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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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124 彼は夢に縋っていた


 その女が一体いつ現れたのか、サンには全く分からなかった。


 この三日間、サンと贄の王はアーマナで他の人間など見なかった。それどころか、周辺の砂漠一帯で人影など見ていない。


 アーマナは砂漠の只中にある。人里は遠く、周囲には何も無い。何かの偶然で辿り着くような場所では無いのだ。深い森で目印も無しに目当ての木を見つけるが如き幸運の巡り合わせでも無い限り。


 つまり、アーマナへ近づいてくる人影があれば気づいていた筈なのだ。ここは地平線まで見通せる砂漠なのだから。


 ならば最初から居たのか。それに、自分はともかくとして贄の王が気づかなかった?――考えにくい。しかし、事実あそこには女が居る。


 「主様、あそこ……!」


女の方を指さしで示し、贄の王に伝える。


「……?どれだ?」


しかし、贄の王の反応は芳しくない。確かにサンの指さす方を見ているが、目に入らないのか、女に気付かない。


「あそこです、女の人が……。」


「女……?」


「あそこ、アーマナの真ん中辺りです。建物が無い辺り……。」


女とは少し離れているが、決して見つけるのに苦労するほど遠い訳では無い。サンに見えるものがどうして主に分からないのか。


 サンは”飛翔“を操って女の方へ真っすぐ近づいていく。高度も緩やかに落としつつ、ゆっくりと。女はこちらに横顔を見せている。余り高度を下げ過ぎると、視界に入ってしまうかもしれない。背後へ回り込むように軌道を描きつつ、地面に着地。廃墟の陰に隠れ、女を見張る。


 女は微動だにしない。明るい月を眺めながら、じっとそこに立っている。時折、その長い黒髪が風に吹かれるように揺れる。――風など吹いていないのに。


 「――サン?」


贄の王がサンの背後に着地する。その声には戸惑いだけがあり、まるで“サンが何をしているのか分からない”かのようだ。


 だが、まさか降りてくる過程で女に気付かなかった訳では無い筈だ。最早、女の顔が見えれば判別出来るほどの距離。


 だから、サンは贄の王にこう言う。


「まだ動いたりはしていません。――“欺瞞”をお願い出来ませんか、主様。そうすれば、もう少し……。」


「……分かった。”欺瞞“を使う。――いいぞ。」


 サンは物陰から姿を現し、ゆっくりと女の背後に近づいていく。歩数にして10歩程度のところまで近づいて、足を止める。女にはまだ、動きは無い。


 「サン。何をしている……?」


背後から贄の王にそう問いかけられ、サンは困惑する。


「え……?そこの、女の人を……。」


何を、と言われると困ってしまう。見知らぬ女が居るから、一体何者かと近づいただけだ。敵対する訳でも、友達になる訳でも無い。


「女、とは……?サン、何が見えている……?」


「……え……?」


――見えて、ない?




 「――よう、__。何してるんだ、こんな夜中に。」


サンは勢いよく振り返る。聞いたことも無い男の声がしたからだ。


 「昼前には出発するんだろう。寝なくていいのか?」


いったい、どこから、いつの間に、現れたというのか。やけに白い肌をした男が、先ほどの女に向かって話しかけていた。


 「んー……。でも、せっかく奇麗なお月さまでしょ?ちょっとくらい、いいかなーって。」


月を見ていた女が答える。既に男の方を見ていて、サンたちには気づいた様子が無い。


「寝坊しても知らねぇぞ。俺は俺で役目がある。__を起こしには行けないね。」


「寝坊なんかしませんー。あたし、大事な日には絶対そういう事しないから。」


「あぁ……。分からなくもないな……。普段はダメダメなのに。」


サンの目の前で、見知らぬ女と男が仲良さげに会話する。どちらも、サンたちに気付かない。


「あなたに言われたくありませんっ。……確かに、たまーに、抜けてるとこはあるかもだけど……。」


「たまーに、とは思えねぇよ……。本当、心配だ。そんなんで旅なんて出来るのか?しかも、長い旅になるんだろ?」


「ちょっと、むかつくー……。まぁでも、何とかなるよ。マト―神さまも見ててくれると思うし。」


二人の会話は続く。その様子をサンはただ眺めていることしか出来ない。






 「――なぁ、海の向こうには、何があるんだろうな。」


「さぁ……。でもあたし、お月さまが見えないと嫌だなぁ。」


「月が見えない、かぁ。どうなんだろうな。海の向こうにも太陽はあるらしいけど月は聞いた事無いな。」


「えー……。パトーソマー神さまが見ててくれるなら、マト―神さまも見ててくれないかな……?」


「神殿でお願いしとけよ。海の向こうでも見ててくださいって。」


「はぁーぁ……。海の向こうかぁ……。おとぎ話だと思ってたなー……。」


「だから言ってたじゃないか。海の向こうは絶対あるって。」


「……いつまでおとぎ話を信じてるんだろーって思ってた。」


「__……。」


「ごめんってぇ。だって、お父さんもお母さんもおとぎ話って言ってたし……。」


「ふん。そのくせ、行くのはお前だけなんだもんなぁ。せめて俺も行きたかったよ。この目で見てみたかったのに。」


「んー……。そうだね……。こっそり一緒に来る?」


「……出来る訳、無いだろ。俺は、神殿を守らなきゃいけないし……。」


「……そっかー……。そうだよね……。」


「……。」


「……。」


「……なぁ、__。」


「……なに?」


「お前さ……。その……。」


「……?」


「絶対。絶対……。帰って来いよ。絶対……。」


「……。」


「なんだよ……。変な顔しやがって……。」


「ぇ……。だ、だって……。」


「いいだろ。それくらい……。ほら、海の向こうの話とか、聞きたいしさ……。」


「……。」


「……何か、言えって……。」






 「ありがと、ビウス……。」


「サン……?」


「ぇ……?」


サンはたった今、自分が口にした言葉を反芻する。意識的に口にした言葉では無かった。無意識の内に、まるで自分では無い誰かの口のように、勝手に言葉を発したのだ。


 ふと気付くと、目の前にいた男は消えていた。まるで夢か幻だったみたいに。ついさっきまで、仲良く話していたのが嘘だったみたいに。「帰って来い」と言ってくれた、ビウスの姿が、まるで、蜃気楼か何かだったみたいに――。




 「サン!」


びくり、と肩を震わせる。振り返れば、そこには贄の王がいる。10歩ほど離れたところに、こちらを案じるような目で、立っている。


――あれ?私、主様のもっと近くに居たような……。


 サンが困惑していると、贄の王が大股でサンに近づき、両肩を掴んで目を覗き込んできた。


「ぁ、主様……?」


「サン。一体、どうしたんだ……?」


「あ、あれ……?さっき、女の人と男の人が……。」


きょろきょろ、と周囲を見回す。どこを見ても、砂に沈んだ廃墟があるだけだ。サンと贄の王の他には誰も居ない。


「ここには、他に誰も居ない。先ほどから、何が見えているんだ……?」


「ここに、女の人と男の人が居たのです……。仲良く話していて、今、気づいたら消えていて……。」


そう答えながら、サンはふと空を見上げる。そこには、明るい満月が浮かんでいる。




――そう、まるで、あの夜みたいな満月……。




――“あの夜”?




 その時、一人の子供がサンの傍を走り抜けた。


やけに白い肌をもつその子供は、真っすぐに駆けていく。長い髪の女の子だ。まだ、10歳にもならないくらい。


 「あ、主様!今度は、子供が見えます。向こうに……!ま、待って!」


サンは自分の肩を掴む贄の王の手を振り払うと、走る子供を追う。その子の足は、妙に早い。




 背後から何か声が聞こえた気がする。だが、止まる訳にはいかない。追いかけなければ。


「はぁ、はぁ……!お願い、待って……!」


サンは走る。走ることしか、サンには出来ない。なぜなら――。






 前を走る子が、神殿の中に駆け込む。それを追って、自分も中に入る。


 神殿の中はそこまで広い訳では無い。家と比べればずっと広いが、それだけだ。“男の子”一人、すぐに見つけられる。そう思って、辺りを必死に見回す。


 だが、予想は外れて男の子は見つからない。どれだけ探しても、見つけられない。泣きそうになってしまう。だって、このままではーー。






 「――サン!」


「……ぁ。」


ふと気付くと、そこはアーマナの南端にある大きな建物跡だった。辺りには砂と、崩れた石材。辛うじて壁だったらしいと分かる残骸が、砂の下から突き出ている。


 後ろを振り向けば、贄の王が自分の手を掴んでいる。


「主様……。」


「サン、本当にどうしたというんだ……!」


「分かりません、私にも……。」


 サンは一度落ち着こうと目を閉じて、ゆっくり大きく呼吸をする。自分が何者であるか、何度も問いかける。




――私は誰?


――私は、サンタンカ。主様の、ただ一人の従者。


――私は誰?


――私は、主様の眷属。


――私は誰?


 ――私は。




 ――私は――。






 サンは目を開くと、正面の贄の王を見る。冷徹な青い瞳は、今は心配に揺れている。


「……大丈夫です、主様。もう、大丈夫です……。」


サンは上を見上げないように注意しながら、主にそう言った。


「……信用ならん。」


「本当に大丈夫です。多分、月を見なければ何ともなりませんから。」


女も、女の子も、月を見た後に現れた。何が起こっているかは分からないが、月に何か関係がある。


「月……?」


「はい。……それから、一つお願いがあります。この“神殿”跡の砂の下に、何かがある筈なんです。一緒に、探してもらえませんか。」


「……構わないが……。」


「ありがとうございます、主様。」


 サンは“透視”を使うと、砂の下を隈なく見通す。見えるのは、砂、砂、砂。


 だが、絶対に、この下に何かがある。そう確信をもって探し続ければ、やがて――。


「……あ。主様、あそこ……。」


サンは砂の下を指さす。その先には、石の通路のようなもの。


「……良く見つけた。離れていろ。……掘り返す。」


贄の王は右手に”土“、左手に”闇“を準備すると、なにがしかの魔法を使用した。サンには分からないが、通常の魔法と権能を上手く併用すると何かあるらしい。


 砂が巨大なクレーター上に抉れていく。砂の支えを失った石材が時折落ちる以外には、実に静かだった。


 クレーターはどんどん大きく、深くなっていく。それとともに、半ば以上が埋まっていた神殿がその残骸を地上に露わにする。


 ついに神殿の床が姿を現す頃、贄の王は魔法を止めた。


 贄の王が底へ飛び降り、サンも“飛翔”を使ってそれに続く。先ほど見つけた通路のような何かの場所を目指すと、それは探すまでも無く見つかった。


 分厚い扉だ。







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