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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
110/292

110 萌芽


 ぱち……。


 薄く開いた瞼の隙間から光が差し込んでくる。ゆっくりと開ききれば、たくさんの星が散りばめられた夜空が視界いっぱいに広がった。


 全身にだるさを覚えながらも身体を起こして辺りを見回す。


 サンはどこか野外に寝かされていた。背の低い草が茂る草地、隣にはたき火が焚かれ、身体には厚いマントがかけられていた。


 そこで寒さを覚えたので、腰元にずり落ちていたマントを肩まで引き上げてくるまる。


 たき火を挟んで反対にシックが寝かされているのに気づき、そちらに寄って行ってみる。


 シックは静かに眠っていた。その身体にも厚手のマントがかけられていて、夜の寒さに体調を崩さないようにという気遣いが見られる。


 ――いったい、誰が……?


 サンは周囲の夜闇を見渡しながら考える。


 魔物にとどめを刺した“精霊付与の翔乗風牙”が発動した後、魔力の使い過ぎにより意識を失ったところまでは覚えている。

その後、誰かがここまで運んでくれたという事だと思うのだが、その誰かと思しき人物が見当たらない。

最初はシックかと思ったが、そういう訳でも無さそうである。


 ここが今どこなのかもよく分からない。タッセスメイアの中では無いらしいことは確実として担いで運ばれたならそう遠い場所でも無いと思うのだが、夜で暗いせいもあり良く分からない。




 少しの間そうしていると、横のシックがぱちりと目を開けて、ばっと跳ね起きる。


 忙しなく辺りを見回し、その目がサンを捉える。


「サン!……その、ここは……。いや、あの魔物はどうなった……?」


「落ち着いて下さい、シック。……魔物は、倒しましたよ。」


「そっか……良かった。ええと、サンが俺を助けて?」


「いいえ。私も最後の魔法の後気を失ってしまって……。私もさっき目を覚ましたところです。」


「あれ、そうなんだ……。じゃあ、誰が?」


「私にも分かりません……。起きた時にはもう誰も居ませんでした。」


「はぁ……。お礼も言えないね……。」


「……そうですね。」


本当は心当たりが無いでもなかったが、口にしても仕方がない。




 「しかし、よく一人で倒せたね。」


シックが吹き飛ばされた後、サンが魔物を一人で倒したことを言っているらしい。


「運が良かったのです。……タッセスメイアは、風が強いでしょう?」


「そうだね。あまり長くは居なかったけど、風が印象的だった。」


「あの大きな門――大関門と言うのですが――あれは谷を抜ける風を遮る役目もあるんだそうです。そこで、あの扉を開いて吹いた風を魔法に利用したのです。私に残った魔力だけではとてもあの魔物を倒す事は出来ませんでしたから……。」


「なるほどね……。魔法というのは、そういう事も出来るんだね。」


「海や川を生業の場とする魔法使いは”水“の魔法が得意になるそうです。周囲の水を利用するからでしょうね。」


「ふぅん……。」


 ぱち、ぱち。

たき火の爆ぜる音が耳に届く。風が砂を運び、低い草たちを揺らす。


 「……そういえば、お礼を言っていませんでした。庇ってくれてありがとうございました、シック。お陰で無事でいられました。」


「あぁ……。いや、お互い様だよ。気にしないで。」


「怪我はありませんか……?随分勢いもあったと思うのですが。」


「大丈夫だよ。この通り、傷一つ無いさ。運が良かったみたいだ。」


「それなら良いのですが……。あまり無茶はしないで下さいね。」


「うーん……。それは約束出来ないかな。また同じ場面になれば、俺は同じことをするよ。」


「……シックらしい。もっと自分を大事にすればいいと思うのですけれど。」


「はは……。」






 「……これから、どうしますか?シック。」


たき火に照らし出されるぼんやりとした世界の中、シックに問いかける。


 「俺はウーラマイアへ行くよ。そのまま、ターレルへ入る。」


「そうですか。ウーラマイアへ……。」


 五大都市の一つ、砦の街ウーラマイア。タッセスメイアを出て東のターレルを目指すならば、順当な道筋になる。


 タッセスメイアでの“神託者”の捕捉に失敗した以上、サンとしても最早ここにいる意味は無い。そういう意味では、シックと旅路を共にしても良いのだが……。


 「サンは?ターレルを目指すなら、俺と一緒に行かない?」


「是非そうしたい所ですが……。少し、寄りたい場所がありまして。……カソマ、と言うのですが。」


 カソマという街はタッセスメイアを東に行ったところにあり、ウーラマイアから見れば南に位置している。


 カソマという名前はサンがガリアに来てから何度か聞いた名前だ。

初めは奴隷商人タジクの口から、その後はサーザール理想派の面々から。


 サンの知るカソマの情報は多くない。サーザールの本拠がある街であること、それから何か異常な状態にあるらしいということ。


かつて奴隷商人タジクは「だからカソマが“ああ”なった――」と口にした。

パトソマイアやタッセスメイアに流行している黒病は“東”から来たと聞いた。

サーザールの本拠地はカソマにあると聞いた。


 これらの情報が指し示すところはつまり――。


「――カソマという街が今どうなっているのか。確かめないといけないんです。」


そこに、一つの結果がある筈だから。






 日が昇るのを待ってから、サンとシックは別れを告げてそれぞれの行くべき場所へ向かって行った。


 シックはタッセスメイアより北東。砦の街ウーラマイアへ。

サンはタッセスメイアより東。カソマへ。


 折角久々にシックと出会えたと言うのに、随分早い別れが来てしまったことが些か残念だったが仕方ない。サンにはサンの、シックにはシックの使命がある。いずれ運命が交差する時が来れば、きっとまた出会えるだろう。




 もうタッセスメイアに用事は無い。

本来の予定ならばあの大関門で“神託者”を捕捉するはずだったのだが、魔物の襲撃により完全に狂ってしまった。


 どこへ行ったか分からない”神託者“を待ち受けても仕方がない。ならば、このままガリアのさらに東の地、ターレルの都で”神託者“を捉える。

ガリアとアッサラ、二つの大地が接する海峡の都ターレルは両大地の行き来を厳しく監視、制限している。そこでならば、確実な捕捉が出来る――はずである。

タッセスメイアも条件としては同じくらい良い筈だったのだが、魔物の襲撃などという不測の事態を恨んでも何にもならない。肝心なのは切り替えである。


 次に向かうべきはカソマであるが、その前に城へ帰還して贄の王に報告をしなければならない。

早速“転移”で魔境の城へと帰り、贄の王の居室へと向かう。


 最後に主と話したのはシックと出会い魔物と戦った朝――もう昨日の朝になったが――だ。丸一日連絡もせず帰りもしなかったことになる。心配させてしまっているだろうか、とやや早歩き。


 朝早い事もあり、ドアを控えめにノック。

この時間にはまだ眠っている主は寝室にいるため、廊下から続く居間のドアをノックしても返事は普段帰ってこない。

いつも通り形式だけのノックをしてそのまま勝手に入ろうと手を上げかけた途端、ドアがひとりでに開く。


主が起きているらしいことにやや驚きつつ中に入る。部屋の内、居間の中央にあるソファに贄の王は座っていた。


 「サン。」


 冷たい青の瞳がサンを射抜く。

贄の王はエヘンメイアで購入した内の一着、ガリア式の衣装を身に纏い万全の状態でいた。今すぐにでもガリアへ向かえると言った風である。


 「ただいま戻りました、主様。……ご心配をおかけしましたか……?」


「当たり前だ。“神託者”と接触する可能性が高く、魔物まで出現している地。よもや倒れてはいないかと気が気では無かった。」


主がはっきりと怒っている。それが分かり、思わず硬直してしまう。


「も、申し訳ありません……。その、魔物と戦闘になり、意識を失っていました……。ご覧の通り、無事です。」


「意識を失ったほどの者が無事と言えるか。」


「ぅ……。」


 贄の王は一度目を閉じると、深い溜息を吐いた。


「……いや、すまない。お前は最善を尽くそうとした筈だ。この怒りは、我儘だな。」


「そんなことは……。私の不手際です。お叱りはごもっともです。」


 サンはそう言って頭を下げる。


 贄の王が立ちあがって近づいてくる気配がして、その手がサンの肩に触れる。すると、優しく頭を上げるよう促される。


 恐る恐る頭を上げて主を見れば、ぐっと抱き寄せられる。


「ぁ。あるじさま……。」


「悪かった。だが、あまり心配をさせてくれるな。お前に代わりなど居ないのだ。」


「は、はぃ……。」


 サンは胸が苦しくなるような錯覚を感じる。

どうしようも無い程に恥ずかしくて、でもずっとこうして居て欲しいような気もして、頭が正体不明の熱に侵される。


 全身に感じる贄の王の体温。

耳に響く心音。

呼吸の度に押し付けられる筋肉質な腹。

頭を包むような大きくて硬い手。


 どくん、どくん――。と、自分の心臓が跳ねる程、身体中が火照る。


 「――疲れているだろう。部屋に戻って休むと良い。」


そう言って、贄の王がそっと離れようとして――止まる。


「サン?」


少し困ったような声で名前を呼ばれて、初めて自分が主の服を少しだけ掴んでいることに気づく。


 「ぇ、あ!ご、ごめんなさい、その!」


「構わない――。」


「し、失礼します!や、休みますから!」


返事も聞かずにその場で“転移”。

自分の寝室の真ん中で思わずしゃがみ込む。


 言葉にならない感情をやり過ごそうとその場で頭を抱える。


 心臓の音だけがいやにうるさかった。







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