表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
103/292

103 不幸な出会い


 「……はぁ。」


 そのため息を言葉にすれば、「これ以上無く面倒くさい」であろうか。




 タッセスメイアの大関門を封鎖し、適当に約束した7日後を待つ間は特に何も無かった。本当に生贄なんて差し出されたらどうしようかなぁなどと考えていたぐらいである。


 その間たまに大関門の封鎖を確認しに来たが状況は特に変わりなかったし、“神託者”らしき人物に遭遇することも無かった。


 ”敬虔な信徒“という者は基本的に善良である。端的に言えばお人好しになる。何故かと言えば、教会の教えを忠実に守っていくと大体他者に対して献身的な人物になるからだ。


 飢える者あればパンを分け、病む者あれば祈りを捧げ、貧する者あれば寄付をする。俗にいう“良い人”と言うやつだ。


 “神託者”に選ばれるような人間が信心の無い者とは思えない。そういう意味で、今回の皆が困る大関門の封鎖は”神託者“を間違いなく引き止められる。そういう計算であった。


 道を封鎖したら別に“良い人”で無くても足を止められるし、そこにたまたま厄介な者たちが引っかかることもある。

それがたまたま系統だった戦力で、それがたまたま信心深い者たちで、それがたまたま完全武装で歩いていたのは予想外であったと、それだけの話である。




 それだけの話であった。

サンは眼下に展開する神官騎士たちが一斉に銃口と魔法を自らに向けているのを見て、もう一度ため息を漏らした。


 「撃てーーッ!!」


 指揮官と思しき人物がそう叫ぶや否や、大量の銃弾と魔法がサンに向けて放たれる。


 だが、来ると分かっているなら避けるのは難しく無い。余裕さえ見せながら“転移”で騎士たちの背後、その空中に移動する。


 指揮官がすかさず何事か叫ぶ。全員が辺りを見回し始め、サンを捜しているらしい。流石に、“従者”が奇妙な移動術を用いる事は知られているようだ。


そんな彼らの後頭部に向かって言葉を発する。ガリアの言葉が分からないので、通じないのが残念だ。


「もうこの台詞を吐くのも何度目なのでしょうね。神官騎士団の皆さん。」


右手に”闇“を纏う。


 「――私の、邪魔をしないで……ッ!!」


サンが振るった右手から”闇“が雨のごとく撃ちだされる。

そしてそれは、神官騎士たちの上に降り注いだ。






 サンには知る由も無いが、神官騎士団がここタッセスメイアに居るのは必然である。


 パトソマイアにて、神官騎士団はサーザール実現派と手を組んだ。神官騎士団ひいては教会は実現派を見逃す。一方、実現派は理想派を売ると共に教会へいくつかの協力を。概ね、そういった取引であった。


 だが、教会から派遣された一人の男が”神託者“を”従者“と誤認した結果、同行していた実現派たちも一斉に殲滅されてしまった。


元々そこまで数の多くないサーザール。さらに派閥まで分けてしまったせいで、人手不足だったのだ。太陽神殿に展開していたのはパトソマイアに居た実現派全員である。


 これが、殲滅。


 困ったのは神官騎士団である。


 彼らがパトソマイアに集結していたのは理想派の殲滅のため。だと言うのに理想派の居場所を知る実現派が居なくなった。もちろん他の街には実現派もいるのだが、纏めていた人物は死んだ。


 辛うじて、事前にしていた僅かな情報交換の中にサーザールの本拠地の話があった。本拠地と言っても今や理想派がしがみついているだけだが、その街の名前はカソマ。

タッセスメイアよりも東、砦の街ウーラマイアをずっと南に行った辺りに位置している。


 神官騎士団としては理想派の殲滅という目的のため、カソマに向かう以外は無かった。


 西のイパスメイア、エヘンメイアにもいく必要がある為戦力を二分。主力はパトソマイアを出て、東のタッセスメイアまでやってきた。


 すると、大関門が通れないと言う。話を聞けば、それを成したのはなんと教会の怨敵“従者”だとか。


 エヘンメイアに居るはずじゃなかったか。何でここにいるんだ。と混乱したのもつかの間、取り敢えず居るなら捕らえるか、せめて討伐しなければなるまい、となる。流石に無視は出来ない。通れないし。


 もはや完全にただの成り行きであった。






 ――黒い雨が降り注ぐ。


 それには矢ほどの威力も無い。当たり所が悪くとも致命傷まではなかなかならないだろう。


 だが怪我人が増える。軽傷に重傷と色々だろうが怪我は必ず足を引っ張る。初撃としては、これで十分。


 これが贄の王ならば鉄をも貫く槍の雨で一掃出来ただろうが、サンではそうはいかない。人の身から見ればサンの権能も相応に反則だが、完全武装の騎士団を丸ごと潰すには足りない。


 贄の王には贄の王の、サンにはサンの戦い方がある。


 次、最初に叫んでいた指揮官らしき人物のすぐ傍へ転移。“雷”の拳銃を引き抜いて銃口を向ける。

だが、引き金を引くより先に剣が振り下ろされる。指揮官のすぐ傍に居た騎士の内一人だ。


 後ろへ下がって回避しつつ、その騎士へ狙いを変えて撃つ。命中し、騎士は崩れ落ちる。

それを眺める暇も無く、“転移”で再び上空へ退避。サンが居た場所を刃が通り過ぎた。


 “飛翔”で空中にとどまってそれを分析する。


 神官騎士団は“転移”を把握している。今まで然程隠しても来なかったので当然だが、対策が成されている。


 自由自在に居場所を変えられるとすれば、誰を狙うか。当然指揮官であろう。

つまり、“来ると分かっている”。


 神官騎士団は指揮官の傍に護衛を固めることでその防衛策とした。護衛たちは常に“従者”が目と鼻の先に現れることだけを警戒し、それへの対処に全神経を傾けている。護衛が欠ければ、周囲から補填される。


 そして、その他の”転移“への対応策が、これだ。


 “転移”を使用した直後、既に自分の居る方向にいくつかの銃口が向けられていることに気づくや再び“転移”。方向だけはあっている銃弾がいくつか通り過ぎた。


 ギリギリ姿が見える程度の距離まで退避して、もう一度分析。


 “転移”先を読んでいる訳では無い。ただ、決められた方を見ているだけ。


 騎士たちは”従者“が姿を消した場合、あらかじめどこを見るか”決めている“。あとは、そこに”従者“が見えたら引き金を引くか、剣を振り下ろすだけだ。


 一対一では取れない対策。集団だから出来る防御。

正直に言えば、実に厄介だった。


 贄の王本人と違い、サンが使う“転移”にはいくつか劣る部分がある。


一つ、周囲に気づかれる。

贄の王は周囲の人間に意識されずに“転移”を使用できる。人前でも気にせず使える訳だ。ちなみに、これを発展させたものが”欺瞞“である。


 二つ、発動の遅さ。

発動は瞬間的に行われる訳では無い。極めて短い時間だが、使用してから発動するまで時間差がある。


 三つ、時間差。

発動して消えると、距離や精度に応じて時間が経過してから現れる。“転移”とは、言わば高速でトンネルを潜り抜けるようなものなのだ。


 四つ、精度の低さ。

普段使う分には気にならないのだが、移動先には誤差が出る。短距離ならば歩幅一歩程度だが、魔境へ戻る時などは歩幅にして五歩も十歩もズレる。なので目的の部屋の真ん中を狙わないと隣の部屋に出る事すら稀にある。


 神官騎士団の立てた対策がこれらの劣る部分に良く刺さっているのだ。


 “転移”を使えば気づかれるし、時間差のせいで“捜す”余裕が僅かに生まれる。

発動が遅いせいで、当てずっぽうで撃たれた弾丸に当たる可能性が上がる。

精度が低いせいで、指揮官の護衛を潜り抜けられない。


 厄介、実に厄介。


 魔法で薙ぎ払いたいが――。


「『我は大地の子。怒れるままに振り上げる。右の拳が大地を砕く。腕を伸ばして天を掴む。“憤怒の城拳”!』」


「「『我は大地の子。悲しむままに叩き付ける。左の拳が大地を穿つ。拳を握って地を叩く。“悲嘆の城拳”!』」」


 噴き上がる筈の力とえぐり穿つ筈の力がぶつかり合って、ずぅんという重い響きと共に地面が一つ揺れる。


 だが、それで終わりだ。放たれた魔法は何者も傷つける事無く相殺される。


 これこそ対抗魔術。

適切な魔法、適切な魔力、適切な瞬間。魔法と魔法をぶつけ合って相殺させる魔術。魔法使い同士の戦いでは必須の技術だ。


 純粋な魔法使いとしてなら相対する神官騎士団にサンより強い魔法使いは居ない。


 しかし、集団で一つの個となる事で疑似的により強力な魔法使いを生み出す集団魔術の力により、サンをずっと上回る魔法使いと化している。


 そして、相手が集団であるという事は、対抗魔術と同時に別の魔法で相手を攻撃できるという事に他ならない。


 地面が揺れると同時、放たれた炎の大矢がサンに向けて飛来する。“転移”の力でそれを辛うじて避けると、直後サンの居た場所を火炎が通り過ぎていく。


 「……はぁ……。」


またため息を吐く。負ける気は余りしないが、決定打に欠けるのも事実だった。


 やはり通常の魔法では対抗されてしまう。大魔法で一気に、という戦術もあるが危険だ。万一対抗されれば次が無くなってしまう。


 ここはやはり――。


 神官騎士たちの真ん中に転移。すかさず“闇”の繭で己を覆い隠し、振り下ろされた刃を防ぐ。


 “闇”の繭を回転させながらほどく。広がる”闇“を刃に変えて周囲をぐるりと一気に斬り裂けば、すぐ近くに居た三人の騎士が胴をずたずたに斬り裂かれて絶命する。


 更に転移。対抗魔術の時に掴んでおいた魔法兵のうち一人の背後へ近づいて、黒い“闇”の槍でその背中を貫いた。


 もう一度転移。通り横の建物の陰に隠れ、一旦様子を窺う。


 指揮官の怒号が聞こえる。“透視”で見やれば、サンの姿を必死に探す騎士たち。


 騎士たちは己らの役割をはっきりと分けている。すなわち、銃兵、魔法兵、剣兵。サンが現れ次第すかさず攻撃するために、それぞれ攻撃を構えているのだが、それ故に攻撃手段の変更が出来なくなっている。


 そして騎士たちの陣の内側に転移した場合、銃兵と魔法兵は誤射を恐れて攻撃出来ない。警戒すべきは、剣兵の刃だけとなる。


 さらに権能による“闇”の魔法には対抗魔術が存在しない。通常の魔法を構えている魔法兵には防御の術が無いという事だ。


 “転移”で攪乱、“闇”の魔法で魔法兵を仕留めていき集団魔術を破綻させる。最後は大魔法で薙ぎ払う。サンの中で作戦が立った。


 問題はそれが気の遠くなるような長作業だという事だが。集中を切らして刃や弾丸を貰わないよう気をつけなければ。


 一度息を吐いて力を抜く。それから集中を持ち直す。


 気合を入れ直して、“転移”で騎士たちの真ん中へ向かった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ