第2話
その悪霊憑きと思しき影は次第にこちらに向かってくる。ゆらゆらとまるでゾンビのような動きだ。
「あれはシュムリじいさんじゃないの」と、こわごわとその影を指さしカンナが震え声でいう。シュムリ爺さんは突然暴れ出し、行方不明になっった。ナザレの長老の一人だ。
あの速度なら走れば逃げられるか。カンナに目配せし、逃げる体制に移ろうとしたとき―
――そっちに逃げても無駄じゃ。シュムリから「悪魔」をはらってあげなさい。
っ、だ、誰だ、俺の頭の中に直接話しかける奴は。
――お前をこの時代に転生させたものじゃ。お前には「悪魔」を払う力がある。シュムリが近づいている。早くやれ。わけはそのあとに話す。
そんなこといってもどうすりゃいいんだい。
――頭の中に光を想起し、その光を徐々に強くて、最大になったらシュムリの魂を照らす。それを強く念じるのじゃ。
なんか、悪魔祓いの詠唱する呪文はないのか、光を念じるだけじゃさまにならないような。
――かってにせい。
おれは頭の中で光を念じ、そのクライマックスでかめはめ波のポーズを取り叫んだ。
「光よ! 我に集いて、その邪悪な魔より魂を浄化せよ!!」
――(中二病じゃな)
なんでこの世界でそんな言葉を知ってるんだよ。
「ヨシュア、あんた何やってんの」と、カンナがあきれ顔。はたかれ見てれば、実際に手から炎も光もでてないし、変なポーズをして妙なことをさけんでいるわけだからな。
しかしシュムリじいさんは、ゆっくりと崩れ落ち、地に伏した。俺は駆け寄ってじいさんを抱き起し、意識が戻るようにほほをさすったり叩いたりした。やがてじいさんは目をあける。
「お、お、わしは今まで悪魔に、無理やり勝手に暴れさせられたり、人を襲わせるように仕向けられていた。悪魔を払ってくれたはお前か。き、奇跡じゃ」。爺さんは安堵の声でつぶやく。
「もうすぐ暗くなる、そのまえにシュムリじいさんを家に戻そう」とカンナにいい、二人でよろめくシュムリじいさんを抱きかかえるようにして家に連れていった。シュムリじいさんの家族はじいさんを見て、最初はこわごわと、そして正常になったとわかると、驚き、俺はしきりに感謝された。
何が起きたか把握しきれていないカンナを家に連れていき、俺も家に帰った。
ようやく落ち着いたので、さっき頭に語り掛けてきた「存在」を呼び出せるか試してみる。
(おーい、でてこいよ)
――来たよ。
(おまえは誰だ。なぜ俺を転生させた)
――わしは旧約聖書や新約聖書で語られている「神」と思ってもらってもいい。
(新約聖書はまだこの世界には存在しないだろ)
――神は時空を超越しておるからな。21世紀のお前を、この紀元前の世界に転生させたことからもわかるじゃろう。
(そのわけを教えてくれよ。おれは元の21世紀に帰れるのか)
――まず、お前を連れてきたわけはじゃな、お前の立場からいう「現代人」の精神構造が必要だったからじゃ。さっきの悪魔だが、あれはお前にわかりやすくいうと「情報統合思念体」の一種なのじゃ。
(ハ○ヒかよ)
――まあ、精神寄生生命体だな。この紀元前の世界を狙っている。その精神寄生生命体は、単純なこの時代の人間にはたやすく憑依できるが、「現代人」の複雑化した精神構造には憑依しにくい。それでお前を転生させたのじゃ。
(お前が神様さまなら、その精神寄生生命体を一掃するのはたやすいんじゃないか)
――わしが出張るのは、地域紛争に核ミサイルを使うようなものじゃ。わしも「情報統合思念体」の一種なので、宇宙に数ある「情報統合思念体」間のパワーバランスが崩れてしまうのじゃ。だからあくまでも黒幕としてお前を使う。
(なんで俺なんだよ)
――お前がこの世界を救おうとしているのを察知した精神寄生生命体は、その前にお前を処分しようと、邪悪なトラックを使って21世紀のお前を殺そうとした。そこでわしは、その瞬間お前を転生させた。
(タイムパラドクスの発生じゃねーか。元の世界の俺は死んだのかよ)
――病院で意識を失ったままになっておる。
(結局おれは戻れるのかよ)
――それはお前思しだいじゃな。じゃまたくる。
(おい、いろんなものを宙ぶらりんにしたまま帰るのかよ)
おりゃこれからどうすりゃいいんだい。