全ては此処から始まった~蛇の妻~
「わらわが雇った。わらわ専属の忍じゃ。道中、襲われたところを助けて貰ったのじゃ」
三成は佐助から視線を逸らし、ガラシャへ向ける。不愉快だ、鬱陶しい。そんな感情が三成から見て取れた。どうやら相当嫌われてしまったらしい。
「我は許可しておらぬが」
「夫君に尋ねずとも、わらわはわらわの忍くらい勝手に決めまする。それとも三成様は、わらわの事も全て自分で決めたいとお思いか? それは何とも自分勝手で傲慢な振る舞いでありますな」
まるで電撃が走ったような感覚。ガラシャと三成の間には緊張感と、棘の刺さるような空気が流れる。この二人は本当に夫婦なのだろうか。そう疑いたくなるくらいには、とても厳しい色を見せていた。隣の半兵衛に視線を向けようとしたところ、彼は忽然と姿を消していた。いつの間に。忍である佐助に気付かせず消えたというのだから、恐らく魔導師としての力を使ったのだろう。
「それとも何か、我が夫君は、明智の娘は弱いとでも仰いまするか」
「冷徹な言葉を吐くものだのう。我の妻ならもっと――」
「蛇のように冷たい夫君になら、蛇の妻がお似合いでしょう?」
怖い、怖すぎる。氷点下何度だよ、と言いたいくらいに凍える、心が。寒すぎて、他の兵士達が何故か遠くに見える。むしろ、近付こうとしてこない。頼むから、誰でもいいから止めてくれ! 頼むから! 三百円あげるから!
「殿、秀吉殿がお呼びだ」
後ろから聞こえた低音の声。ガラシャと共に振り返れば、褐色の肌を持つ男が立っていた。男は「恐らく異民族との交渉の事だ」と声を発し、三成はガラシャとの口論を収め彼女の傍を通っては去って行く。
「奥方様、あまり殿を刺激させるな。面倒臭いから。……あと、そのような嘘、あまり吐かぬ方がいい。バレるぞ」
男は踵を返し三成の元へ向かっていく。これは助けてくれたのだろうか。謎の人物の助けにより何とかこの場は収まったようだ。
「おい、ガラシャ――」
「あ、収まった? ならこれで作戦会議が出来るね。場所押さえたからこっち」
お前今まで何処に居たんだよ。そんな文句すらも出させる事はせず、半兵衛は歩き出した。佐助はガラシャと共に半兵衛の後ろから着いて行き、一つの幕舎に辿り着く。入口付近には二人の兵士が立っており、半兵衛を見るとお辞儀をし、半兵衛も軽く手をあげて中へ入っていく。中に入れば、簡素な机や椅子が並べられており、佐助達はそれに腰掛けた。
「じゃ、作戦会議って事で――」
「って、おい、待て。外の兵士に聞かれるぞ」
「ああ、あれは竹中家の人間だから大丈夫。問題ないよ、僕の正体も知っている人らだし」
そう、半兵衛は軽く告げては口を開く。
「まず、異民族と連携を切らせる。それには情報が重要となる。って事で、異民族側と曹操側、豊臣側に偽報を流す。それだけじゃ、曹操や豊臣は気付くだろうから、偽の事を実行しなくちゃならない」
やるには本格的にやらなくてはね。半兵衛は幼げの残る顔に、小さな微笑みを携える。