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ec経済観察雑記  作者:
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48.5 大橋鶯屋事務方新人の大いなる提案(別視点)

1512年7月18日(別視点)


「とりあえずこんな計画を練ってみました」

「ただ一言だけいうぞ、お前はアホか」


 ここは大橋鶯屋。計画を練ったのは、ご存知鯛郎。それを窘めているのは、上司の宮助である。



「えっと、一応後学のために、どの点がまずかったか、お聞かせ願います」

「どこがダメだったかというよりは、どこもダメだな。まず一行目からして不穏だ。なんだ、この『とりあえず輪崎わなさきを占領する』って」


 宮助が渡された資料を指差して答えた。


 鶯屋では、公式書類の作成には基本的に巻物を使っているが、こんな雑事にまで巻物を作っていては、コストも嵩むし何より保存が不便なので、こうした時は、半紙を紐で巻いてひとつの資料を作成している。

 急遽これを公式書類にまで仕立て上げたい時は、より丈夫で細い紐を使って和綴じにすれば、そのままとりあえず公式資料として使える、という事だ。


 最近は経営幹部の方も、この和綴じの利便性(特に保存の簡便さ)に気付いたらしく、和綴じをしきりに奨励していたりしているが、巻物と比べて手間暇がだいぶ掛かっているので、資料を保存する事務方の人間にはともかく、そうでない人にはこの風潮は不評である。


 余談ではあるが、こと和綴じに関しては、宮助よりも鯛郎の方が得意である。

 真面目ではあるが基本的にざっくりした性格の鯛郎と、機知に富んでいてなおかつ慎重な宮助を比較してみると、どうも宮助の方が和綴じが得意なのではないかと思ってしまうが、どういう訳か鯛郎の方が手先が器用なのだ。


「それは単純です。島木屋と直接対決するに当たって、我々には決定打が圧倒的に不足しています。このままの状態で準備して対決姿勢を鮮明にしたとしても、準備を我々がしている間にさらに成長してしまった島木屋に、返り討ちになってしまうのが落ちでしょう。すなわち、我々には準備期間が必要なのです」

 あくまで真面目な顔つき、口ぶりで鯛郎が言う。


「……続きを聞こうか」

「はい。では、準備期間を捻出するためにはどうしたら良いか?簡単な話です。とにかく、どんな形でも良いので、島木屋の勢いを削ぎ、島木屋が力を回復させている間に、我々がしっかりと準備をしてしまう訳です。そうすれば島木屋と我々の勝負は互角、いや我々の方が経営規模が大きい分いくらか有利に進めることが出来るでしょう」

「つまり、島木屋の勢いを削ぐためには輪崎が必要、とそう言いたい訳か?」

 宮助の厳しい顔つきは変わらないが、鯛郎を少し小馬鹿にするような口ぶりでは無くなってきた。

 一見荒唐無稽な計画に見えるが、鯛郎なりに考えている所がある、という事が少し見えてきたからである。


 予断を許してはいけない。宮助は自分にそう言い聞かせる。

 いくら真面目だからといっても、鯛郎はまだ新人なのだ。平時であれば、まだ慣れない新人の荒唐無稽な計画をやらせてみて失敗させる、というのは一つの新人教育の方法であるが、今回はそういう事を言ってられるような状況ではないのだ。

 一つやり方を間違えるだけで、店自体が潰れる可能性を孕んでいる。


「ええ、その通りです」

 そんな宮助の気迫を全面に感じながら、しかしそれでも鯛郎は説明を続ける。


「結局のところ、島木屋がどうしてこんな攻勢に出る事が出来たのか。それはec産品の展開にメドが付いたからにほかなりません。では、そのecの出処は?と言われると、これは蝶野にいる虎井南によるもので間違いないでしょう。つまり、蝶野から大橋までの通商路を塞ぐことが出来れば、島木屋はec産品の納入が出来なくなります。そうなれば、たとえecに頼らない経営に移行できたとしても、半年、いや一年単位での休業は逃れられないでしょう。そして、今の我々にとって一年単位での島木屋の休業は、大きなアドバンテージになります」


「因みに聞くが、その一年の休業期間がもし与えられたとして、鶯屋は何をすべきだと考える?」

「いや、そこまではなんとも。それを考えるのは、我々現場の仕事ではなく、経営陣の仕事ですので。まあ、私がもし経営陣の末席にあったとしたら……」

「あったとしたら?」


「この機会に、顧客の囲い込みを進めます。結局、我々がここまで危機的な状況に晒されてしまったのが何故かと言えば、傲慢な商売姿勢が祟って、一見さんの多くが、そして何より少なくない常連さんが、島木屋に逃げてしまった事にあります。勿論ec産品が確保できた出来ないはありますが、そんな物は瑣末な問題に過ぎません。とにかく我々に出来る事といえば、新たな常連さんの獲得と、既存の常連さんの囲い込み、そして島木屋に買い物の場を移してしまったお客様を取り戻す事です。

そのために何が出来るか、という話ですが……例えば、買い物ごとに引換券を付けるというのはどうでしょうか」

「引換券?粗品と引き換えてもらうのか?」

 宮助が首を傾げる。

 過去20年以上に渡る勤務の上で、『引換券』とは初めて聞く概念だったのだ。

 勿論裁判の傍聴券が当たった時に引き換えるチケットなどはあって、これを『引換券』と呼ぶことはあるので、概念そのものが分からないという事は無かったが、それを呉服店たる鶯屋に持ってくる発想に、宮助の理解は遅れをとった。


「いえ、そうではありません。粗品では、『今回の』来店には繋がるかもしれませんが、『次回の』来店には繋がりません。そうではなく、もっと直接的に、例えば100文お買い物されたお客様に、『2文』と書かれた札を渡すんです」

「ただの札をか?それじゃ2文と書かれていたとしても、ただの板切れに過ぎないぞ。貸付札みたく、領主様のところへ持っていけばそれこそ御用だ。今どき、子供でもそんなものには騙されてくれない」

 そういって宮助が方をすくめる。だが、宮助には、鯛郎がこんな貧弱な根拠をもとに自信満々に意見を表明しているようにはどうも思えなかった。


「ええ。なので、その『2文』の札を、鶯屋の中では(・・・・・・)2文として扱うんです。つまり、お客様が102文の買い物をされたい場合は、100文さしと『2文』の札さえ出せば買い物出来るようにする訳ですね」


「鶯屋の中では『2文』の札を2文として扱う……これはもしかしたらかなりの名案かもしれないな」

宮助が些か興奮した口ぶりで言った。補足すると、このような形で、『その店でしか使うことの出来ない現金』を引き換えるのは、大橋どころか中島皇国を見渡しても初めての試みである。

 一番それに近いものを挙げると、蝶野迷宮の商会役、大船おおふね屋が提供する、『割文』だろう。だが、この割文は、より細かい単位での計算を可能にするためのもので、換金が不可能な鶯屋式とは全く異なる。


 一巡、宮助は考える。といっても、完全に初めての試みである、検討する対象というのが存在しない以上、どうしても客観的な結論を出すことは出来ない。

 しかし、宮助の直感は、この試みが成功しそうであると訴えていた。


「……よし、やってみよう」

「有難うございます!必ずや責任を持って職務を全うすべく」

「いや、責任は俺が持つ。実務は任せるが、もし失敗があったら首を差し出す覚悟だ」

鯛郎が決意の言葉と言わんばかりに張り上げた声を、宮助が途中で遮る。

「どうしてですか?私が立案した以上、最終的な責任は―進退責任は、私が取るべきです」

「いや、俺がGOサインを出す以上、進退責任がどうとかは、お前一人の問題じゃない」

「でも」

「でもじゃない。……たまには格好つけたいんだ」

「先輩……!」


 かくして鶯屋の改革計画が始まった。でも、まずは経営陣の説得から。

次回更新日は未定です。

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