ビウスの顔がある。その真っ黒に塗りつぶされた目はサンの顔を見つめている。表情は僅かほども変わらないままだ。


 サンが見せられた夢――恐らくは遥か昔この場所で起こったこと――は、この魔物という存在の答えを示していた。


 夢の中で”王“は言った。『取り残された想いは時として再び肉を得る』と。つまり、それがこの魔物の正体だ。”約束を果たす夢“を見続ける魔物。長い時、ここに取り残され続けたビウスの想いの成れの果て。


 いったい、どれほどの時をここで待ち続けたのか。アーマナから人々が去り、砂漠の下に沈み、何もかもが忘れられて、それでもなお。


 人の想いは、時とともに絶えるもの。喜びや怒り、悲しみや憎しみ、夢や愛でさえ。永遠の時を変わらずあり続けられはしない。だからこそ、人は変わらぬ何かに想いを託してきたではないか。


 それでもこの魔物は、ビウスの想いは、ここにあり続けた。叶うはずなど無い約束を、帰る筈の無い人を、ひたすらここで待ち続けた。


 サンはビウスの頬に手を伸ばす。指先に伝わるのは、体温の無い硬い肌の感触。


 その時、サンの内側、その深いどこかから未知の熱量が膨れ上がった。






 カッ――と、凄まじい勢いで生まれた熱量はサンの心を瞬く間に満たす。燃えるように、叫ぶように。


 己の内側から生まれる全く知らない筈のその熱量に、しかしサンの心は恐怖を覚えない。むしろ“サン”は、きっと――“ずっとそれを待っていた”。


 そして、それは涙となって零れ落ちる。






 ぼろぼろ、ぼろぼろと、とめどなく溢れ続ける涙。サンの口は、“__”の口は、ようやく言葉を紡ぎ出す。


 それはずっと、言いたかった言葉。


「『――ごめん。』」











「『――ごめんね。……ずっと、ずっと、待っていてくれたんだよね。』」


 「『――あたしがここに帰ってくるって、ずっと……。』」




 「『ごめん。ごめんね……。あたし、海の向こうで死んじゃったんだ。帰ってこれなくなっちゃったんだ。』」


 「『だから、待っててくれなくても良かったんだよ。あたしの事なんて、忘れちゃって良かったのに。』」


 「『そんなの忘れて、幸せになって良かったのに。』」


 ビウスの顔が、困ったように笑う。――覚えているより、ずっと老けてしまった顔。しわだらけで、知らない傷もたくさんある。髪は全部白くなって、お爺ちゃんになったって感じだ。


 でも、一目でビウスだって分かった。だって、その奇麗な緑の瞳が、あたしを見つめるその優しい目が、何も変わって無かったから。


 「『……ばかだよ。ほんとに、ばか。』」


 「『でも、でもね。……あたしも、忘れたことなんて無かったよ。一番最期まで、ちゃんと覚えてた。』」


 「『だから、だから……。』」


 「『ありがと、ビウス。……あたしを、忘れないでいてくれたんだよね。』」


 ぼろぼろと涙が止まらない。止まってよ。ビウスの顔が、ちゃんと見れない。


 そう思っていたら、ビウスの指があたしの涙を拭ってくれた。かさかさで、硬くて、優しい指。でも、不器用だよ。ぜんぜん、ちゃんと拭えてない。






 ずっと、こうしていたい。たくさん話したいことがある。言いたいこともたくさんある。反対に、聞いてみたいことも。


 でもダメだ。


やっと会えたけれど、もうお別れしなきゃ。


 「『――ビウス。次に会えたら、言いたいって思ってたことがあるの。』」


 「『でも、言わない。もう遅いもん。』」


 「『だから……うん。もう、ここで、お別れ!』」


 ビウスだって、分かってるはず。


 「『……じゃあね。また、どこかでね。』」


 知ってる。もう、会うことは無い。


 あたしもビウスも、とっくの昔に死んじゃってるから。




 あたしの前で、ビウスがゆっくり見えなくなる。思わず手を伸ばしかけるけど、我慢する。


 そこで、一つ言い忘れてたことを思い出す。


 あたしは慌てて声に出そうとした。ところが、もう言葉は出てこない。


 残念。時間ぎれみたい。――あたしって、いつもこうだな。


 せめて、心の中で言っておく。






 ――ただいま!ビウス!











 ――おかえり。“ソトナ”。







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