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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死んでも良いから愛している

 同じ須藤という苗字なのに親戚や血の繋がりもないし幼馴染みでもない。高校に入学するまでお互いの存在を知らなかった。須藤美香子と須藤良樹は付き合い出した。その事を知っている生徒は少ない。

 規則のあまりない名門校で、私服で来ることと髪を染めることとメイクなど禁止されていなかった。ほとんど頭もよく偏差値も高い生徒の集まりだ。金持ちだけではなく頭が良ければ入学できる、頭脳明晰を求めている高校だ。須藤美香子もそういう意味では貧しい類には入らない。父親は公務員で母親は看護師をしている。一戸建ての家に住んでいる。

 彼氏の良樹は資産家の一人息子で、両親は良樹が子供の頃に離婚して、父親と二人で暮らしている。良樹との楽しいデートなど数えるぐらいしかしていないが、良樹から会いたいと言われると、良樹の家に泊まりにいく。美香子の親には女友達の家に泊まっていると言っている。良樹の父親は渋い男前の顔と背が高くてがっしりとしている。女性関係には困らない。再婚もしないでたくさんの若い女と遊び滅多に良樹のいる家には帰らない。


「寂しい。寂しい。側にいてくれないと寂しくて死んでしまいたくなる」

 

 良樹の口癖だ。彼は美香子の事を、


「綺麗だ。その金髪の長い髪も、白い肌も、顔のエクボも、細い腕もスタイルがいい美香子は、薔薇の花が似合う。ママに似ている。そこが苦しいけれど愛している」


 と涙を流しながら抱き締めてくる。良樹の事を本気で愛しているのかは分からない。美香子は、元々頼りになる男がタイプなのに、良樹のような繊細な男と付き合っている。

 元々、良樹が美香子に一目惚れして告白してきた。

 彼の孤独を一緒にいることで癒してあげることが美香子の役目になっていた。今、良樹をふって一人にしたら死ぬだろう。良樹は寂しさに耐えることが出来ない。一人では眠れず睡眠薬を飲んでも眠れない。

 良樹は、ベッドに横になるとボロボロになった二枚の写真を見ていた。美香子は、その写真が良樹の思いでの場所を撮った写真だということを知っている。良樹はそんなときでも美香子の腕を放さない。


「もう一度この場所に行ってみたい。あの冷たい空気の中を歩きたい。美香子とこの風景を見たいのに、この場所はなくなってしまった」


 と泣きながらいい、良樹の頬から涙が美香子の腕に落ちた。美香子は、子供のように泣く良樹に別れたいと言えない。美香子は、良樹のどこが好きなのか良樹が美香子を求めてくるから付きあっているのか美香子が寂しいから付き合っているのか、その両方だろう。

 明日が来れば良樹は、たくさんの同級生たちと一緒にいて寂しさなんて感じないで過ごすことが出来る。それまでは、美香子は良樹の寂しさを癒す母親のようにならなくてはならない。


「たくさんの傷、これは僕がリスカして作った傷だけれども、この額の傷、髪で隠しているけれど薄らと残っている。母親に殺されそうになったんだ。だけど、父親に止められて命は助かってしまった。」


 良樹は、何時も母親の事を話すときは、子供に戻ったように泣く。

 美香子は、時々、良樹が恐いと思う。

 良樹は、美香子に抱き締められながら眠りにつく。





 学校には、美香子と良樹のクラスは違い離れている。

 美香子と同じクラスに、藤本元気という名前のように明るくて元気で逞しい男子生徒がいる。身長も百八十五センチと高く農業で鍛えた体が腕を曲げたときに筋肉がつきすぎて、力を入れなくても腕の筋肉が盛り上がる。身体を鍛えることも趣味だ。

 藤本元気は成績優秀。将来は農業を継がないといけないのに弁護士になるという夢がある。藤本元気の家には母屋と離れがあり、家の敷地も広い。土地もたくさん持っており土地を貸すこともしている大地主だ。

 兄思いの優しい妹が一人いる。

 藤本元気は、よく美香子と話をする。美香子は、藤本元気とはなにも気にせず楽しく話をすることが出来る。良樹と元気は真逆の性格をしている。頼りになるし、悩みなんてないように見える。

 元気はよく美香子の話を聞きたがった。最近多いのが、


「美香子って凄く美人なのに誰とも付き合わないのはなぜ?」


 と言うことだ。元気は違うクラスの良樹と美香子が付き合っているということを知らなかった。





 一人になると良樹はとたんに感傷的になる。彼のどことなく影がある部分を美香子は知っていたが、それが分かる女の子がもう一人いた。持田夕子だ。

 良樹は資産家でカッコいいということもありモテていた。本気で良樹の事が好きな持田夕子は、中学の頃からずっと良樹の事だけを見てきた。

 中学の頃、持田夕子は性格が暗くて、地味で目立たなかった。古い一軒家に住んでいて母親が夕子が幼いときに病気で亡くなって父親と祖母が育ててくれた。

 夕子の二つしたに双子の兄弟がいる。だが、二人とも身体障害者で体が不自由。

 夕子はしっかりしなければいけなかった。アルバイトも掛け持ちして生活費を少しでも多く稼ごうとした。

 恋がしたかった。初めて良樹を見たときに、良樹の泣いている姿を見てしまった。人目も気にせず泣きながら、一人にしないでと叫んでいるところを。中学の時からひかれていった。

 でも、思いを伝えなかった。自分みたいなダサくて可愛くないから相手にされないと思っていたから。でも、綺麗になって自分の思いだけでも伝えたいと思った。彼を守ってあげたいと強く思ったからだ。告白をすることを誓った。自分のイメージを変えようと努力した。

 バイトをさらに掛け持ちして寝る時間を削ってイメージを変える資金を作った。

 髪の色を変えて、洋服を今まで着たことがないような明るい色に変えてメイクをしてコンタクトレンズにして告白しようとした。

 けれど、良樹には美人の彼女がいた。でも、その事を夕子は知らなかった。

 夕子の親友に教えてもらったことがある。良樹と同じ小学校に入学した頃の話を、その話は、


「良樹くん母親から酷い虐待を受けていたみたい。体に虐待の後があった事が噂になって」


 という事を。



 高校では良樹と美香子が付き合っている事を別に隠している訳ではない。分かってもかまわなかった。

 良樹は何時も放課後一人になるまでいた。美香子が来るのが何時も遅かったからだ。

 クラスの生徒がいなくなって良樹が一人で外の風景を見ているときに、今日イメージを変えたことで自信がついた夕子が良樹に告白しようと思って教室に行き話しかけようとした。緊張で体が震えた。


「須藤さん、あの話があるのですが」


 と、やっとの思いで言葉にすると、


「何?」


 と、良樹がクールに言った。


「私、貴方の事を」


 と言ったときに、美香子が教室の中に入ってきた。夕子はビックリして告白することをやめてしまった。


「貴方は、須藤美香子さん。どうしてここに」


 と美人で有名な美香子に夕子が呟くと、


「僕の彼女なんだ」


 と良樹は笑顔で言った。夕子は言葉がでなかった。良樹は、夕子に向かって、


「それで僕に何か?」


 と良樹が言うと、美香子がなにも言わない夕子を見て、


「貴方、良樹の事が好きなんじゃない?」

「ご、ごめんなさい。私帰ります」


 と言って教室から出て、帰り道夕子は、泣いた。人が見てようと関係なかった。ただ、涙が止まらなかった。メイクがぐちゃぐちゃになっていることにも気がつかなかった。ただ、悲しかった。

 気持ちが落ち着いてきたら良樹が孤独な人ではない事が嬉しいと思えた。良樹にあんなに素敵な人が側にいて孤独ではなかった。勘違いしていただけだと思えたら救われた気持ちになった。夕子は家族のために毎日アルバイトを頑張ろうと思った。自分の思いを伝えられなかったけれど、良樹が孤独でなくて良かった。良樹の幸せを思えば自分なんてどうでもいいと思えた。

 ただ、自分のバッグの中にあるメイク道具を見るとすまないという罪悪感を感じた。家族のためにお金を稼がなくては。夕子は恋がしたかったが、終わってしまった。





 夜になると良樹は美香子が来るのを待っているから良樹の家に行かなければならない。どんなときでも、


「寂しくて死んでしまいたかったよ」


 と泣きそうな顔でいってくる。美香子は、教室にいた女子生徒の事を思い出していた。


「ねえ、放課後の教室にいた可愛い子、良樹に何か言いたかったんじゃないの?」

「そう」


 とそっけない返事。


「付き合いたいと言ってきたらどうしたの、付き合っちゃえば良いのにー」

「冗談いうなよ」


 と良樹は言うけれど、違う。美香子は、本気だ。良樹の弱さが気持ち悪いが強くなった。美香子は、元気と付き合いたいと思っていた。良樹の性格が重い。藤本元気に告白したい。





 今日も高校にいくと気楽な生活が送れる。朝、藤本元気が、


「美香子、おはよー」と元気に挨拶してくれた。休み時間に美香子が元気に話しかけた。

「相談があるんだけれど、ちょっといいかな?」


 と小さい声でいうと、


「悩みがあるなら相談にのるよ。俺は弁護士になりたいんだから遠慮しなくていいよ」


 という言葉と、昨日階段から落ちたときに受け止めてくれたことを思いだして、やっぱり元気の方が頼りになるから好きだ。告白したくなった。休み時間に、


「元気君好きな人いるの?」

「何で? 気になる

「うん。気になる」美香子は、ドキドキした。

「目の前にいる人、でも付き合っている人いるんだよね、その人」

「目の前に? その人は付き合っている人がいるの?」


 私は、戸惑った。


(私のことなのかな? でも、付き合っている人がいるのを元気くんは知っているの?)


「須藤良樹と付き合っているんだよね。俺は良樹の小学校からの親友なんだ」

「好きなんです。良樹の事を本当は愛していないんです。私の好きな人は元気くんなんです!」


 嫌われると分かっていても、自分の気持ちを抑えることが出来なかった。


「良樹は本気で美香子の事を愛しているよ」


 藤本元気は穏やかな顔で言った。





 その日の夜に良樹の家に別れを言うために行った。玄関の鍵はかけられていない。部屋の中にはいると、


「愛しているよ、美香子。来ないのかと思った」


 と言ってまた抱き締めてきた。


「放して! 私は良樹に別れ話をしに来たんだから」


 と、ハッキリ言った。良樹は震えながら笑顔で、


「僕のどこがいけないんだ。悪いところがあるなら言ってよ、なおすから!」

「私は頼りになる人が好きなの。好きな人ができたの!」


 良樹は崩れ落ちた。美香子にすがり付いて泣いていた。


「もうにどと来ないから。良樹、さよなら」


 と、いうと良樹はポケットからナイフを取り出して、


「良かった。何時もナイフを持っていて、何時でも死ねるように持っていたんだ」


 と良樹は言葉を震わせ、異常に興奮しながら、


「僕と一緒に死んでよ。僕から離れていくなんて耐えられない。美香子死んでよ」


 もう泣いてはいない。


「私は、そういう良樹が恐いのよ!」

「僕が恐い? どうして? 好きなら一緒にいるのは当然でしょ。それがどうして恐いの?」

「恐いよ。私はここには来ない。帰る」


 美香子が玄関に来たとき、良樹のうめき声が聞こえてきた。まさか、と思った美香子が良樹の所に戻った。

 良樹は、自分で自分を刺して倒れていた。美香子は、直ぐに携帯電話で救急車を呼んで、その場から立ち去った。死ねばいい。美香子は、泣いていた。


(本当に自分の事を刺すなんて、そんなに孤独に耐えられないの。私を愛しているの? どうしてそんなに弱いのよ)





 良樹は、病院に運ばれて命は助かった。美香子は、あれから一度も良樹に会っていない。

 学校で良樹が入院したことを知った夕子は見舞いに行った。夕子は良樹に本当の気持ちを伝えた。


「あの、良樹さんの側にいたいの。この気持ちは誰にも負けない。付き合ってください」


 夕子の言葉に良樹は顔を背けて、


「僕は美香子しか愛せないんだ、帰ってくれよ」


 と、良樹に言われたが、夕子は面会終わりギリギリまでいて良樹の身のまわりの事をした。

 その時、美香子は、震えながら部屋にこもっていた。高校に行ける心境ではなかった。良樹が恐い。


「どうして、そこまでするのよ」


 何回も同じ言葉を呟いた。カーテンを締め切った暗い部屋のなかで怯えていた。

 美香子は、引きこもりになった。食事もとらない、寝ることもできなくなった。

 良樹が退院したときには美香子は、単位が足りなくなって高校を中退した。

 良樹は携帯電話で、美香子に会いたいと言ってきた。美香子は、恐がった。今度は殺されるかもしれない。


「今、電話で話して!」


 と、口調を強めに言うと、良樹は、


「一度だけ、美香子と一緒に写真の場所に行って欲しいんだ。写真の場所は今は変わってしまってないけれど、美香子との思い出が欲しい」


 その言葉に、写真を懐かしそうに見ていた良樹の顔を思い出した。


「最後? 本当に最後?」





 良樹と美香子は写真の場所に飛行機に乗って行った。思いでの場所は北海道だ。冬ももうすぐやって来る。外は冷えきっていた。思いでの場所を歩きながら、良樹は嬉しそうに笑顔になっていた。


「懐かしいなー。ここは僕が幼い頃に住んでいたところなんだ。あの頃は本当に毎日楽しくて母親も優しくて一緒に遊んだ。両親もなかが良かった。本当に幸せだった。この冷たい空気。父親が偉くなる前の話なんだよ」

 

 と言うと良樹は、懐かしい記憶をたどっているかのように黙ったまま思いでの場所を見てまわった。そして、一言、


「美香子を見たときに若い頃の母にそっくりだったんだ。付き合っているとき母親を思い出していた。僕は、もう母の事も君の事も忘れる。本当にごめんなさい。迷惑かけて悪かった。すまないことをした」


「うん。お腹すいたね。北海道って美味しいものがたくさんあるんでしょう。なにか食べに行こう」


 と美香子が言って笑顔で歩き出した。





 良樹は、夕子と付き合っている。良樹は明るい笑顔を見せるようになった。美香子は、藤本元気と高校を中退してから会っていない。

 美香子は、女優になりたいという夢ができて劇団に入った。そこで知り合った男性と今は付き合っている。夢に向かって頑張る生活を送っている。毎日が忙しくアルバイトを掛け持ちした生活を送っている。過去の事も思い出す暇もなく。


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[良い点] 短編という短い文章の中で主人公の心の揺らぎ、迷い、決断が表現されている。 構成(起承転結)がしっかりとしていて、とても読みやすい。 [気になる点] 若干の誤字があること以外には特に気にな…
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