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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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123 廃墟の客人


 ガリアの広大な砂漠、その只中にサンは居た。


 快晴の空には灼熱の太陽が輝き、大地には無限の如く広がる砂の海。熱された大気は陽炎を揺らめかせ、地平線を曖昧にする。


 夏でも涼しいファーテルに生まれ、永久凍土の魔境に暮らすサンである。そんな彼女にとって本物の砂砂漠の只中は余りに過酷であった。油断すると、あるいは油断などしなくても倒れかねない。今は廃墟の壁が作る日陰の中で休んでいるところだった。




 メレイオスから渡された地図よりアーマナの位置を確かめた贄の王とサンは早速とばかりに“転移”を使用した。


 これが、失敗だった。


 砂漠の暑さにサンが即刻ダウン。周囲をまともに確かめる暇すら無く、魔境の城に帰還する事となった。


 砂漠の暑さを甘く見ていた、訳では無い。仮にもガリアを訪れてから数カ月。砂漠の過酷さは身をもって知っていた。服装に始まる思いつく限りの準備は怠らなかったし、体調にも気を使っていた。


 しかしサンが旅をしていたのは、所詮人の住まう地。広いガリアの大地でも最も過ごしやすい場所に過ぎなかった。


 博識な贄の王も砂漠に慣れている訳では無かったし、権能のお陰で酷暑を体感出来ない。


 つまるところは砂漠の過酷さが二人の想像を軽く超えてきたという事だった。


 転移の便利さが裏目に出た結果として、転移前後の寒暖差が激しすぎた事がある。二度目の挑戦では暑さに身を慣らす為、気温の低い夜間に転移。冬であるため夜の砂漠は魔境に近い寒さになっている。日が昇ると同時に行動を開始し、疲労を感じずとも定期的な休息を取る。


 そんなあれこれの努力の果て、ようやく廃墟アーマナの調査が開始出来たという訳であった。






 日陰で休みながら、周囲の廃墟をなんとなしに眺めているサン。今居る場所は建物と建物に挟まれた、大通りか広場だったらしい場所で、随分見通しが良い。


 正面にある建物は完全に倒壊しており、三枚のひび割れた壁が砂の下から突き出ているだけだ。


もたれている壁は形の残っている方で、四角い建物の面影を残している。サンのすぐ右手には小さな四角い穴がぽっかりと口を開けており、どうやら窓か何かだったらしい。天井がやけに低いのは、建物の下半分――あるいはもっと――が砂漠に埋まっているせいだろう。


 少し離れた場所には柱だけが数本並んで立っている。何を支えていたのか分からないが、さしずめ建物の“骸骨”といったところだろうか。


 ここに遥かな昔は都市があった。たくさんの人々が暮らし、生まれては死んでいった。


 どんな人がいただろう。どんな暮らしぶりだっただろう。この壁は太古にもこうして人の背を支えたりしたのだろうか。


 そんな風に思いを馳せていると、何とも言えない気分になる。不愉快な訳ではなくて、かといって喜びや悲しみでも無い。ただ、とてつもなく大きなものに触れていて、自分はとてもちっぽけで、ただ感嘆することしか出来ないような、そんな感じ。


 そんな気分に浸りながら、休憩を終えて歩き出す。


 日陰から出た途端、全身を火であぶられているかのような暑さに見舞われる。大分慣れたと思うが、それでもかなり辛い。自分に砂漠の旅は無理だな、としみじみ思う。


 足に入り込んでは流れていくサラサラとした砂の感覚。無意味に蹴って遊びながら、廃墟の間を歩いていく。形を残す建物や、見通せない物陰には”透視“の魔法を使って覗き込む。探しているのは、もちろん”魔物の謎の答え“だ。




 すると、向こうの廃墟の陰から贄の王が現れる。こちらに気付いて向かってくるので、サンの方からも近づいていく。


 贄の王は“闇”でサンを日陰に隠しつつ「何かあったか」と問いかけてくる。


「いいえ、まだ何も……。主様の方は如何でしたか。」


「駄目だな。あるのは崩れた石ばかり……。せめて、どのような形で残されているのか分かれば助かったのだが。」


オグネス翁は「かの地には魔物の謎の答えがある」としか言っていなかった。アーマナのどこに、どのような形で存在しているのか、その他の情報が何も無いのだ。


「申し訳ありません。私が訊ねておくべきでした。」


「いい。責めてはいない。……ただ、こうも見つからないとな。流石に辟易する。」


「もう三日目ですか……。」


サンはやや遠い目をした。




 サンと贄の王がアーマナを訪れてから三日目になる。“飛翔”の魔法で空から眺め、目立つような場所は概ね回り終えた後だ。その全てが空振り、二人はこうして廃墟の都市を当ても無く巡っているのだった。


 大きな建物跡や広くなっている場所など、特徴のある場所を最初は疑った。その後はカソマの地下アジトのように隠されていそうな場所を探してみた。上空から“透視”で見回したりもした。


 しかし、現状二人が得た収穫は何も無い。南端の建物跡は神殿か何かだったらしいな、とかその程度である。


 「……やはり、時の立つ間に埋もれてしまったのかもしれんな。この、砂の下に。」


贄の王は溜息を零しつつ、地面を見下ろしてそう言った。


「そうだとすると、途方も無い話です。まさか掘り返すわけにも……。」


サンは“透視”でもって砂の下を見通してみる。しかし、どこを潜ってもあるのは砂、砂、砂ばかり。時折砂の下に形を保っている建物があるが、その中には結局砂しか無い。“透視”と言ってもそこまで万能な魔法では無いのだ。


「なんにせよ、このままでは埒が明かない。とはいえ、どうしたものか……。」






 結局、その日も何も見つからないまま夜が訪れた。


 ”転移“が使える以上、夜を砂漠の廃墟で過ごす必要は無い。いつも通り城に帰るものかと思えば、贄の王はもう少し残るという。


「夜に見れば、何か気づけないかと思ってな。お前は疲れているだろう。先に戻っているといい。」


サンと違い、贄の王は疲労しない。その気になれば、夜通しでも一日中でもそれこそ一年だろうと休みなく動いていられる。もちろん、精神の方が先に疲れてしまうだろうが。そういう意味で、贄の王は夜眠るようにしているのだ。


「それでしたら、私も少し残ります。主様だけ動いているというのも心苦しいですから。」


「そうか。だが、無理はするなよ。」


「はい、主様。」




 この夜はちょうど満月で、遠くの空から大地を柔らかに照らしていた。


 月明りの下、贄の王と共にアーマナを空から見下ろす。昼間とは打って変わって寒々しい夜、眼下に広がる廃墟はひどく寂しげだった。空に散りばめられた無数の星々の輝きと、どこまでも広がる砂漠の只中に忘れられた都の残骸。どことなく幻想的で、しかしこの世ならざるような虚ろさがあって、まるで永遠の中に取り残されたような心持になる。


 サンが横を見上げれば、月明りに照らされた主の顔がそこにある。それが何だか嬉しくて、廃墟にあてられた寂しさが少し薄れる。


――例え永遠の中だろうと、主様のお傍なら。


――貴方が許してくれる限り、私はずっとここに居たい。




 満月のせいか、感傷的になっている。たまには感傷に浸るのも悪く無いが、そろそろ本来の目的に戻らなければ、と改めてアーマナを見渡す。


 廃墟は夜闇の中、白い月明りを受けて透明に色づき、黒い影を薄く描く。そんな光景がずっと広がり、残念ながら目が留まるような変わった場所はありそうも無い。


「……何も、ありませんね。主様。」


「……あぁ。夜に見たからといって、何が変わる訳でも無いか。」


 どうやら無駄足だったか、と思いつつサンは満月に目をやった。月を見るのは好きだ。太陽のように、無遠慮に照らしすぎないのがいい。


「――満月が奇麗です。何だか、ずっと見ていられるような気がします。」


「……そうだな。」


「昔、小さい頃……。屋敷を抜け出して、月を見に行ったことがあったんです。すぐ気づかれて連れ戻されてしまいましたけど、あの夜の月は今も良く覚えています。……満月の夜は、思い出の人に会えるなんて昔話を信じていて……。誰に、会いたかったんだっけ……。」


「……。」


「あ、ごめんなさい。なんだか妙に懐かしい気分で、つい……。」


「……。」


「……主様?」


すぐ傍らに居る贄の王の反応が無い事に違和感を抱いて、ふと目を向けてみる。


 すると、贄の王はサンの顔を見つめていて、その視線がぴたりと合ったことにやや驚く。


「あの……。」


そうも見つめられると変に気恥ずかしい。サンの方からついと視線を外す。


「――ん。あぁ……。すまない。」


何やらぼーっとしていたらしい主がやっと反応を返す。何だか珍しいかも、などと考えるサンの視界の端に、何かが映った。




 それは、廃墟の真ん中あたり。


 やけに白い肌をした女が一人、風も無いのに、長い黒の髪を揺らしながら。


 じっと月を見上げていた。







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