全ては此処から始まった~囮~
「なら、半兵衛がちゃちゃっとやれば早いのではないのか?」
「奥方、それじゃ相手に、世界に気付かれる。バレたら、世界は僕らなんて簡単に捻り潰せる。世界にとって、この世界の未来を変える事、過去を変える事なんて朝飯前だからね」
つまり、バレないように行わなければならない。軸を変えて、確定すれば世界とて介入は出来ないからね。半兵衛の言葉にそういうものなのかと佐助は納得する。
「じゃあ、どうするつもりなの、あんた」
考えが思いつかない訳ではない。半兵衛がどう行うつもりでいるのか気になった。佐助もその気になれば出来るが、佐助は軍略家でも軍師でもない。ただの忍で、元サラリーマンだ。故に、このような事は半兵衛に任せるに限る。
「まず、世界の気を引きつける。僕らがいくら情報を流しても、世界にバレてしまえば、世界に修正されて何もなく終わるだけ。それは防がなきゃ」
「気を引きつける? どうやってやるつもりなのじゃ」
ガラシャの問いに半兵衛は右の人差し指を立てては、柔和に幼さ残る顔の上に貼り付けた。純粋な笑みではないのは確かだ。
「そこで、まずは佐助くんと奥方殿には南方へ向かって貰う。その間に僕が情報を三方向へ流布する」
「つまり、俺達は囮って訳?」
「そ。僕が動く間、世界を引きつけて欲しいんだよね」
まあ、情報を流布するためならば仕方がない。妙にいけ好かないが、此処は大人しく聞いておくべきである。佐助は頷き、半兵衛の策に了承する。だが一つだけ疑問が残った。
「しかし、どうするのじゃ? 敵が、世界がそう、わらわ達へ向かうとも限るまいて」
確かにガラシャの言う通りである。たとえ、佐助達が世界と対そうと世界が佐助達へ靡いてくれる訳ではない。世界は全てを見通すなら、この策とてバレている可能性は高いが――。半兵衛は頬を緩ませて冗談を含んだ笑みで笑えば、大丈夫と何度も復唱した。
「大丈夫、もう僕と関わったって事で君達は創世の魔導師の仲間って認定されただろうから。だから、神を奪った僕を、この世界を奪おうとする僕を、全てを消滅させる原因たる僕を――殺すために誰もが君達を襲う」
良かったね、探す手間が省けたよ。あっちから襲ってくれるんだから。
半兵衛が軽い調子で告げたのを、佐助は机の下で彼の脛を蹴り飛ばす。机の上に頭を伏せて悶絶する半兵衛を見てから、佐助は溜め息を吐いた。
つまり、このままだと半兵衛を倒すために、半兵衛を憎む敵から襲われるしかないという事である。非常に迷惑極まりない事だ。
「おい、誰がこんな事しろっつったよ」
「ど、どうせ戦うしいいじゃん!」
「良くないっての」
余計な事に巻き込まれる趣味はないんだけど。佐助は本日何度目かの溜め息を吐いた。まあ、仕方ない。このまま此処で話していても狙われる。それこそ、己が蜀の人間とバレては困るものだ。ならば、もうやるしかない。退いたところで狙われるのは変わりない。そもそも退いて、蜀に帰ろうものならまず、蜀を危険に陥れたとして殺されるはずだ。絶対に。
佐助はわざとらしく、嫌々溜め息を吐き出してはガラシャと共に南へ向かう覚悟を決める。南に何があるのかわからないが、半兵衛が言うなら従っておこう。半兵衛は手を机に添えて立ち上がれば、佐助達の後ろを通って幕舎内から出て行こうとする。
「おい――」
「じゃ、そっちはよろしく! 僕、まだ仕事があるからさ!」
屈託のない笑顔を浮かべたまま半兵衛は一目散に幕舎内から出て行った。残された佐助とガラシャは、沈黙を破る事なくただ呆れと諦観混じりの感情を抱える。そんな時だった、沈黙を破ったのはガラシャだった。
「あやつ、わらわ達に敵を押しつけて、自分は自由に動くつもりじゃな」
正にその通り。後で適当に絞めよう。佐助はそう覚悟し、ガラシャと共に幕舎を出ては乗ってきた馬で南へと駆けて行く。
僅かに感じた執着の視線に、気付かないふりをして。