1 はじまりの不純物たち
ツイッターにも生息→@isoraRoZi
祈りの言葉が朗々と紡がれ、鈍色の空の下、暗い群衆へ降り注ぐ。
「――神が、それを望まれる。贄の王よ、我らが血を受け、主の御名の下にせせらぐ光を浴びて、汝が呪いを祓われよ」
石畳の都。
宮城を臨む広場には厳かな静けさが降りて、中央に置かれた棺と横たわる少女、それを取り囲む群衆と祈りの言葉を響かせる神官の様から、まるで葬儀のように見える。
異なるのは、少女が生きている事だ。
主役たる少女の表情はベールで見えず、身じろぎもしないで眠っているようである。
少女はこの都の姫であり、広場の北の端、宮城のバルコニーから儀式を見下ろすのはこの都の王とその妃だ。王はその手に神の象徴――天秤を捧げ持ち儀式をじっと見つめる。
――やがて、祈りの言葉は終わる。
「呪われしこの大地に、再び主の威光を」
――群衆が唱える。
「「あれかし」」
そして、姫の胸に剣が突き立てられる。突き立てられた傷からは血のかわりに光が零れ落ち、棺を濡らす。姫の身体はゆっくりゆっくりと光となって、宙に溶けるように昇っていき、長い時間をかけて完全に消える。それに呼応するように、空はゆっくりと明るさと青さを強くしていく。
やがて、春の高い快晴が広がり、大地は神の愛を受けて明るく輝き、重く苦しい空気は晴れ晴れと爽やかさを取り戻す。石の家々の窓は陽光に照り、草花は青々とその彩色を見せびらかす。
群衆は奇跡に感涙し、無知なるものは「あれかし。」と繰り返し、あるものは拙い祈りの言葉を唱えては近しい者と抱擁する。知識あるものは聖詩を口にし、またあるものは両手を広げて空を仰ぎ、大地へと接吻する。
皆が皆、主の威光と示された奇跡、その大いなる愛に感動し、暗かった広場は歓喜の明るさに包まれている。
――誰もが皆、贄となった姫を忘れていた。祓われた贄の王の呪いに喜びの歌を歌い、天秤を胸に抱き、それを呼んだ一つの悲劇には目もくれようとしなかった。
ただ、一人を除いては。
彼女は一人、嘆いた。唯一の友が“贄”となって死んだことを。
彼女は一人、嘆いた。自らが本当の意味で孤独になったことを。
彼女は一人……、呪った。神を呪った。
歓喜に包まれた都において、たった一人の不純物はまた、主を呪いながら命を絶った。