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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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114 鏡と問いかけ

思ったより遅くなってしまいました。

ストック溜まるまでは不定期更新のつもりです。ごめんねー!


 イキシアが言う。


「さて、次は私の番だな。」


 交互に質問をするという形式上、イキシアが答えた後はサンが答える番という事だ。


「では聞こう。“贄の王の呪い”とは何だ?」


「それは……私にも分かりません。主様も、推測にすぎないとおっしゃっていました。」


「その推測でいい。聞かせてくれるか。」


「……その正体は、“闇”だと。」


「“闇”?」


 サンは一つ頷いてから口を開く。


「はい。現世のありとあらゆるものに満ちる裏の面。光無き夜の中にあってもなお暗く深い超常の概念。それは、光に属する生命にとっては命を奪う毒ともなります。

この”闇“が大地に過剰に満ちてしまう。それにより、大地の上にある光の生命たちは毒の中にあるような状態となり、結果として病などに侵される。草花は生気を失い、風は清々しさを失くします。太陽は濁り、星々は遠くなるでしょう。

 これが“贄の王の呪い”と呼ばれるものの正体だと主様は仰います。」


「それを取り除く方法が贄”を捧げることなのか?」


「そうなるのでしょう。そこにどういった繋がりがあるのかまでは分かりませんが……。」


 イキシアは溜息を一つ吐くと、首を振りながら呟く。


「そうか……。ダメだな。分からない事が多すぎる。一体、どうしたものか……。」


「どうしたもの、とは?」


「私とて、このカソマの有様を見て何も思わない訳では無い。だが、“贄”を捧げる事など受け入れがたい。何か、他の方法がありはしないかと思っているのだが……。そんなうまい話は無いという事か。」


「そうですね……。そんな方法があればと、私も本当に思います。」


「“闇”が満ちると言っていたな。原因も分からないのか?」


「はい。それがどこから来て、どこへ行くのか。何も分かってはいません。」


「分からない事だらけか……。上手く行かないものだ。」


「ごめんなさい、力になれず……。」


「いや、サンが気にすることでは無い。気にするな。」


「……ありがとうございます。」




 イキシアは空気を入れ替えるように勢いよく立ち上がって伸びをする。吐息と共に両腕を下ろすと、努めて明るい口調で言った。


「さ、次はサンの番だろう。どんな事でも聞いてくれていい。」


「やはり先ほどの話題で出てきた秘術と言うのが気になりますが……。詳しい事は分からないのですよね?」


「そうだな。そういうものの存在だけが伝わっているだけで、それ以上の情報は何も無い。残念だが。」


「いいえ、気にしないでください。それでしたら……オグネスさんとメレイオスさんでしたか。あのお二人について聞いてみたいですね。どのような方なのでしょう。」


「サーザールの長老二人だ。オグネス翁はサーザール全体の長。理想派と実現派の派閥が生まれる前から長をやっているそうだ。理想派と実現派がギリギリのところで敵対しない……いや、していなかったのはあの人の影響が大きい。かつては勇猛な戦士として名を馳せたそうだが、今はあの通り病床に伏している。立派な人だ、あの人は。


 メレイオスは性根の悪いクソ爺だ。薬物やら尋問やら後ろ暗い手口にばかり通じている。嫌われ者の厄介者……と、いう……まぁ……。……そういう立場でサーザールの汚れを引き受けている。苦労の多い役目を引き受けているところは敬意を持てなくも無いが……性根が悪いのは演技でも何でも無いから本当にクソ爺だ。気を許さない方が良い。……一応、私の師匠でもある。


 こんなところか。」


「随分な言い様ですが……。お二人ならば秘術やカソマの過去についても知っているでしょうか?」


「秘術については分からないがカソマについては詳しかろう。後で話す時間を作ろう。サンが相手ならば嫌がるまい。」


「ありがとうございます。なら、次はイキシアさんの番ですね。」


 そう言ってサンがイキシアに手番を譲る。


 するとイキシアはどことなく改まってサンの顔を見つめてくる。


「ならば……聞かせてもらおうか。」


その声音まで改まっており、何やら重要な質問が来るとサンも姿勢を正して身構える。


「サン……お前は。」




「贄の王と……どこまでいったんだ?」




「……はい?」


「いや、だからだな。あの男が”贄の王“なのだろう。お前の恋路はどこまで進展しただろうかと思って……。」




「……。」


「……。」




「ですから!そういうのじゃないって言ってるじゃないですか!?というより、何なんですか改まって!何か重要な質問が来ると思ったのに!」


「一番重要だろう!?気になって夜も眠れなかったんだ!」


「お馬鹿なんですね!?イキシアさんのお馬鹿!」


「馬鹿とは何だ!というかまーだそんな事言ってるのか!どうせ抱きしめられでもしてドッキドキのキュンキュンになる癖に!」


 そんなことはない――と言おうとして、ふと思い出したのはタッセスメイアから帰った朝に主に抱きしめられた時の記憶。心臓の音がうるさくて、胸がひどく苦しかったあの時。


「そ……!んな、ことは……!」


「え、本当にあったのか?何だ安心したぞ……。ちょっとずつは進んでいるんだな……。」


「ぁ、ありませんから!勝手に誤解しないで下さい!」


「素直じゃないなぁ……。どうして頑なに認めないのか……。」


「だって、大体、私のようなものが恋なんて……。」


「ほう?“私のようなもの”?」


「あ、いえ。気のせいです。忘れて下さい。」


「む。気のせいなんて事は……。」


「気のせいなんです。いいから忘れて下さい。」


 サンは頑として語らない様子を見せつけて強引に会話を断ち切った。流石のイキシアも続けて問いかける無駄を悟ったらしく、やや不満そうに口を噤む。


 「……仕方ない。次はサンが聞く番だが……。良ければオグネス翁とクソ爺を訪ねてみないか。どうせ暇していると思うんだ。」


「良いのですか?お二人と話せるなら助かりますが。」


「良いとも。暇かどうか訪ねてくるからちょっと待っていてくれ。」


 イキシアはそれだけ言い残すと部屋を出ていく。




 広くも無い部屋に一人残されたサンはそっと立ち上がると、壁に掛けられた鏡に向かい合う。


 鏡に映るのは美しい金の髪と空色の瞳を持つ少女。いつの間にかこの“自分の顔”にもすっかり慣れてしまった。


目を閉じて“かつて”の顔を思い浮かべれば、ありふれた茶髪と茶色の瞳を持つ顔がぼんやりと瞼の裏に描かれる。よく見慣れた筈のその顔がはっきりとした線を持たず、どことなく曖昧さを孕んでいる事に、サンは驚くと共に当然のようにも受け止めていた。


 気づけばその顔を持っていたのは一年近く前の事。思い出す機会も特に無いとくれば、案外忘れ始めてしまうようなものだったらしい。


 目を開いて鏡に映る自分の顔。目を閉じて瞼に描く”自分“の顔。




 別にサンは自分自身の事から目を背けていた訳では無い。ただ、改めて向かい合う機会が無かっただけだ。


 死んだ筈の“__”。死んだ筈の”エルザ“。


 自害した筈の”__“。”贄“とされた筈の”エルザ“。




 「私は……。」




 “__”の心と“エルザ”の身体を併せ持つ“自分”。


 自分とは一体何か。

誰もが抱き得る素朴な疑問だが、彼女の場合は偶然にも答えを持ち合わせている。




 「私は……サンタンカ。」




 それ以上でも、それ以下でもない。今の彼女にとってはそれが唯一の答え。


 しかしそれでも。




 「私は……何なんだろう。」


 鏡を見ればいつだって浮かび上がる疑問だった。




 サンだって心の底ではきっと分かっている。“自分”の心に芽生えた感情の正体を。


 “生まれて初めて”のその感情が持つ名前も知っている。


 戸惑いと、恥ずかしさと、嬉しさと、ちょっとの怖さ。


 だがこの感情と向き合うためには、”自分“という不確かな存在への疑問を解決する方が先だ。


 この感情が”自分“のものだと確かめる為に。


 ほかならぬ“自分”の意思でこの感情と向き合う為に。




 贄の王に_したのは、“__”でも”エルザ“でも無く、”サンタンカ“なのだと確かめなければならないのだ。







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