全ては此処から始まった~忘却の彼方~
これから狙われるぞ。せいぜい半兵衛にでも助けてもらえよ。法正はそれ以上言わなかったが、ガラシャは彼の言葉を止める。
「な、情けない事だと思うが……助けてはくれぬのか!?」
「劉備殿が関わっていないのに何故俺が動かなきゃならないんだ?」
そうだ、法正はこういう男だった。劉備が無事なら別に構わない。そういう男である。まあ、蜀の人間は大体そんな感じであるが。
「劉備殿が無事で、あのお方の身が安全。ならば俺は動く必要もないし、あんた達を助ける義理もない。そもそも、あんた達は劉備殿の命令に従っていないのだからな」
本当ならこの場で斬り捨てているところだ。法正はガラシャへ鋭利な視線を向ける。確かに、劉備の命令を破ったのは申し訳がないが、少し酷くはないか。そもそも、曹操軍という場合ではなかった。もし、この世界に脅威が迫っているのなら、出来る事はしたいと思ったからだ。
「しかし、何故、孝直殿は蜀が無事で居られると?」
劉備殿が居る限り脅威は来ない。そう先ほど宣言した法正に、ガラシャは僅かに疑問を覚えた。確かに劉備は偉大であるが、断言出来る確証はないはず。それを法正は持っているというのだろうか。ガラシャは法正からの返答を待った。
「あのお方を見ればわかる」
それ以上法正は答えてくれなかった。まだ聞きたい事もあったが、部屋に諸葛亮や龐統達軍師がやって来たため、ガラシャは仕事の邪魔だと思いすぐに退室した。
しかし、法正から得た情報は変えがたいものとなった。一応前へ進んだとも言える。この調子で情報を集めたい。やはり、劉備に近い人物の方がいいのだろうかとガラシャは考えていた。その方が、情報のレベルは違う。
「むむ、悩むのじゃ……いっそ劉備殿に尋ねるのも……」
その方がいいか。うん、そうしよう。一人、廊下でそう頷き、呟きを漏らした。
これも全て元の世界へ戻るためである。ガラシャがこの世界に来たのは、もう随分と昔だ。数年この世界に居て、三国を渡り歩いた。長い期間、滞在し過ぎたせいで、両親の顔も、名前も、大好きだった恋人も、大切なきょうだいも、誰一人思い出せない。
何もかも忘れても、それでも忘れない事がある。
ただ――帰りたい。その気持ちだけは忘れた事がなかった。
帰っても孤独だろう、帰っても己の存在意義などわからないだろう。そもそも、元の世界では一度死んだ身。また生き返る事が可能なのかはわからない。
だけど、ガラシャは思う。
たとえ死ぬとしても、故郷で死にたい――と。
この先待ち受ける未来がどんなものだとしても、ガラシャはただ前に進むのみである。
それが、前世返りとしての宿命だ。