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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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115 懺悔


 部屋に戻ってきたイキシア曰く、オグネス翁とメレイオスは暇をしていたので可愛いサンに会いたくて仕方がない、らしい。真偽はともかく、会って話が出来るならサンとしても助かる。


 イキシアの案内でオグネス翁の部屋に向かう。道中、特に会話は無い。


 オグネス翁の部屋はこの拠点にあって最奥に位置するらしく、途中警備の者たちとすれ違いつつ、それなりの距離を歩いてやっと辿り着く。


 「さて。残念ながら、私は同席を許されなかった。サン一人をあの二人の前に置くのはちょっと心配なのだが、翁はともかくメレイオスが居ては盗み聞きも出来ん。あれで一応師匠だから簡単にバレてしまう。という訳でここからは一人だ。大丈夫か?」


「えぇ。何も取って食われたりはしないでしょう。安心してくれていいですよ。」


「んー……。案外食われるかもしれんが……。まぁ、大丈夫だろう。入るといい。」


「はい。それでは後ほど。」






 サンが一人で部屋に入れば、ベッドに半身を起こしたオグネス翁と傍の椅子に腰かけるメレイオスが待っていた。


 最初に口を開いたのはオグネス翁。


「あぁ、よく来た……。客人よ。……メレイオス。」


「分かっている。誰も聞いてはいない。」


「助かる。……さぁ、座るとよい。目にも患いがあってな。あまり遠いと顔が分からない。」


「ありがとうございます。……それでは。」


サンはオグネス翁のベッド傍の椅子に腰かける。


 地下に作られている拠点の明かりは蝋燭だけだ。隅々まで行き届かない明かりの薄暗さの中、サンは二人の老人と向かい合う。


 近くで改めて見たオグネス翁の顔は随分と老けていた。かつては壮健を誇っただろう肉体も今は老いに痩せ、顔は深いしわに埋まっていた。病に侵された者特有の力無い空気を纏っており、本来持つ威厳との不均衡が少し不気味だった。


 メレイオスは元々痩せ型らしく、オグネス翁よりも更に痩せており、ほとんど枯れ木に例えられるような肉体を軋ませるように動かすのが特徴的だった。


 「時間を作っていただきありがとうございます、お二方。改めまして、私はサン。贄の王に仕える従者にして眷属です。」


「こちらこそありがとう、客人。貴女とは向き合って話してみたいと思っていたところだけに、今回の申し出は僥倖であった。病の身ゆえ、寝たままで失礼する。」


メレイオスは口を開かない。今回の席ではオグネス翁とサンが主であるらしい。


 「何でも、我々に話を聞いてみたいとか。どんな事でも聞いて欲しい。答えを確約は出来ず心苦しいが、出来る限りの誠意で答えるつもりだ。」


「であれば、まずは一つお聞かせ下さい。”贄捧げ“に代わる”秘術“という嘘の意味を。」


 それは本心半分、カマかけ半分の問いかけ。もしそんな”秘術“が実在するのなら”贄の王“が知らないとは思い難い。

つまり、嘘。

ならば何故そんな嘘が必要になったのかを知れば、カソマを覆う”呪い“について何か分かるかと思ったのだ。


 オグネス翁はしわに埋まった顔に苦笑を浮かべると、口を開く。


「ふふ……。いきなり手厳しいものよな。確かに貴女にはまるで通じない嘘であろうよ。だが、それにはまずカソマと我々の罪について話す必要がある。長くなるやもしれんが、聞いてくれるか。」


「聞きましょう。」


サンが頷けば、横からメレイオスの言葉が飛んでくる。


「オグネス。随分と口が軽いな。」


「よいのだ。死を前にしたこの今、“贄の王”に近しい者が訪れたという偶然。儂は運命というものを感じている。」


「……ふん。」


「失礼した、客人。では聞いてもらおう。死にかけの爺の懺悔を。」






 「カソマはかつて賑やかな街だった。人々が行き交い、豊かな陽光の下で子供たちが笑いながら走り回る。商いの声が響き渡り、馬の蹄が間を縫って通り抜ける。……良き街だった。


 カソマがこうも変わり果てたのは、偏に我々の罪よ。


 客人もご存じだろう、我々が”贄捧げ“を許していない事を。あれはな、嘘だったのだ。元よりサーザールはガリア王の陰として、上手くやっていたのだよ。


 まだ儂の若い頃。王とサーザールの間で諍いがあった。その結果として、当時の長の娘が“贄”として殺され、報復により王は死亡。更なる報復でサーザールはほぼ壊滅状態となった。


 それからよ。我々は”贄捧げ“を許さぬようになった。分かるか、客人。つまり、これは報復だったのだ。


 “贄”にされる民人を守るためだなどと嘯いて、ガリアを守るなどと嘯いて、我々は”贄捧げ“への妨害に命を尽くしてきた。だが全て嘘だったのだ。嘘だ。全くの、嘘だった。


 全てはガリアの大地を”呪い“で覆うことによる報復だったのだ。


 サーザールの誇りなど地に落ちていた。我々は民人を守る戦士では無い。民人を呪う悪徳の罪人にすぎない。


 この愚行を止められるのは、儂だけだったのだ。娘を殺された当時の長が始めた”呪い“を儂は引き継いでしまった。それから数十年、サーザールの立て直しと共に報復を続けてきた。


 その結果が、カソマよ。人の絶えた暗闇の街。“呪い”に侵し尽くされた街。


 客人の問うた”秘術“など辻褄合わせの嘘よ。そんなもの、どこにも無かった。分かるか、客人。我々は、何から何まで嘘で出来ている。


 ……若かった儂にも分かっていた。余りに愚かしい。何も知らぬ誇り高き者たちを罪人に引きずり込み、報復に付き合わせてそれを嘘で塗りつぶしてきた。分かっていたのだ、自分が余りに愚かな行いをしている事くらい。


 それでも、儂は……。殺された娘の報復を続けてしまった。




 ……長くなってきたな。だが、もう少し付き合って欲しい。


 儂は己の罪を自覚しながらも、イキシアのような誇り高き者を罪人へと引きずり込んできた。奴らは何も知らん。民人を“贄”にさせぬために戦い、ありもしない”秘術“を取り戻そうとしている。


 老いて、己の罪の重さにようやく気付いた時には既に遅かった。今更、どうして全て嘘だったなどと言えようか。儂がお前たちに命じてきたのは、ガリアを守るためではなく、ガリアを”呪い“に侵すための行いだったのだと。


 ……いや、分かっているとも。それでも、言わねばならなかった。皆からの敬意と信頼を全て裏切ることになろうとも、儂が正さねばならなかった。儂だけがそれを出来た。だがしなかった。……罪を自覚しても、報復の心を忘れられなかった。


 カソマがどうしようもなく“呪い”に沈む頃、サーザールの復活は政府に知られ、嘘で騙しきれなくなった者たちが実現派と名乗るようになった。皆にも分かったのだろうな。何かがおかしいと。


 一人、また一人と実現派を名乗り、いつしかサーザールの趨勢は完全に実現派のものになった。儂を筆頭にギリギリのところで一つの組織を保っていたが、先日ついに決定的な離反が起きた。実現派は理想派と呼ばれる者たちを敵として攻撃した。


 ……あぁ、客人も知っていたか。そう、パトソマイアで実現派が理想派を売った事よ。


 だが儂は少し安心したことを告白せねばならない。理想派……儂の報復に最後まで付き合おうとしてくれた馬鹿者たちは実現派に駆逐されてしまう。そうすれば、儂の報復は続かない。ここで儂と共に終わる。


 儂はもうじき死ぬ。その前に、残った者たちに真実を打ち明けるつもりだ。


 その最期は、“贄”として死ぬつもりだ。騙してきたものたちとカソマへのせめてもの償いとしてな。この老いぼれが“贄”の役目を果たせるかは分からないが、そんな折に貴女が訪れたことに、儂は運命的な物を感じているのだよ。




 ……これで、儂の懺悔は終わりだ。聞いてくれてありがとう、客人よ。」






 オグネス翁の長い懺悔を聞き終えて、サンは色々と納得した気分になった。


 民人を守ると言うサーザールが結果的に民人を“呪い”により傷つけていることは偶然でも何でも無かった。それは狙って引き起こされた矛盾だったのだ。


 オグネス翁がサンに対して口を開く心持になったのも分かる気がした。個人的な報復に“呪い”を利用し、せめてもの償いに自ら”贄“になろうとしていた時、”贄の王“からの使者が来た。まるで迎えにきたように。


 「オグネスさん。一つだけ聞いても良いですか。」


「何でも。」


「……“贄”にされた娘さんは、何という名前だったのですか。」


 その質問を聞いた時のオグネス翁の顔をサンはきっと生涯忘れないだろうと思った。


 懐かしむような、謝るような、微笑むような、泣くような、若き少年のような、そんな顔をしていた。


「……イベリス、という名前だった。白い花の似合う、美しい少女だったよ。」


そう言って、悲し気に笑った。







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