第3話
朝というやつは平等にやってくる。悩んでいる奴にも能天気な奴にも。ここ紀元前後のナザレの地で21世紀人の意識を持つ俺にもいつもの朝がやってくる。
俺は水場で顔を洗い、家族と一緒に朝食前の礼拝にでかけた。平日も安息日も一日3回礼拝がある。
礼拝から戻り朝食のためテーブルに着く。この時代の食事は夕食が主で、客でもいない限り朝と昼はありあわせの粗末なものだ。今日は固くて黒い全粒粉パン。夕食には魚がでることがある。俺もぶどう酒でいっぱいやることがある。この時代では18歳以下でも飲む。
席にはとーちゃんとかーちゃん。歳の差がありすぎて父と娘のようだ。かーちゃんは人見知りで、いまだにとーちゃんにたいしてもぎこちない。そんなかーちゃんをとーちゃんは祖父の目で見守ってきた。かーちゃんが俺ととーちゃん以外の人と話しているところを見たことがない。畑の作物やとーちゃんが作った小物などを一に行くときも、通常はどこの家もかーちゃんがいくものだが、俺が行くのが恒例になっている。
「ヨシュア…。もっとたべて…」と、自分のパンを俺に与えようとする。
「だめだよかーちゃん。いつもろくに食べてないじゃないか」。かーちゃんは俺を大事に思っているようで、食事や着るものなど自分より俺を優先してくる。断ったからって泣きそうな顔をすることないじゃないか。かーちゃんはこう言っては何だが、この時代の人間としては美人だ。というより幼くかわいい。アラサーには見えない。
今日は安息日ではないが仕事がない。やれやれゆっくりくつろぐか。
と、その時けたたましい音を立ててドアが開き、侵入者がやってきた。隣の幼馴染、カンナだ。かーちゃんはおそれおののき、俺の後ろに隠れる。
「おはよー、おじさん、おばさん、ヨシュア」とカンナは上機嫌で俺のそばに寄ってくる。かーちゃんは部屋の隅に逃げてしまう。とーちゃんは空気。
「なんだよ、いつもながらガサツな女だな。かーちゃんが逃げちゃったじゃないか」
「おまえのかーちゃんはいつまでたっても俺に慣れないな。お客さんだよ。うちの親戚。ヨシュアを紹介しれくれというので案内してきた」と、カンナの後ろから中年の女性が現れ、挨拶した。
「これはこれは。うちのヨシュアにどのようなご用件かな」。とーちゃんはけげんな顔で中年女性に尋ねた。
「ヨシュアさんが、シュムリじいさんにとりついた悪魔を払った、という噂を聞きつけまして。実はうちの主人にも悪魔がとりつきまして、家を飛び出し、どうやら森に潜んでいるようなのです。ぜひお助け願いたいと……」
「ヨシュアが?」と、とーちゃんは俺の方を振り向く。
「人助けだ。俺も手伝うぞ、森にいってみようよ」とカンナは能天気にいうが、みろ部屋の隅でかーちゃんが、行くなというようにフルフルと首を振っているぞ。
カンナの親戚に祈り倒されるようにされ承諾した俺は、かーちゃんがすがりつくのをなだめて森に行くことにした。
「カンナはついてくるな」。悪魔というか精神寄生生命体とやらは、この時代の人間にはとりつきやすいのだ。「かーちゃんを守ってやってくれカンナ。いや一層おびえているから離れていてくれ」。
俺は森に向かいながら神様を呼び出してみた。
(おい、いるか)
――おー、いまは大丈夫だが、このところ次元断層の歪みが激しく連絡がとりづらいこともある。それに今忙しくなってきてな。お前のもといた世界でも社長とヒラは一緒に仕事をせんだろう。
(俺はヒラかよ。「釣りバカ日誌」の例があるだろう。それに俺を転生させた責任をとれよ)
――わかっておる。代理の使徒をそちらにおくる。
(使徒は人類に敵対する存在じゃないのか)
――アニメとごっちゃにするんじゃない。使徒は神の使いである天使じゃ。
(神様なのに21世紀日本のアニメ事情に詳しいのな。天使というとミカエルとかガブリエルとかいうやつか)
――それらのアークエンジェルは、いまこちらの戦で手が離せなくてな。第九階級エンジェルズの一人を送る。
(第九階級というのは偉いのか)
――いや、「その他の名もなき天使」じゃ。それもうじきつくじゃろう。
ふと、気が付くと、光の粒子が空から降ってきて、俺の目の前に人影が現れた。女の子?
「なによ、強引にこんなところに飛ばしてくれて。なんだか貧乏くさいところね。あなたが私の担当なわけ? しょぼい男ね」。現れた天使はいきなり俺を誹謗中傷した。見るとまだ俺と同じくらいの歳の、高貴な顔立のお嬢様風。中世の軍服のようなものをまとっている。
なんだ、この高飛車な女は……。