5.5 交渉の裏側(別視点)
今回は、蓮葉の友人にして大橋領領主の双田海視点です。
私は双田海。私は中学2年生の時に異世界に飛ばされた。
いろいろ割愛するが、とにかくこの領内で上り詰め、色々謀略渦巻く中領主となり、10年が経った。最近の3年は天下統一に向け、積極的に体外進出を行っている。それ自体は順調なのだが、鉄や石炭が尽き始めている。早めに代替供給先を探さないことには、何も始まらない。
そんな折、神様から逓信があった。
「蓮葉暖を旗ヶ野に2週間後送るので、家を作っておいて下さい」
暖ちゃんか。他の9人はちゃんと同日に到着したのに、暖ちゃんだけ10年遅れたのは少々妙だ。しかしまあ不老不死なのだから、10年100年は皆誤差の範囲と呼べなくもない。それは良いとして。
「ちょっと人使いが荒い」
転生させてくれたのだから仕方の無い気もしますけど。しかし旗ヶ野、旗ヶ野かぁ。双田領内、尾親から南に10km。予戸街道の裏道にある、はっきりいって寒村だ。
しかもただの寒村ではなく、ドが付くほどの寒村、というよりただの一軒家だ。南に2km程行けば、飛坂というこれまた寒村があるが、それが可愛く見えるほどの寒村だ。まず家が一軒しか無い。そのくせ平地の上には森林が広がっている。行商も通り過ぎ、住民は飛坂の行商まで買い物に行く。土地の生産性もあまり良くない。寒村だから土壌改良がどうしても後回しになってしまう、というのが大きい。
来年度予算に一応計上しておいたが、先行きは不透明。まあ良い。部下に指示を出す。
「旗ヶ野の計画表、ある?」
「はい。こちらになります」
「うん。ほうほう。ではここの区画の3ha程確保しといて」
「分かりました。そのように調整をしておきます」
その後、大工を向かわせた。あまり腕の良い大工では無かったが、腕の良い大工は今仕事が埋まっていて、向かわす事が出来なかった。急すぎるんだよね、そもそも。
そして面会。同盟をかなりスピーディーに詰めた。結構厳しい条件だったけど、鉄や石炭の安定供給に目処が立った。「ECの無限供給」か。かなり有用。ぜひ取り込みたかったけど、それもまた叶わぬ夢だ。
とりあえず今は鉄や石炭、あとは食糧が供給されるのを慎重に待つ。因みに、差し入れで頂いた銀1kg。波ちゃんに分析して貰ったところ、
「精錬済みの銀だね。そんなに高品質では無いけど、通常の使用、特に貨幣の使用に関しては差し支えないぐらいの品質にはなってる」という結果が得られたので、澄ちゃんが銀に関しての資料を取り寄せ、十露盤を弾いていた。
澄ちゃんは十露盤をさしずめベースかのように弾く。そのハイスピードに着いてこられる人はそんなに多くなかったり。
そして迎えた2月15日、通常業務を終わらせていたら、暖ちゃんがやって来た。
「貸付札を交換して頂けますか?」
ああ、貸付札。この色は…島木屋か。
「はいはい。えーと、1万両。凄いね、もう1万両分の取引をしたんだ。では関税分は引いて良い?」
「いや、関税の支払いは先方に委託したので」
そういって暖ちゃんは露骨に嫌そうな顔を一瞬して、すぐにそれを収めた。ああ、お金には昔から厳しかったよな、暖ちゃん。懐かしささえ覚える。
「ん。じゃあ、そういう風にしておくね。あと、差支えなければ取引した物品を聞いて良いかな?」
「ええ。鉄が24000tです」
て、鉄が24000t?普通に1kg15文と考えて、12万両?島木屋の貸付金額(つまりは大橋藩としては借受金額)はそんなに無かったはずだけど…掛け払い?
「てててて鉄が24,000t?それは勿論一括払いじゃないよね?」
「そりゃあ。4万両の分割払いです」
そ、それにしてもかなり低価格。しかも光ちゃんのことだから、かなり高品質であるに違いない。
「何か言いました?」
声に出てた?いや、そんな事はないはず…
「い、いいえ。それは良かった」
とりあえず、人をあちらに向かわせて…鉄の享受者として鈴ちゃんと文ちゃんを集めて…うん。忙しくなりそう。
そんなこんなで人を向かわせた所、1kgあたり8文(+仲介手数料として全部で500両)で購入することが確定。移動経費含め、購入原価は64600両。
これで、藩としての貯蓄が大分減ったけど、まあ仕方ないね。倉橋さんによれば、
「文句なしの高品質。しかも、見た目にくらべて軽い。もしかしたら鉄じゃないかもと思って調べてみても、組成が全く一緒。どうなっているか、今後の研究対象だね」
とのこと。やはり超高品質とみて間違いないようだ。とりあえずこれで何をしようかな…
その日の夜、鈴ちゃんと文ちゃんを集めて話し合いをする。場所は一の丸の第二棟、3階第二和室。広さもあり、庭も眺められる良い部屋だ。そのくせ二の丸より外からは空でも飛ばない限り、見えも聞こえもしない、秘密の会合にもある程度適した部屋だ。
そもそも大橋城の広大な敷地のほとんどは一般人立ち入り禁止なので、ある程度開放的な場所でも秘密の話はちゃんと出来る。全く、便利な城だね。前領主や前々領主はどんな話をしていたのだか。まったく。
「かくかくしかじか」
「おおっ」
二人とも目を輝かせる。まあ、それも仕方ないだろう。軍事畑の文ちゃんと、工業畑の鈴ちゃんがこんな高品質な鉄の存在を知ってしまったら、目を輝かせない方がどうかしてる。鈴ちゃんなんて、自分で精錬技術の改良に取り組んでいる最中なだけになおさらだ。
「で文ちゃん、戦を3年程任せちゃったけど、何か足りないものは?あるいは、あったら便利なものはある?」
「生活物資が不足しているのは言うまでもないけど、やっぱり短刀と、あとは刃毀れのしにくい刀剣が欲しい所。あとは、鉄砲があるとなお良いけど…」と、文ちゃんが軍実務者としてのコメントを出す。
日本刀って意外と刃毀れしやすいんだよね。わかる。
「ありがとう。それに対して鈴ちゃん、意見はある?」
「短刀と長刀については高品質な鉄が需給出来た事で、量産体制にかかれる。でも、問題は鉄砲。硫黄が確保出来無いことにはどうにもしょうがないよ。火薬の供給はどうしよう」
「あ、それについては、ecからの供給でどうだろう。南ちゃんから、32000ecを購入しているから……硫黄のecが、確か10gあたり1ec。月間320kgは確保できる。鉄の供給は遅れるけど、南ちゃんにちょっと手紙を出しておこう」
南ちゃんは今蝶野にある蝶野迷宮に潜っていて、ecを現在購入している。なお、現在南ちゃんからは1ec2文で購入している。つまり、1年間で192両。
結構コストとしては無視できない金額だが、普通に手に入れれば600両は余裕で飛んで行くし、そう考えるとかなり良心的な価格だ。さすが友情価格。後で価格の改定をすべきかもしれない。アンフェアだしね。
「じゃあ、それでお願い。うちの工房で適当に試作品を作っておくね」
「じゃあ、そういう事で」
こうして、深夜の会談はつつがなく終了していった。
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