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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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100 太陽と”光“


 サンは手に入れた紙束の全てに目を通したあと、贄の王に渡した。


 渡された紙束を無言のまま一通り読み進める贄の王。その正面で、次の言葉をじっと待つ。


 「……なるほど。」


一言だけ口にして、暫し無言。目を瞑って何やら考え込む。




 手にした紙束には太陽神殿における殺戮事件の情報が纏められていた。それには現場を目撃していた者――恐らく、イキシア――の見たことを基礎に、衛兵たちが手にした情報が足されていた。


 それによれば、今回の事件の概要はこうなる。






 経緯は不明だが、その男は真夜中の太陽神殿に呼び出された。


普段の太陽神殿は専門の警備兵たちに守られているが、この夜に限って警備兵たちは誰も居なかった。より上層部から当番の者たちが皆外すように言われたとしか書いていない。察するに、実現派と協力関係にある神官騎士団、ひいては教会側から何かの圧力が加わったのだろう。


 ともかく、本来いるべき警備が存在しない真夜中の太陽神殿にその男は呼び出された。


 待ち受けていたのは当然、サーザール実現派の者たちだ。それに加え、教会の者が一人。

広大な太陽神殿、その中央付近にて来訪した男をぐるりと囲み、銃と剣で睨みつけつつ、教会の者は男に問いかけた。


 「旅人よ。お前は北土の国ファーテルで我ら教会から盗みを働いたな?」


男はこれに明らかに狼狽した。直後に否定しては見せたものの、その狼狽の様子からこの男こそ教会の探している人物――“従者”であると勘違いをしてしまった。


 教会の者は神に仇なす悍ましい神敵であると声高に男を糾弾する。男はそれを必死に否定する。自分は敬虔な信徒であり、我と我が身に誓って神の敵では無いと。


 だが、教会の者は全く聞く耳を持たない。今すぐに盗んだものを返し、神に跪きながら死ぬのだ、と男を突き放す。


 男は事実跪いて無罪を誓った。絶対に違う、自分には神の使命がある、これは何かの間違いだ、と。


 苛烈さを増すばかりなのは教会の者の糾弾である。


 終いには、我々教会こそが神の意思の代行者である。自分の言葉は神の言葉の代弁なのだから、ならば敬虔さを示し死を選べとまで口にした。


 潔白を叫ぶばかりだった男も教会の者に次第に怒りをあらわにし始め、ならばここで神の意思を確かめるがいい、と言う。自分を刃で貫き、そして死ぬならば貴方が正しいと。


 誤った正義に目を曇らせた教会の者にはその男の瞳の真摯なることなど見えなかったのだろう。その手で短剣を握ると、男の胸に突き刺した。


 短剣が抜かれると、男は胸から血を噴き出しながら膝をつく。それを見て高笑いする教会の者。神敵“従者”を仕留めた、これで自分は出世だ、と醜い俗世欲すらむき出しにして勝利を確信したのだ。


 だが、膝をついた男はいつまでたっても倒れない。どころか、いつしか血は止まり、ゆっくりと立ち上がる。


 教会の者はそれに恐怖し、周囲を囲む実現派の者たちに命じた。この男を今すぐ殺せと。


 男は涙を流しながら叫んだ。


 「教会はこうまで腐ったか。神の使命を果たすべき従僕なる自分の命さえを奪い、己の欲望に目を曇らせて“まこと”を見失うのか。」


 その悲哀と怒りに満ちた叫びの終わりと共に、男は腰に下げていた剣を抜いた。


 そして、それは光であった。


 この時、この場に居た者たちは生まれて初めて本物の”光“を目にしただろう。それは眩く、美しく、清らかで、一切の汚れなき光明であった。


 そして、“光”が乱舞する。


 恐らく動いていたのは男だったのだろうが、目に残っているのはただただ光だけだった。


 そして光の乱舞が収まると、生きている者は剣を収めた男一人だった。血の海と化した神殿で、返り血すら浴びていない男はその場で跪くと神に懺悔の祈りを始めた。


 しばらくそうしていると、男は立ち上がり、神殿を離れていった。振り返ることも無く真っすぐに都を出ていき、東へと歩き去っていった。




 その後朝を迎えてから警備兵が太陽神殿を訪れ、その惨劇の跡を目の当たりにした。


 すぐに衛兵たちが呼ばれ、死体の片づけと、事件の捜査が始まった――。






 そのほか、衛兵たちはサーザール内での内輪もめでは無いかと見ているなど、いくつかの情報はあったが”神託者“に結びつくような物は特に見当たらなかった。




 考え込んでいた贄の王が目を開くと、サンに問いかける。


「サン。お前はどう見る。」


「……教会は私を探しています。“神託者”を私と誤認したのですね……。愚かですが、哀れでもあります。この教会の者がもう少し賢ければ事件は起きなかったでしょう。“神託者”の足取りを掴めたという意味で、私たちには幸いですが……。

それから、気になることは“神託者”が“盗み”と言われて狼狽したところでしょうか。少なくとも、正当な持ち主で無いかもとは思っている……?」


「そうだな。ファーテルの洞窟からどう持ち出したかは分からないが、許可を得て持ち出した訳では無いと思っているのだろう。」


「それから、東に真っすぐ向かったとあります。予想通り、ガリアを東西に横断してターレルを目指す道のりですが……。とすれば、次に訪れるのはタッセスメイアでしょうか。」


「陸路でパトソマイアから東に向かうならば山脈に道を塞がれる。抜けるには、タッセスメイアの大関門を通らざるを得ない筈だ。無論、土地の者だけが知る抜け道などはあるだろうが……。」


「しかし、”神託者“は北土の人間。そんな道を知る機会は無い筈ですから……。もう、パトソマイアに用は無いかもしれませんね。」


「うむ。 “神託者”の捕捉を狙うならば、タッセスメイアで考えるべきだろう。」


「それから……。えっと。この光が強調されていますが、これが”神託の剣“と見て間違いないでしょう。特に隠し持ったりはしていないという事でしょうか……。それと、やはり主様の権能のような超常の力を持つことは確実ですね。如何に武術や魔術の達人でもこれほどの事は不可能でしょう。力の拠り所はやはり”神託の剣“だと思います。」


「他には?」


「ええと……。気になるのは、これ以上はむしろこれを見ていた人物の方でしょうか。お話した通りイキシアさんではないかと見ているのですが……。声が聞こえるほどの距離でよく”神託者“に斬られなかったなと……。」


「“神託者”を欺いたのか、“神託者”が見逃したのか……。疑問と言えば疑問だな。」


「は、はい。……申し訳ありません。私に分かるのはこれくらいです。」


「ふむ……。私も概ね同じ程度だが……。“まこと”とは何だ、と思ってな。」


「“まこと”、ですか。確か”神託者“が教会の人間に刺された後……。」


「そう。“まこと”を見失うのか、と叫んだそうだな。これが単なる言葉の綾ならばいいが、もしそうでないなら。そうでないなら……この男には何が見えている?」


「“まこと”……。言われてみれば、その場面で咄嗟に出るならもっと違う言葉が出るような気もします。例えば、“正しい事”とか、“正義”とか……?」


 贄の王は暫く黙って考え込んでいたが、やがて自分で自分の言葉を否定した。


「……いや、考え過ぎだな。恐らくはただの言葉の綾だろう。」


「主様?」


「お前も気にするな。忘れてしまえ。……さて、次に我々が向かうべきはタッセスメイア。私も見たことは無いが、大関門なる場所を通らなければ東へは行けない。そこで“神託者”を待ち受けるがいいだろう。」


そう言いながら贄の王は紙束のうち一枚を手に取る。そこには、“神託者”らしき男の外見的特徴が記されていた。


 茶髪。白い肌。平均的な身長。若い。ラツア式の服。


 実に端的なその特徴は北土地方にありふれた容姿であることを示している。唯一、サンが気になる事と言えば――。


「――ラツア式の服。」


 奇妙な事に、サンはこれらの特徴によく合致し、更に今まさにガリアのどこかを旅しているだろう少年を知っている。


 だが、まさかそんな筈は無い。


 あの少年が持っていたのはどこにでもあるような平凡な剣だ。間違っても“神託の剣”では無い。事実、それが抜かれたところをサンは何度も見ている。


 更に言えば贄の王は一度彼を目撃している。贄の王は“見れば分かるはず”と言っていた。つまり、彼は”神託者“では無い。


 要するにただの偶然だ。北土からガリアへ渡る直前は必ずラツアを通るのだから、そこで服を替えただけの事に違いない。実際、ガリアへ来てからラツアの服を着ている旅人も全く見なかった訳では無いではないか。


 ――だから、ただの偶然。


 そう何度も自分に言い聞かせるのに、不気味な予感がどうしても消えてくれなかった。







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