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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
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11 困った人


 サンの姿は廊下にあった。今日は自分と主の使う区画を掃除しようと思い、主の使う部屋を把握しに来たのだ。


 時間は昼前。昨日贄の王が机に向かっていた部屋を最初にノックしてみるが、返事は無い。隣また隣とノックをしていけば、一番奥のドアをノックしようとしたところで手が止まる。


それはドアに黒い×が描かれていたからだったが、昨日訪れた時には無かったものだ。

サンが目覚めたときに主が口にしていた、「入れないようにしておく」とは恐らくこれのことなのだろう。


 何も時計には追われない魔境での生活であるが、時間から言って恐らく既に目覚めているはず、と考えたサンは恐る恐るノックをしてみる。


 するとサンの傍に黒い靄がどこからともなく現れ、それが晴れると変わらぬ姿の主がそこにいた。


「おはようございます。主様」


「あぁ、それで何の用だ」


「この辺りの掃除をしようと思いまして。主様の使う部屋を把握しておこうと思ったのです。……こちらが、寝室でしょうか?」


「そうだ。掃除をするならこの中は不要だ。ここ以外は好きにして構わない」


「分かりました。なるべく気を付けますが、あるいは騒がしくするかもしれません。どうぞご容赦ください」


「……昨日私が居た部屋は多少散らかっている。片付けを頼めるなら助かる」


「かしこまりました。お任せください」


 サンはもはや手慣れた様子で各部屋の掃除を終わらせていく。この区画もサンが使う区画と似たようなもので、茶室や衣装部屋、専用の台所など“王様”の生活のために様々な部屋が並べられている。


 そして贄の王が昨日机に向かっていた部屋はというと……。


「おぉ……」


 サンをして変な声が漏れる。


 そこはいわゆる書斎で、本棚や書き物机が置かれている部屋、なのだが。


 散らかっている。すごく。


 大きな机の上には大量の書籍や紙類、良く分からない魔法的アイテムらが崩れそうなほどの山となり、床には横積された書籍の塔たち。


 昨日ちらりと見た時点では良く見えず気づかなかったが、ドアから机までは“道”が出来ているのだ。“道”の脇は大量の本や小道具、また良く分からないアイテムなどで完全に埋め尽くされており、脚の踏み場はおろかまず床がほぼ見えない。


 ――これは、ちょっと頑張らないとダメそう。


 サンは一人気合を入れた。






 まずは部屋に散らかされたものたちの分類からだ。大まかに分けて廊下に一旦出して行く。


 書籍。紙。やたら出土する筆記具。恐らく魔法関連のアイテム。何かの機械。全く分からないもの。


 それから、古さや形状、大きさなどからさらに分類する。


 書籍類は元々この部屋にあったらしいとても古めかしいものと、比較的最近にここへ持ち込まれたらしいもの。分かる範囲で言語や内容別に分ける。


 紙類は多すぎる。いちいち目までは通していられないので、紙の大きさだけで分けてまとめる。


 筆記具は用途別に分けて机の引き出しに仕舞う。


 魔法が関連するものは一つ一つ見てみれば分かるものか、推測のつくものが多い。なるべく用途別に分ける。


 機械類はさほど多くない上に見ても分からないものがほとんど。全部一か所にまとめる。


 全く分からないものは、どうしてここにあるのか謎といったものも多い。どう見ても単なる芸術品の類から、鳥の羽らしきもの。何かの破片に、正体不明の球体。もはや手の付けようがない。とりあえずまとめる。






 余計なものを全て除けば、部屋自体は実に落ち着いた品の良い空間で、無駄に広々としていないのも実用的だ。


 あまり考えないようにしていたが、この部屋をああまで散らかした犯人はその道では特級の人材に違いない。すなわち、散らかしのプロだ。そして、容疑者は一人しかいない。


 仕分けられた物たちを仕舞おうにも、どう考えても奇麗には入りきらない。書籍類はなんとか書棚に収まってくれたが、意外とサイズのある物も多いために、仕舞うスペースが足りないのだ。


 サンは一度部屋を外れ、周囲の部屋をのぞき込む。応接間と思しき部屋があったので、そこを収納部屋に改造してしまう。


 ざっと一通り部屋の掃除をしてから、豪勢なソファやテーブルを脇によけ、飾られている調度品たちを隅に押しやり、空いた棚に紙類の束や小物を仕舞っていく。空いた床には棚に入らない物たちをなるべく分かりやすいように並べて置いていく。






 一通り片付け終わってみれば元応接間はまだ広く、今後また散らかされても片付けに使えるだろう。


 書斎に戻り、部屋自体の掃除を済ませれば、大変な大仕事を成し遂げた充実感に満たされていた。


 幸いなことに残りの部屋は然程散らかっていなかったので、手早く掃除を済ませてしまう。


 階ひとつ終える頃には日も大分傾いていた。どうやら想定よりも数倍時間を取られてしまったようだった。


 取り敢えず主が使うスペースは封じられた寝室以外終えたようなので、一度報告に戻る。






 ×印の部屋のドアをノックすれば再び靄から現れる主。


「主様。この階の掃除が終わりましたのでご報告に参りました」


「ふむ。ご苦労だった。感謝する」


「……それから。()()書斎ですが、入りきらなかったものを近くの部屋に仕舞っておきました。分類の分からない物などもありましたので、後程一度ご確認を頂ければと思います」


「……あぁ。……わかった」


「出来れば……、あぁいえ、何でもありません。……今度からはこまめに掃除に参りますので」


「……うむ……。その、助かった……」


「いいえ。従者として普通のことですので。それでは、失礼を致します」


「あぁ、それではな」


 どこか只人ならぬ人――実際にヒトではない訳だが、そんな印象を抱いていた主の意外な人間味を見せられたサンだった。






 サンは思う。間違いなくまた散らかる、と。何故なら主は気まずそうにしていた。つまりマズイ意識があったのだ。にもかかわらずあの状態であったということは、根本的に片づけの出来ないタイプに違いない。また凄いことになる前に、こまめに見に来る必要がある。


 ――困った主人……。


 それはそれで仕え甲斐もある、と前向きに考えることにして、サンは自室に帰っていった。


 ……恐らく主な生活空間であるあの×印の寝室の中について、なるべく考えないようにしながら。











 数日間、ひたすら城内の掃除に明け暮れ続けたサンはついにその内部全てを掃除しつくすことを成し遂げた。


 生まれて以来最大の達成感に浸りながら、構造を把握しきった城内を歩く。


 最も苦労させられた主の書斎をもう一度見に行くためだった。この数日で恐らく多少散らかっているだろうから片付け直し、どれくらいの頻度で片付けに来るべきか計るためだ。


 見られて困るものも無いようだったし、勝手に入ってしまおうとノックだけして覗いた室内を見て……絶句する。


 何故ならその室内は、再び足の踏み場も無くなっていたからだった。


 サンは声なき悲鳴を上げた。






「……いや、すまない。つい……な」


「つい、でああまでも散らかってしまうのでしょうか……。いえ、それが私の仕事ではあるのです。ある意味やりがいもあるとは思います。しかし……」


「うむ……。分かっている。……分かっては、いるのだが……」


 どうやらサンの主は大変に困った“人”で、空間に空きがあればあるだけ散らかしてしまうタイプらしい。


 サンは書斎の片づけが日課になることを覚悟した。







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