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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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120 誇りの在り方


 贄の王は右手に”闇“を纏う。それは手の中でゆっくりと剣の形を取り始める。そして鋭利な長剣を模ったそれは、次第に色づいていく。


 輝くような銀色の刃。純白の柄は神聖さを漂わせ、施された細工は精緻で美しい。戦場に似つかわしくないその美しい切っ先は、イキシアの胸に向けられた。


 そして贄の王が言葉を紡ぐ。


「我、王たる者の意思により。今ここに一滴の血を捧げん。哀れみたまえ。慈しみたまえ。光と闇とを引き連れて、この者こそが御意思を果たさん。慰めたまえ。聞きたまえ。大地深き彼の地より、天高き場所へ招きたまえ。我が傍にこそ、置くなかれ。


 汝、良き僕たらんとする者よ。我が導きに従いて歩むべし。この標はただ汝のためにあるなればこそ。


 罪を背負うもの。罰を引き受けしもの。大地を愛せしもの。


 汝ら人よ、汝ら人よ。歩むものらよ、生けるものらよ。いつか忘らるるものどもよ。大いなる祝福あれかし。


 いざ、導かれよ。


神が、それを望まれる。


 ――あれかし。」


 そして、剣がゆっくりとイキシアの胸に突き立てられていく。その傷口からは血のかわりに光が零れ落ち、イキシアの身体を伝っていく。


 イキシアの身体が、ゆっくりゆっくりと光になって空へ昇っていく――。






 その光景をサンは呆然と眺めていた。どうしようもない悲しみが、堪えきれない痛みが、サンの胸を支配していた。


 イキシアが理想派の戦士たちに声をかけていくのも、どこか遠くに聞こえていた。


「――同胞たちよ。私の身勝手を許してくれてありがとう。これでカソマの闇が晴れたなら、私にとっては誇れる死に方になる。皆も、どうか誇って欲しい。この身を尽くす事で、私はサーザールの誇りを守り切ったのだと。これが、私の誇りの在り方なのだと。……皆と共に戦えたこと……嬉しかったぞ。」




「――ガエスも、そんな顔をしないでくれ。未練はあるが、後悔は無い。私の最期をお前が認めなかったら、誰に認められるというのだ?……それから、あの時の礼を言っていなかった。奴隷だった私を救ってくれて、ありがとう。妹を探していた時も、お前には世話になりっぱなしだったな。」




「――それから、サン。」


イキシアは先ほどまでの苦しげな様子はまるで無く、とても安らいだ様子でサンと視線を合わせる。


「……お前には、どれほど謝っても足りない。すまなかった。許してくれれば、嬉しいが……。どっちでもいいんだ。ただ、忘れないでいてくれれば……。」


イキシアの身体はもう半ば以上が消えている。優しい目が、サンを見つめる。




 サンは大きく息を吸って、それから吐いた。この非情な現実を、無理やりにでも受け入れようとし始めた。


「……忘れたり、しません。ずっと、ずっと、覚えています。」


「ありがとう。お前といるときは、何だか……。新しく妹が出来たみたいだった。」


「本当の妹さんに、怒られちゃいますよ……。」


「はは……。あいつにも、謝らなければ。……あぁ、謝ることだらけだ。本当に、私は……。」


「でも、私……。イキシアさんと会えて、良かった。」


「私もだ。……なぁ、サン。幸せに生きろ。ちょっとくらい恰好がつかなくたっていいから、お前が一番したい生き方をするんだ。お前はお前の心のために生きるんだ。人を愛して、人に愛されろ。お前を大事に思う人間は居る。お前もそいつらを大事にしてやるんだ。……私と同じ後悔をして欲しくない。」


イキシアはそこまで言うと、贄の王に目を向ける。その身体は、もうほとんど消えていた。


「サンを泣かせるなよ。サンが泣いた分だけ、私がお前を呪う。」


「……肝に銘じておこう。」




 サンは震える声でイキシアの名を呼ぶ。それから、涙はやっぱり止まっていなかったけれど、精一杯の笑顔を作ってこう言った。


「……ありがとう。お姉ちゃんみたいでしたよ。」




イキシアはにっこりと笑って、それから、消えた。






 イキシアが光となって消えるにつれ、カソマの太陽は力強さを取り戻していった。


 吹き抜ける風は清々しく心地よい。澱んで病んだ空気はいずこかへと消え去り、腐り果てた大地は蘇る。


 黒病に寝込んでいた者たちは次々と起き上がり、体表に走っていた黒くおぞましい模様が消え去ったことに歓喜した。


 黒病の消滅はカソマだけでは無く、タッセスメイア、パトソマイアなどでも同時に起きていた。死に瀕していた人々は急速に健康を取り戻し、その家族や友人と泣いて抱擁しあった。


 カソマを包んでいた“贄の王の呪い”は祓われたのだ。







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