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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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106 地対空


 「くっ……あと少し……。」


あと少しだった。

あとほんの少しだけ時間があれば“四柱付与の鎖縛雷”が完成し、魔物を縛り付ける事が出来た。


 魔物から目を離さないよう気をつけつつ、わき目でシックの方を確認すれば、立ち上がってこちらへ小走りで近づいてくるところだった。


 やはり何とかしてあの翼を奪わなければ戦いにならない。


 あるいはこのまま追い詰めたとして、逃げに徹されれば追う術も無い。


 「『それは炎の蛇――。』」


サンの詠唱開始と共に魔物が走り出す。


「『――我の怨敵を食い尽くすなり。“火炎餓蛇”!』」


だが“火炎餓蛇”の詠唱は短い。魔物が十分に近づくよりも、魔法の発動の方が早い。


現れた火炎の蛇は真っすぐに魔物へ向かう。魔物はそれを避けようと身体を傾けるが、火炎の蛇はその動きを追い、魔物の身体へ食らいついた。


「ギギィイイーーッ!」


不愉快極まりない怒りと苦痛の叫び声。だが、その身の表面を僅かに焼いたとしても所詮軽傷に過ぎない。


 サンは回り込むように走りながら、左手に“土”の魔力を集める。


「『我は大地の子。怒れるままに振り上げる。右の拳が大地を砕く。腕を伸ばして天を掴む!“憤怒の城拳”!』」


 走るなど何かをしながらの詠唱は難しい。どうしても集中が乱れるため、時には十分に発動しないこともある。


 “憤怒の城拳”は幸いにも発動し、サンにほど近い地面が激しく爆発するように噴き上がり魔物へ向かう。

だが狙いの乱れもあったか、魔物は翼で空を叩きながら容易く回避。勢いままに再びサンへ向かって滑空してくる。


 「くっ……。『荒れるものは天。荒むものは地。揺るがすそれは嵐の乱風。いざ!“翔乗風牙”!』」


天に向かって細まる竜巻が現れ、向かってくる魔物を迎え撃つ。しかしそれは悪手であった。

魔物は翼を広げて“翔乗風牙”の逆竜巻に乗ると、勢いを借りて天高く舞い上がる。


 魔物の巨体はあっという間に見上げるほどの高さまで飛び上がってしまい、もはや並の魔法では届きもしない。


「あっ……!しまった……。」


 サンは己の失態に唇を噛む。だが、悔やむ隙すら与えてはくれない。


 天高く舞い上がった魔物が、空の上から黒い液体を雨のごとくまき散らしてきたからだ。


「シック!走って!何かの陰へ!」


 言うが早いか、サンも全力で走り出す。少し遅れて、べちゃりべちゃりと黒い毒液が地面に叩きつけられて爆ぜる。その飛沫がサンたちの背中を追い立てる。


 サンは走る。足の速いシックが先に近くの建物の扉を蹴破り、サンを呼ぶ。


 べちゃり!べちゃり!と背後から迫る黒い雨から必死に逃げ走った。






 無事に屋内まで逃げおおせた二人。幸いにしてこの建物も無人だったらしく、中は酷く静かだ。


 ひとまずの安全は確保出来たようだったが、状況は一向に良くなっていなかった。


 魔物へ大きなダメージを与える事は出来ず、多少の傷を負わせただけで全くの健在だし、翼を奪わなければシックは遊ばれるだけになってしまうし、あの高度から降りてきてくれなければ魔法も届かないし、更にサンの機嫌はとても悪くなっていた。


 至近距離に落ちてきた黒い液体の飛沫を浴びて、贄の王から貰ったマントが黒い斑点だらけになってしまったからだ。魔物をみすみす安全圏に退避させてしまった失態の落ち込みも加え、サンの気分は最悪だった。


 「はぁ……。最悪です。この染み、落ちるでしょうか……。」


汚れという意味でもそうだし、あの液体はとにかく臭い。今は鼻が鈍って分からないが、恐らくマントにも臭いが移ってしまっているのではないだろうか。


 到底許せない。何としても討ち取る。サンは決意した。作戦を邪魔されたこともマントを汚されたこともきちんと復讐しなければならない。ちなみに、完全な私怨であるが、気にしない。


 「ごめん、サン……。俺は足手まといだったね……。」


「いいえ、そんな事はありませんよ。それに、相性というものもありますから。落ち込まないで下さい、シック。」


「ん……。ありがとう。」


 しかし、現状ではシックが余りに無力なのも事実。空を飛ぶ相手に対し、剣をいくら振っても届くことは無い。


 「……シック、何か思いつくことはありませんか……?」


 そう聞きながらシックの方を見やるが、何やら俯いて考え込んでいるらしいシックはこちらの呼びかけに気づいていない。


「シック?どうかしましたか?」


くいくいと袖を引っ張りながらもう一度呼んでみれば、流石に気づいたらしいシックがはっと顔を上げる。


「あ……ごめん。なに?」


「いえ、何か良い案を思いついたりはしないかと思ったのです。それより、どうかしたのですか?」


「いや……。俺は大丈夫。何ともない。――それより、あの魔物をどうするか、だよね……。」


「いいならいいですが……。やはり翼を奪うほどの魔法を使う隙は与えてくれないようです。どうしたものでしょう……。」


「んー……。じゃあ、やっぱり俺が前に行った作戦はどうかな。サン一人で遠い場所で魔法を準備して、俺がそこへ連れていく。……ダメ?」


「ダメ……と言いたいのですが……。他に何も思いつきません……。」


 実際、サンが大魔法を準備する時間を稼ぐという意味ではそれなりに良い作戦かもしれなかった。シックの身が余りに危険という点から目を逸らせば。


「心配してくれてありがとう、サン。でも大丈夫だよ。俺に任せてくれないか。」


「ぅ……。んー……。でも……。」


「じゃ、決まり。サンは大通りの脇の道からあの大きな門の方に行って、魔法を準備して欲しい。頃合いを見て、俺がそっちに連れていく。まずは、俺が先に行くから。後から行くんだ。いいね。」


「え、ちょっと、まだ……。」


「よし……いくよ!」


そう言ってシックは先に飛び出ていく。すぐに、魔物の大きな鳴き声が響き渡る。


 「……もう!勝手なんですから……。分かりましたよ……。」


 頃合いを見るため、開け放たれた扉から外を見る。走るシックが降っては弾ける黒い液体から逃げ回っているところだ。


「……ほんとに、無事でいてくださいね。倒れたら許しませんから……。」


 下手な気遣いに自分が気づかないとでも思っているのだろうかと、謝罪と感謝を心で述べた。






 なかなか当たらない毒液に痺れを切らしたのか、警戒すべきサンの姿が見えない事に油断したか、魔物は高い空から地上まで降りてきた。


 ばさばさと不器用に羽ばたきながら地上に降り、シックを眼前に立つ。


「ギギギィイイイイイイイーーッ!!!」


 頭部らしき部分についた無数の口が開き、叫びを上げる。

それは喉の潰れた獣の声のような、鉄と鉄をぶつけて強引に割ったような、焼け死ぬ蝙蝠の断末魔のような、この上なく不愉快な叫び声だった。


 「やっと降りてきてくれたか……。」


正面から不愉快な叫びを受け止めて顔をしかめつつ、シックは安堵の息を吐いた。


 この魔物は目が良い。サンがあの門に着いて魔法の準備を始めたとして、いつまでも上空に居られては気づかれてしまうと焦っていたところだったのだ。


 「それに……。」


収めていた剣を抜く。良く磨かれた美しい刃がぎらりと光る。


「降りてくれないと、お前を斬ってやれないからな。」


その切っ先を魔物の無数の目玉の一つに向ける。


 体格差はあまりに大きい。シックも人間としては別に小柄では無いが、目の前の魔物と比べるとまるで赤子だ。いや、それよりも小さいかもしれない。


 だが、シックの目に怯えは欠片も無い。


 むしろ、この難事にあたって闘争心が燃え上がっていた。

目が冴える。音が広がる。集中が高まる。切っ先がゆらりと揺れて、シックは剣を構えた。


 「いくよ。……覚悟はいいな。化け物。」







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