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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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117 サーザール動乱

投稿が遅くて申し訳ない。

忙しさが落ち着き次第毎日投稿に戻すつもりですので、ご容赦を……!


 サンはイキシアの背を追って走る。イキシアはどこへ向かうべきか分かっているらしく、その足取りに迷いは無い。どこをどう通ったのか分からないが、階段をいくつか上った後に突然天井が高くなった。


 そこはどうやら古びた教会の中だ。イキシアは足を止めず教会内部のドアの一つへ駆けこんでいく。


 サンも追ってドアの向こうに跳び込み、そのまま目の前に現れた長い梯子を駆け上る。


 梯子の上は高い塔の頂上で、そこからはカソマ全域が何とか見渡せた。


 歪ながらおおよそ円を描いているカソマ、今は五つの集団によって囲まれていた。


 そのうちの一つから轟音が響いてきたと思うと、街の一角が爆発するように吹き飛ぶ。砲撃だ。


 五つの集団はそれぞれに砲撃を繰り出しており、その度にカソマの町が少しずつ吹き飛んでいく。サンにはよく分からないが、砲撃には明確な狙いがあるようだ。


 五つの集団はそれぞれ大きさに差があるが、小さいものでも100人よりはずっと多く見える。一番大きいものは小さいものの倍以上ある。あれが主力だろうか。


 「これは……。」


隣のイキシアが呆然と呟きを漏らす。


 だが気持ちはサンにも分かった。何故なら拠点内部に居たサーザールの戦士たちは多く見積もっても200は越えない。それが1000人ほどもいるのだろうか、包囲されているのだ。


 さらに付け加えて、サーザールは軍隊では無い。大砲など無いし、ここにある武器や銃弾も十分では無い。


 砦や城どころか壁も無い街でこの包囲に対抗しなければならない。それが絶望的な事くらい、軍事の知識が無いサンにだって分かる。


 「イキシアさん……。これは、その……。」


 「あぁ……。」


 イキシアは軽く頭を振ると、サンと向き合いその肩に手を置く。


 「サン。お前は逃げろ。これは我々の問題だ。」


「イキシアさん?」


「この戦いに勝ち目は無い。ここに居れば、お前まで巻き込まれてしまう。」


「それでは、イキシアさんは……。」


「戦い、上手く逃げるとも。仲間と共に。」


「嘘です。そんなに上手く行くとは限らないじゃないですか。死ぬつもりですか。」


「嘘ではない。……お前の言う通りだが、全力を尽くせば何とか……。」


「そんなの!イキシアさんだって無理だと思ってるんでしょう。ダメ、ダメです。イキシアさんが死んでしまうなんて、絶対、私……!

そうだ、イキシアさんも一緒に行きましょう。主様の“転移”に頼れば、イキシアさんも一緒に逃げられます。」


「……ありがとう。だが私は誇り高きサーザールの戦士。守るべき仲間を置いてどうして一人逃げられようか。」


「そんな、いや……。嫌です。……そ、それならやっぱり主様を頼りましょう。主様なら、あれくらいの敵は何てこと無いんですから。」


 その時、最も大きい集団が二つに分かれたと思うと、半分が街に進軍してくる。先端部分は騎兵らしく瞬く間に街まで辿り着くと、街の中へ散らばっていく。幾ばくも無く、街のあちこちから銃撃音が聞こえてくる。


「……戦闘が始まった。“贄の王”に頼れるなら助かるが、私はもう行かねば。サン、お前は逃げるんだ。いいな!」


 そう言ってイキシアは瞬く間に梯子を滑り降りていく。


「あ、待って!イキシアさん……!」


当然、返事は帰らない。サンは唇を噛むと、右手人差し指の指輪に魔力を込める。


「主様。どうか、お力をお貸しください……!」




 “闇”が溢れる。


何も無い筈の空間にぽつと現れた黒点は人間大に爆発するように広がり、そしてすぐに空に溶けるように消えていくと、その中央には一人の人影がある。


 真っ黒な髪、見る者を射抜く冷たい青の瞳。


 “贄の王”は、“呪い”に侵されし街カソマに顕現する。


 贄の王はサンを守るようにそっと肩を抱くと、周囲に視線を走らせる。


 「よくぞ呼んだ、サン。……さて、状況を教えてくれるか。」






 攻囲軍はサーザールの実現派、神官騎士団、ガリア軍の三種によって構成されていた。その内、街へ攻め入った者たちは実現派が軸となりガリア軍が戦力を補強するような形である。主力軍団が砲撃を終了し、軍勢を街へ、地下の拠点へ攻め入らせると同時、他の四つの軍団もそれに続いて進撃を開始していた。


 カソマに篭る理想派たちは五つの方向から一斉に攻め入られ、それを防ぐ術も無いまま白兵戦へと突入せざるを得ない。


 街中、地下の拠点への侵入すらも許しながら必死に防衛を行う。だが理想派の不利は数、装備、更には”呪い“の影響で黒病を発症している者も多く、余りに絶望的な戦闘に一人また一人とほとんど為す術も無く討ち倒されていく。


 拠点内部では特に若い者を集めて脱出部隊を編成しながら、脱出の隙を作ろうと全員が必死に戦う中、それは起こった。


 カソマで一番高い建物。教会の塔。その中央から、“闇”が爆発するように溢れ出した。煙のような、水のような、炎のような、陽炎のような、影のような、見る者全てに根源的恐怖と嫌悪を呼び起こすその”闇“は塔から零れ落ちるように、中空に溶けるように、天へと昇るように、ごうごうと揺らめきながら溢れ続ける。


 そのおぞましい光景を目にした者たちは敵も味方も無く一時だけ戦闘を忘れ、その塔を見上げた。


 やがて、響いてくるのは詠唱あるいは呪詛である。聞くものたちは、敵も味方も無く恐怖に支配されてどこへともなく逃げ惑う。




 「『我は大地を統べる王。我は大地を赦す王。ここに並ぶは風の精霊、風の龍。我は命ずる、“贄の王”の名の下に命ずる。走れ、あの子らを喰らい尽くせ。闇を纏いて力を示せ。――“風を纏いて怒れる黒い龍”。』」




 塔の天辺から溢れる“闇”がかたちを成す。一気に塔から天へ向けて立ち昇るように走り、それは黒い龍を模ると、咆哮を一つ上げた。


「グオオオオオォォォォ……ッ!!!!!」


 カソマ中、それを越えて包囲する五つの軍団まで響き渡り、その圧倒的な力を誇示する。


 そして黒い龍は首をぐるりと回しながら、黒い息吹を走らせた。


 黒い息吹は円を地面に刻むように五つの包囲部隊をなぞる。




 次の瞬間に、息吹の軌跡をなぞって黒い風が爆発した。




 真横へ吹き飛ばされた者は数百メートルを瞬く間に跳び越えてから地面に落ちた。


 真上へ吹き飛ばされた者は雲よりも高く打ち上げられた後、重力に引かれて砂漠の染みとなった。


 真下へ吹き飛ばされた者は風圧に叩き潰されて一様な赤い地面を作った。


 そのほか、あちこちへと吹き飛ばされていった者たちも最終的な結果は大きく変わらなかった。


 包囲部隊600人余りは黒い風の爆発によって例外無く命を散らした。






 上空の黒い龍が消えると同時、地上のイキシアは叫んだ。


「アレは味方の魔法だ!!サーザールの誇り高き戦士たちよ!今こそ反撃の時!!武器を取れェーッ!!!」


 街にはいくつかの包囲部隊の慣れの果てがあったために、あるいはカソマに壁など無かったために、先の黒い龍がもたらした事実は街の内部に居る者たちの多くが何となく理解していた。


 イキシアの声を聞いた近しい者たちは口々にその叫びを周囲へ広げんと同じように叫ぶ。


 その声を聞いた近しい理想派たちはぼろぼろの様でも再び武器を取り、攻囲軍へと攻撃し始めた。それはあっという間に街中へ広がり、各地で再び戦闘が始まった。


 いつの間にか、戦況は理想派たちに傾き始めていた。






 「一先ず、包囲は消した。後は戦闘を続けている者たちだが、私には敵味方の区別がつかない。無闇に攻撃する訳にもいかない。さて、下手には動けないな。」


「あ、ありがとうございます、主様……。」


 サンは塔の上から魔法の一部始終を見ていた。カソマを囲む集団がまさしく一吹きで蹴散らされる様は我が主ながら恐ろしさを覚えずにはいられない光景だったが、同時に深く感嘆もしていた。


 サンでは死力を尽くしても包囲部隊の集団一つを壊滅させるので精一杯だっただろう。主に追いついたなど勘違いしたことは無いが、それにしても凄まじい力の差である。


 「では、まずはイキシアさんを探しましょう。彼女を死なせたくないのです。」


「分かった。……だが、流石にここからでは探しようも無いな。下に降りるとしよう。」


 言うが早いか、サンと贄の王は塔の下、教会のすぐ外に転移していた。


 辺りからは絶え間なく銃声と剣戟の音が響いてくる。教会の中からも戦闘の音は聞こえてくる。


 敵にはカソマに詳しい実現派も居る。地下にある拠点の入り口は全て知られているのだろう。


 「サン、離れるなよ。」


「はい、主様……。」


 戦場と化した街の中、贄の王に連れられてサンは歩き出す。大切な友を捜して。







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