全ては此処から始まった~前世返り~
「どれも嬉しくはないな」
「今日は珍しく百面相をしておるのう、佐助」
静かに部屋へ戻ってきた少女、ガラシャ。彼女は脇に竹簡を抱え、机の上へ置く。どうじゃ、心は定まったかなんて妙な事を聞いて来た。定まる心も何もないのだが。
「ほれ、劉備殿から饅頭を貰ってきたぞ。食うのじゃ」
饅頭をガラシャに差し出され、仕方なく受け取る。受け取った饅頭は白く、ふんわりとしていた。少し生暖かく、何処か庶民的だ。
「劉備殿がぬしを心配していたぞ。様子がおかしいと」
「ああ、それはどうも。劉備――サンにもよろしく言っといて」
それだけを告げて、饅頭をかじる。美味しくもなく、かといって不味くはない。時代を考えれば、現代の味に慣れている己がそう思うのは当然かと思いすぐに食べ終えた。まあ、食べられない事はない。
「……で、どうしたのじゃ、変じゃぞ」
前へ腰掛けるガラシャは顔を覗いてくるが、すぐに顔を背け視線を逸らした。そもそも何故、いや、おかしい事が多い。何故三国時代に戦国期の人間が居るのか――訳がわからなかった。普通を求めるのがおかしいとわかっているが、何だか嫌な予感は拭えない。
「別に、何も――」
「そういう風には見えぬのう。わらわに話すがよい」
ほらほら、聞いてやるぞ、話してみよ。そう告げて、ガラシャは話を急かすように幼げな顔の上に笑みを作る。と、言われても、話せるようなものではない。そもそも、己も何がどうなっているのか、わからないのだ。しかし、このまま放置しておく訳にもいくまい。
「……実は――」
「死んだはずなのに、生きている――とでも言いたい顔じゃな」
何故知っている――。あどけない笑みの上に乗せられた、無垢なる感情。それは全てを見通しているような笑みだった。まるで最初から答えを知っているよう、そんな微笑みだ。
「わらわも同じだからよ」とガラシャは静かに告げた。
「同じ……?」
「うむ。わかるじゃろう、これがどういう意味をしているか」
わからない訳じゃなかった。いや、わかりたくなかった。理解してしまえば、肯定してしまえば、この世界を認めてしまう事になる。今の己を認める事になる。それ即ち、己は無駄な事で命を落とした――そういう事になる。
「佐助、ぬしは何処かで命を落としたじゃろ。わらわも命を落とした。そして、ぬしと同じ――目を醒ましたら、この世界に居たのじゃ」
命を落とし、この世界にやって来る。そういう人間は数多ではないが稀に居る。そして彼らは本当の自分を忘れ――この世界で死んでいく。
「そういう人間を、前世返りと言うのじゃ」
前世返り――ガラシャが言うには、前世……つまり、元の世界で死に、この世界へやって来た人間の事を言う。死の理由は数多あれど、共通する点が一つだけある。それは、誰もが何かを恨み、不幸を被り、死んだという事だ。
「元に戻る方法はないのか」
「ある、とは断言出来ぬ。わらわは今、探し中ゆえ」
つまり、元に戻る方法は見つかっていない。