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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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119 また、お別れ


 背後に立ったサンの気配に気づいたのか、背を向けてしゃがみ込んでいた男が振り向く。男はサンの顔を見ると、酷く意外なものを見た顔をする。


「あんた……サン、だったよな……?」


「ぁ、ガエスさん……。」


男はかつてイパスメイアで出会った理想派の戦士、ガエスだった。サンの知らない間にカソマまで来ていたらしい。


 だが、今は再会を喜んでいるような場合では無い。


 サンは震える声でガエスに問う。


「……ぃ、イキシアさんは……。」


ぎり、とガエスが歯を強く噛み締める。


「まだ、生きてる。だが、傷が深すぎる。」


「嘘……。」


 サンはふらつく足取りでガエスの反対側に回り込むと、イキシアのすぐ傍にしゃがみ込んだ。


 イキシアは意識を失っているらしい。失血のためか顔色は悪く、呼吸は苦しそうだ。全身には小さな傷がいくつかあり、腹部には大きく深い傷。ガエスは腹部の傷に血でぐっしょりと濡れた布を当て、その上から手で強く抑え止血を試みている。


「傷は内臓まで届いている。血も止まらねぇ。これは、助からん……。」


サンは何も言えない。目の前の現実を受け入れきれていないのだ。


 そこでガエスが弾かれたように顔を上げてサンを見る。


「そ、そうだ……。あんたらなら、何とか出来ないか!何か、傷を治すような……!魔法使いなんだろう……!?」


ガエスは縋るようにサンの目を見つめる。


「ぁ、わ、私は……。」


自分には何も出来ない。サンは絶望した顔で贄の王を見上げる。ガエスもつられて背後の贄の王を見る。


「主様……。」


贄の王は静かにイキシアを見つめるのみだった。二人の視線に気付くと、感情を見せない表情で静かに、首を横に振った。


 サンは静かに視線を落とす。聞くまでも無いことは分かっていた。助けられるなら黙って見ているはずが無かったからだった。


ふとサンは自分の腰にぶら下がっている重みを思い出す。贄の王が作り出した“闇”の剣には“治癒”と呼ぶべき不可思議な魔法が宿っている。


「そ、そうだ。この剣なら……。」


「駄目だ、サン。それは、お前にしか効果が無い。」


だが贄の王から告げられたのは残酷な事実だった。


「だ、だって、だって……。これじゃ、イキシアさんが……。」


贄の王は何も言わない。言ってくれない。


 ガエスも察したらしく悔しそうに顔を歪めてイキシアに視線を戻した。


「……この馬鹿は、俺を庇いやがったんだ。」


「……。」


「……クソがァ!!!馬鹿が!!死ぬ順番が違うだろうが……!お前に庇われて、俺が喜ぶわけねぇだろうがよォ……ッ!!」


ガエスが叫ぶ。その声を聞いた他の戦士たちが何事かと寄ってくる。


 イキシアはサーザールの中では有名人だ。長老メレイオスの弟子であり、若さに似合わぬ隠密の腕を持ち、潔癖なまでに誇り高い志。愛想の悪さが災いして人気者では無かったが、誰であれ一目置いていた。そんなイキシアが死のうとしている。集ってきた理想派の者たちは、誰もが驚愕した表情を浮かべてから、沈痛な表情へと変わっていった。






 「……耳が、痛い。……ガエス……。」


苦し気なその声にサンとガエスはハッとしてイキシアの顔を見る。


「起きたのか、イキシア……?」


「あぁ……。」


 イキシアが酷く眩しそうにしながらゆっくりと両目を開く。それから、その目がサンを捉える。


「……いたのか。サン……。」


「イキシアさん……。」


「……酷い顔だ……。似合って、ないぞ……。」


「誰の、せいだと……。」


 贄の王がイキシアの正面でしゃがみ込む。ガエスの手を退けると、血に汚れるのも構わず傷口に手を触れさせた。すると、その手が“闇”を纏う。


「……ぐっ……。」


イキシアが苦し気に呻く。


「――どうだ、多少楽になったか。」


「……あぁ、助かる……。痛みが引いた……。」


「助けられはしない。お前は、死ぬ。それは変えられない。」


「……それは残念。まぁ、分かってる……。」


 短い会話を終えると贄の王は立ち上がり、一歩下がった。もう話す事は無いというポーズらしい。


 イキシアはまずガエスの方を見て、口を開いた。


「……ふ。私に庇われるとは、焼きが回ったか?ガエス。」


「……やかましい。お前こそ、この程度の傷で死にそうだぞ。」


「はは……。かよわい女に随分な言い様だ……。」


「よく言う。」




 次にイキシアはサンを見た。


「礼を、言わねばな……。サンのお陰で、我々は生き残った。……ありがとう。」


「全部、主様の力です……。私は、何も……。何も、出来ない……。」


そう言って、サンは俯いてしまう。


「呼んでくれたのは、お前だ。……サンが居てくれて、良かった。」


「……。」




 二人の間に、無言が続く。サンは何か言わないとと思って口を開きかけるのだが、結局何を言えばいいのか分からなくて黙ってしまう。


 イキシアはそんなサンの様子を、困ったような、愛おしむような、そんな顔で見つめていた。


「……サン。」


「……。」


「……すまない。」


「……何で、謝るんですか……。」


「折角、仲直り出来たのにな……。話したいことも、色々あった……。」


「そんなの……!」


「……これ、サンにあげよう。」


イキシアはそう言って、いつも着けていた怪しげな仮面をサンに差し出した。


「遺してやれるような物は、大して無くてな……。まぁ、意外と便利だぞ……。」


おずおずと、サンは仮面を受け取る。触れる指に感じる硬質な感触。サンが我慢出来ていたのはそこまでだった。




 「……ばか。ばかです。イキシアさんのばか……!」


サンの両眼からぼろぼろと涙が零れる。拭うことも忘れて、サンは叫んだ。


「何で死んじゃうんですか!?仲直りだって出来たのに!!ほんとに、ほんとに嬉しかったのに!これからだって、たくさん、たくさん……!!」


「……サン。」


「どうして?どうして皆置いて行っちゃうの!?やだよ、私を置いていかないでよ!いや!いやだ!!死なないで……。死なないでぇ……!!」


「……。」


「わたしを、一人にしないでぇ……。」






 子供のように泣きじゃくるサンを、誰もが痛ましげに見ていた。誰も何も言えず、静けさの中にサンの泣き声だけが流れていく。


 「やだ、いや……。誰も死なないで……。こんなのいや……。」


イキシアは躊躇いながらも口を開く。


「……サン。一人なんかじゃないだろう……?お前の主だって、いるじゃないか。」


「でも……でも。イキシアさんが、居なくなっちゃう……。」


「……。」


 イキシアはまた何も言えなくなって、黙ったままサンを見つめる。それから、贄の王の顔を見上げた。


「……なぁ、頼みがあるんだ……。」


「……何だ。」


「私を……“贄”にしてくれないか。」


その言葉には贄の王も驚いたようだった。泣きながらサンも顔を上げる。


 「ずっと、考えていたんだ……。どうするのがいいかって……。私には今のカソマのあり様が、民人のためだとはどうしても思えなくて……。でも、誰かを“贄”にするなんて御免だ。だったら、自分が……って。」


周囲を囲んでいた一人が思わずと言った様子で言葉を発する。


「正気か、イキシア!俺たちが何のために戦っていると……!仲間を”贄“にするためなんかじゃないぞ!」


「……だから、これは私の我儘だ。……頼むよ。」


「……っ。だが、“贄”として死んだ魂がどうなるかだって分からないんだぞ。永遠に“贄の王”の腹の中で苦しむなんて話も……。」


「そんなことには、ならないさ。……なぁ、サン?」


「ぇ、ぁ……。」


サンが言葉を返せないでいると、イキシアは再び贄の王の顔を見上げ、問いかけた。


「……どうだろう。出来るか……?」


「……あぁ。出来るとも。」


「それはよかった……。頼めるか。」


「……いいだろう。」


サンは信じられないような顔で贄の王を見上げる。


「そんな、主様……!」


「――サンタンカ。」


贄の王はサンを見下ろし、厳しい口調で名前を呼んだ。


「泣くのは、そこまでだ。……イキシアは、直に死ぬ。私の延命ももう長くはない。……最期の記憶が、それでいいのか。」


「……ぅ……。」


「言いたいことは、何も無いのか。」


「……。」


贄の王の厳しくも優しい声に、サンはまた俯いてしまう。時間が無いことくらい、きっとサンにも分かっていた。






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