全ては此処から始まった~永久に続く苦しみを、痛みを、思い知れ~
「劉備殿――は、玉座じゃな」
劉備は忙しいため、簡単に会える人間ではない。謁見を誰かに頼んでみようか。ガラシャは劉備の身の回りの世話をしている役人の元へ向かう。廊下を小走りで進み、突き当たりの角を曲がった――時だった。
「む、あれは! 劉備殿!」
遠目に見えたのはいつもと変わった劉備だ。供もつけず、役人のような服装。いつも一つに纏めている髪は巾で纏められ、注意を払いながら歩いている。
あれは、執務から脱走してきたのだな。
ガラシャはすぐにそう理解した。劉備には脱走癖がある。法正や諸葛亮達のスパルタ見張りから度々逃げ出しては、毎回捕らえられている。今日もそのつもりなのだろう。しかし、劉備がいないと仕事が回らないのは事実。仕方ない、此処は連れ戻そうか、己も劉備に用事があるし。そう思い、ガラシャは劉備を追っていく。城の中庭の方へ進む劉備。門から出ずに、何処か別の場所から向かうようだ。劉備の向かっている方向に門はない。左へ曲がった劉備をガラシャは小走りで追いかけ――突然の熱風に頬を焦がした。
「ッぐ」
身を焦がすほどの熱さはよく知っている。この業火を忘れる訳がなかった。苦しさに顔を歪めて前を見据えれば、役人や女官、劉備を追ってきたであろう兵士達が倒れていた。その中心に立つのは劉備――ではなく、蘇芳色の髪を持つ、不可思議な存在。
黒の袈裟に白の法衣、手には横笛を持つ存在。人間ではない。それは獣の羽のような耳で理解出来た。いや、そもそも、この大陸に朱き髪を持つ存在などいない。そんなもの、現代のヴィジュアル系バンドくらいである。
「おぬしは、おぬしが、原因か」
「原因? 原因を作ったのはそちらでしょう。私は、神のために、創世の魔導師を滅ぼすのみ。そして――創世の魔導師の仲間たるあなたも、焼き尽くすのみ」
我が命たる神を手にかけたその所業、絶対に許しはしない。
熱風が強くなる。服から焦げ臭いにおいが漂って来た。相手の憎しみが、悲しみが、怨嗟が、どす黒いものが、何もかもが伝わってくる。朱き瞳からは辛く、悲しい、痛ましい気持ちが胸を抉る。
「私は朱凰。炎の神獣であり、神を守護する者。あなた方を滅ぼし、神のために、その魂で神を――復活させます」
「確かに、神を殺した半兵衛は悪かったかもしれぬ! だが、半兵衛にも半兵衛の言い分があるのじゃ! あやつは――」
「“半兵衛は悪くない”“歴史を正そうとした”“正史を守ろうとしただけ”――それが何だと言うのです。そんなもの、史実など、歴史など後世の人間にとって、ただの研究材料にしかならないのに」