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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
12/292

12 闘う従者


 城の広大な地階。その一角にはかつて兵士たちが汗を流しただろう訓練場が備わっている。その片隅には使用人服姿のまま剣を振るうサンの姿があった。


「38、39、……40!」


 数えるとともに剣を振り、40まで数えたところで終わる。ほとんど息も上げず、軽く汗ばんだ程度の様子には余裕が見て取れ、軽い準備運動のようなものらしい。


 そのまま、前進する素振り。同じく40本。


 次に、後退する素振り。40本。


 左右に切り返す素振り。20本ずつ。


 二連続で切り込む素振り。20本。


 踏み込んでの突き。40本。


 趣向が変わり、斬りかかりながら体を相手に寄せる踏み込み。40本。 


 その踏み込みから素早く斬り離れる。20本。


 斬り離れてから突きへ繋ぐ。20本。


 さらに、上段への斬りかかりから足払い。20本。


 突きと見せてからの足払い。20本。


 一通りの素振りが終わる頃には呼吸もやや乱れ、汗が流れる。少し息を整えて、水を含むと次へ。


 訓練場に作られた木の打ち込み人形に対し、ひと呼吸の間打ち込み続ける稽古。20本。


 乱れた息を整え、ふた呼吸の間打ち込み続ける稽古。20本。


 また息を整えてから、さん呼吸の間打ち込み続ける稽古。10本。


「はぁっ、はぁっ、はぁーっ……!」


 端のベンチに座って休憩。身体の筋肉をよく労り、水分を取る。






 10分ほどの休憩の後、今度は魔法と組み合わせた剣術の稽古。


 魔力を練って編み、身体の内側に張り巡らせると、【強化】の魔法を完成させる。


 途端に素早さと鋭さを増した身体でもって、同じ素振りを一周。


 小休止してから、次は剣術の合間に攻撃の魔術を組み合わせる。


 斬り終わりに“炎”を相手にぶつける素振り。20本。


 斬り終わりに“風”を相手にぶつける素振り。20本。


 斬り終わりに“水”を相手にぶつける素振り。20本。


 “雷”の魔法を相手にぶつけてからの突き。20本。


 “土”の魔法で足元から不意打ちのあと、踏み込んで斬りかかる。20本。


 斬り離れてから【動作】で剣をぶつけ、手元に戻す。20本。


 足払いとともに“風”をぶつけて体勢を崩す。20本。


 “土”で足元を隆起、勢いづけて斬りかかる。20本。


 斬り終わりに“炎”、“風”を連続でぶつける。20本。


 【動作】で剣をぶつけ、“雷”で追撃。20本。


 息を整えて水を含み、打ち込み人形に向かう。


 ひと呼吸の間、剣と魔術で打ち込み続ける稽古。10本。


 ふた呼吸の間、剣と魔術で打ち込み続ける稽古。10本。


 さん呼吸の間、剣と魔術で打ち込み続ける稽古。5本。


 小休止をはさみ、【強化】の魔法を解く。


 途端に重くなった身体で整理体操を行い、稽古を終わる。





















 すっかり汗みどろになったサンは木剣を片付けて水分を取り、汗を拭ってから自室へと帰ろうと歩く。


 すると、階段の途中で主と出くわした。


「サン?どうした」


「これは、主様。いえ、少々剣術の稽古を終えたところです」


 贄の王は納得して頷く。


「そうか、お前は武芸を嗜むのだったな。勤勉なことだ……」


「いえ、普通のことです。ここのところ掃除にかまけて怠ってしまいましたから」


「ふむ……。もしお前が望むなら、私が稽古の相手をしてもよい。たまには、私も動くべきだろうしな」


「主様が?それは、光栄なことです。何を嗜まれるのですか?」


「剣術と魔術だな。権能を得た今となっては、戦いの相手などいないのだが」


「確かに、主様の権能であれば、人の術など不要かもしれませんね……。でしたら、すぐにでも如何でしょう?」


「私は構わないが、お前は今終えたのではなかったのか。疲労もあるだろう」


「いえ、そこまで激しい稽古ではありませんでしたので。実践稽古が出来るのならお甘えしたい

ところなのです」


「そう言うのであれば、よかろう。確か、地階に訓練場があったか」


「えぇ、そこから戻ったところです。……では、向かいましょう」






 サンは主を連れて再び訓練場へ戻る。


 互いに木剣を持って向かいあえば、贄の王が口を開く。


「細かい作法などは不要だろう。最初から自由に打ちかかってこい。最初はお前の技を受けるだけにしよう」


 完全に自らが師の立場を取る贄の王だが、サンは不愉快になど思わない。なにせ目の前の存在は【贄の王】。只人の少女が剣や魔法を振るったところで傷など負うはずもない。


「分かりました。それでは、お願いいたします。……参ります!」


 サンは軽く構えをとった贄の王に全力で打ちかかる。


 【強化】に“土”の魔法で地面からの勢いを合わせた鋭い一撃は、一般人であれば見切ることも出来ない技だ。


 しかし、贄の王は最小限の動きでその剣閃をいなす。切っ先が滑り、体重をブレさせられるサン。


 だがある程度予測していたのか。ブレる体重を難なく戻し、切り返しの一撃を放つ。贄の王はこれをまっすぐに剣で受ける。サンよりも重い体重は一切揺るがされること無くそれを受け止めきる。


 合わせられる事を読んだサンは一度体重を乗せてぶつかると、反動でもって牽制の斬り離れ。軽く避ける贄の王に対し、足元への“風”を放つサン。


 贄の王は同じ威力合わせた“風”で応じ、魔法は相殺される。


 サンは斬り離れの後退のまま間合いを離すと、追撃を警戒しつつ構え直す。


 これでもって、一合わせ。


 サンは次に、魔術での牽制を撃つ。贄の王の目元に向かって“水”で水球を飛ばし、すかさず水球よりも速度のある“風”をその影に合わせて放つ。同時、駆け出す。


 水球は重力に引かれて放物線を描き、その影から”風“の魔法が目元に向かい、それをサン自身が追う。


 しかし、贄の王は片手で軽く水球を弾きながら屈んで“風”も避ける。その手の剣は鋭く切っ先をサンに向けて。


 サンは贄の王の刃を抑え込むよう狙って突きを出し、応手を待つ。これに贄の王は敢えて乗ってみせ、サンの剣と重なるように突きを放つ。


 向かってくる突きを突きで押さえつけつつ、体さばきでかわし、贄の王の背中側に回る。すかさず近距離で“炎”を撃つ。


 贄の王は自分の背面いっぱいを覆うように“風”の盾を作り、サンが放つ“炎”の勢いを殺しきる。同時に体を回転させてサンに向き直り――その目が言う。さぁ、次は?と。


 自分の火炎に突っ込むわけにはいかないサンは引くしかない。地面を蹴って、くるかもしれない追撃をかわしつつ再び”炎“を相手の視界を遮るように放つ。


 贄の王は軽く体を引いて“炎”を躱す。


 間合いが離れて、二合わせ。






 サンは、今度は悠長に構え直したりしなかった。地面を蹴ることで後退の勢いを前進に変える。足元からの切り上げを放つ。


 贄の王は迫る切り上げを斜めに打ち落とす。サンは剣に持っていかれそうになる重心を足さばきで取り戻す。


 贄の王は反撃をしないため、攻め手は変わらずサン。


 取り戻した重心から強く地面を踏んで全身の勢いを殺すと、その場で横なぎを放つ。


 贄の王はこれもまっすぐに立てた剣で受け止める。と、サンは片手を離して横なぎの勢いのまま贄の王に向けて“風”を放つ。


 贄の王が“風”を纏わせた剣でもってサンの魔法を斬ると、より強い風に巻き込まれてサンの魔法が途絶える。


 剣を握ったままの片手で斜めに斬り下ろすが、これも贄の王の剣が滑らかにいなして殺す。


 サンは体重を戻しきるのに隙を晒し、贄の王は引いて追わない。


 体重を戻しきったサンが距離をとって間合いを離し、贄の王はそれをただ見つめる。


 これにて、三合わせ。






 サンと贄の王の実力差は明らかに過ぎた。今の三回のやりとりの内、贄の王は全てでサンを殺せた。それも、まだ権能の力無くして。


 サンは手を変え品を変えその後も打ちかかるが、全てを完璧に受けきられる。贄の王は最小限の動きしか取らず、体力の消耗は皆無に等しい。対して全力で打ちかかってはいなされ、攻め続けるサンは既に息を上げており、呼吸を隠しきれていない。


「サン、そこまでだ。小休止を挟む」


「ふぅ、ふぅ、はい。ありがとう、ございました、はぁ」


「息を整えつつ聞け。一つ一つの剣や魔法の未熟は研鑽を積むよりないが、立ち回りには改善点が多くある。


 一つ、魔法と剣を交互に使用しているな。恐らく無意識だが、呼吸が読みやすい。両方組み合わせねば、という意識は大事だが、単純すぎては意味が無い。


 二つ、間合いを意識しろ。遠間と近間の白黒では無い。近づいて離れて、の繰り返しではいたずらに体力を消耗するばかりか、敵に呼吸を教えているだけだ。


 三つ、牽制に頼るな。牽制は大事だが、それに頼るのは怯えの証。相手が攻めに切り替わった時に引く一方になるぞ」


 贄の王は淡々として問題点を挙げていく。サンは呼吸を整えつつ、それらを頭に叩き込んでいく。


「だが良い点もある。結果としては“風”と”炎“に頼りがちだが、多彩な魔法を使おうとする意識は良いことだ。”雷“を使わないのは時間がかかってしまうからだと思うが、それは鍛錬を積む以外に無いしな。それから追撃を常に意識出来ているのも褒めておこう。攻めによりすぎて隙を晒すのは愚かだ」


「……ありがとう、ございます」


「よし、小休止の後は私も多少、攻める。だが待ちに徹することがないようにな」


「はい、気を付けます」






 サンと贄の王は木剣を構えて向かい合う。まだ互いの間合いの外。


 サンは長剣を両手で前に構え、彼女の主は半身で同じ長剣を片手に持ち前に向ける。


 サンの構えは基本的な構えで、贄の王の構えはより強力な魔術を持つ者が好む構えだ。


 サンは「牽制に頼るな」という助言を頭に、じりじりと間合いを詰めていく。贄の王も自分の背中側に向かって回りこむような動きで、ゆっくりと間合いを詰める。


 そして二人の切っ先が今にも触れそうな距離になり――。


 地面を強く蹴りだしたサン。両手の剣で贄の王の剣を押しのけるようにすりあげつつ、贄の王の手元に振り下ろしていく。


 贄の王は腹側に体をさばきつつ手首をくるりと返してサンの剣から逃れる。そのままサンの剣を軸に自分の剣を振り上げ、サンの手元を狙う。


 返された剣を体へ引き付けて贄の王の剣を防ぐ。下から体ごと押し上げるように贄の王の剣にぶつかる。剣を跳ね上げるも、勢い余って腹部に隙が出来る。


 跳ね上げられた剣に構わずサンが空けてしまった腹部に狙いを定めた贄の王は、後ろの左手から“風”の魔法を撃ちだす。


 まずい、と思うも反応出来ないサン。腹部にどん、と衝撃が走って体幹を完全に崩される。


 贄の王が追撃する。上からサンの頭を狙って振り下ろし――。


 ぴたり、と剣が止まったのは、サンの頭ギリギリのところ。


 一本あり、である。






 贄の王は剣と体を引く。


 二人は無言のまま最初の立ち位置に戻っていく。


 そして再び構え直し、二本目が始まる。


 一本目と同じような流れで互いに間合いを詰めていく。じり、じり、と。


 二本の木剣の切っ先が向かい合ったまま近づいていく。


 その間が拳二つ分ほどになった瞬間、贄の王が先手で動く。


 カツン!と音を立ててサンの剣が払われると、贄の王の剣が横向きにサンの頭部に迫る。


 だが払われた剣はまだ手の内にある。簡単に引き戻し、主の剣を防ぐ。手首を返してさらに振り上げ、贄の王の頭部めがけて振り下ろす。


 贄の王は地面を蹴る。体を外側にさばきつつ、サンの剣を打ち払って身を守る。


 再びサンが攻める。剣を体に引き寄せつつ片手を離して贄の王に向けると、人の背ほどもある“水”の球体を作って放つ。


 勢いよく地面を蹴って下がりつつ、贄の王は“土”の魔法を編み上げる。爆発するように吹き上がる地面がサンの水球を砕く。勢いままの水飛沫が贄の王の身体をばらばらと打ったが、意に介さない。


 さらにと攻めるサン。水球が潰されるのは想定の上。そのまま唱えていたのは、“雷”の魔法だ。


「『雷よ走れ』!」


 光が、贄の王へと走り――。その左手の外を地面に向かって走り抜ける。“土”で生み出された銀球が、贄の王の傍でごとりと音を立てて落ちる。


 雷光が消えると同じに前へ出る贄の王。剣を構えて応じるサン。


 贄の王の剣が勢いままに突き出される。サンは体をひらいて避ける。


 贄の王の剣が僅かに振り上げられてから斬り下ろされるのと、その剣閃を潜り躱しつつ横なぎをサンが放つのは同時――。


 贄の王の剣は空を切るが、サンの剣も主の身体に届かない。贄の王が左手に“土”の籠手を纏って打ち返したからだ。


 強い反動に僅かに体を崩してしまうサンに対し、さらに畳みかける贄の王。腰を回して右手の剣でサンを斬り払う。


 無理に戻した剣でそれを受け止めるサンだが、代償としてさらに崩れる体。


 贄の王は隙を逃さず剣を切り返して攻める。辛うじて避けるサン。


 だがさらに迫った“風”を纏う拳になすすべが無く――。


 贄の王の左拳がサンの右肩を打つ。続けて右手の剣がサンの手元を打ち、サンの剣が落ちてしまう。


 とどめとしてサンの胸に切っ先を当てたまま、突きの構えをとる贄の王。


 再び、贄の王に一本あり、である。






 贄の王が剣と体を引くと、取り落とした剣を拾い上げるサン。


 二人はまた最初の立ち位置に戻っていく。サンは痛む肩と手を無視して構えを取る――。






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