4 新しい家、新しい部屋
1512年2月14日(新暦)
僕が外に出てみると、3haという決して広くは無い土地に、超高層ビルが建っていた。よく見たら…いや、よく見なくても1棟ではない。ついでに、今まで使っていた家の両側には、洋庭園と和庭園があった。
そして建物の方に目を移す。壁はかなり明るめの漆喰、屋根は…黒瓦?ちょっと高すぎて見えない。
「鵜飼さん、この建物何階建てになっているんですか?」
公務隊の鵜飼さんに聞いてみる。
「そうですね。本棟以外は4000階建てになってますね」
「4000階建て。そんなに使いますかね」
平成日本でも聞いたことのない階数だ。仮に富士山と同じ高さの建物を作るにしても、1階層4mとすると900階ちょっとだ。
これだけ高いと、日照権とか色々揉めそう。人口密集地でなくても、周辺で農業くらいはしているだろうから、どこかで苦情が来そうだ。「10階までしか埋まらなかった」とか言うことがあれば、減築も視野に入れないといけないだろう。
「案外、書庫や倉庫、美術資料室や遊戯室、植物園等を入れればあっと言う間ですよ?」
美術資料室。そんなものもあった。恐らく最初は日本画が殆どだろうが、西洋画やアラベスク模様も入荷したいところだ。今後数百年間にわたって最新の美術作品を見ていくだけで美術史を編纂出来そう。
「まあ、それもそうですね」
そして促されるまま、一番奥の一際高い"本棟"に入る。
「まだ電気設備等を配線し終わっていないので、ほぼ空洞に近いですけどね。」
そう鵜飼さん……因みに男性形……が言うが、この建物は凄い。外観は和風建築のそれだが、内部はさしずめ現代的な西洋建築といったところだ。これほど高層建築だらけなら、建物自体に日光が遮られる事による陰気臭さや暗さが有っても良さそうなものだが、それが全くない。なんでだろうか、と思ったら、原因はこれらしい。
[木材 Lv55-2
あらゆる劣化を防ぎ、どんなに悪条件であっても30億年は大丈夫。足に触れる感じも最高。間接照明の働きもあり、常に周囲は柔らかな光に包まれる。]
これは良い。調べてみたら、他の建材にも似たような改良が施されてあった。……ああ、思い出した。この木材は、建材の使用ecがだだ下がった時の苦し紛れの改良だ。木材が光源になるという、よく考えなくてもおかしな想像力を働かせた結果、大分効率が悪くなった。
とりあえず1階がまともに建築してあるのを確認した。
「作業場や寝室として、どこを使ってよいですか?」
これだけ広いと、いわゆる「本拠地」を決めないと、生活しづらいだろう。
「本棟南側角に何部屋か確保してあります。ご確認ください」
そう言われたので、とことこと南側角に向かう。そこには重厚な扉があった。それを迷いなく開ける。そうすると、6畳程の部屋があった。その奥にも扉があることから鑑みるに、ここは恐らく前室だろう。
奥の扉を開けると、右手方向に広い部屋があった。恐らく居間だろうか?前方向には窓があり、その向こうには華やかな植え込みが咲いていた。右手方向には壁、しかしその向こうにもスペースが用意されている。そのスペースもそこそこ広い。15畳くらいだろうか?書棚が設置されており、その中には、地理学、歴史学、経営学、商学、さらに文学や考古学まで、あらゆる本がびっしりと埋まっている。
その中の一冊をパラパラと捲る。…うん。非常に丁寧で読みやすい字がつらつらと並んでいる。イラストも可愛らしいタッチで、しかし正確に描かれている。非常に読みやすい。
さて、スペース―とても大きいベッドが設置されていたので、恐らくこのスペース寝室だと思われる―を出た後、居間の左手側から更に廊下が伸びていることに気づいた。勿論扉で隔てられていたりはしない。
廊下を進むとすぐ左手側に書庫があった。書庫といっても間接照明木材で構成されているため、陰気さや寒々しさは感じない。ここにはまだ一冊も本が置かれていなかった。おそらくこれから増えていくのだろう。
さて廊下に戻る。そのまま進んでいくと突き当り、右手側にお手洗いがあった。
虚無パイプと水洗機構を井戸を駆使して(勿論将来的にはecの水による機構で)まともに温水洗浄便座付き水洗トイレとして機能している。…井戸水の浄化も必要ですね。一昨日生水を飲んでまだ何も無いから多分大丈夫なんでしょうけど。
突き当り奥側には脱衣所が。竹のカゴなどもあり、雰囲気がある。奥のお風呂はまだ出来ていないみたいだ。
L字状の突き当りを左に曲がり、その行き止まりには…うん。執務室だ。調度品が綺麗に整えられているが、これはどうやって調達したのだろうか?
「隣国の市場で買ってきた素材を加工しました」
アグレッシブすぎる。
まあ、執務机に書棚、和箪笥式の洋箪笥が設置されており、執務には差し支えない。…ここにいれば大方の作業は出来るから、ここで引きこもれそう。
「どうでしょう?」と、鵜飼さんがとりあえずの感想を求めてきた。
「最高ですね。一番上まで、中身もちゃんと伴っていれば言うこと無しですが」
「それに関しては申し訳ありません」
鵜飼さんが頭を下げた。よく考えれば、ちゃんと中間素材を作っていない僕の責任でも有るわけだから、ちゃんと中身の素材も作らないといけない。落ち着いたら、作っておこう。
「まあ、中身も作っていきましょうかね」
ところで、中身を作っていく過程で若干の問題が生じる。ecによる無限錬成システムは意外と面倒臭いのだ。中間素材という中間素材をある程度作らねばならないのだ。しかし、そこに裏技がある。
たとえば、用意したるは女中隊が大橋で買ってきたという醤油。醤油も本来作るのに大変手間のかかる素材だが、ここに原本があるだけで、
[醤油 Lv1
平成の世では一級醤油とか呼ばれる、まあ普通の醤油。まずくはないが、とりたてて美味しいわけでもない。だが、この雑味を好むものも少なくない。]
途中の過程を全てすっ飛ばす事が出来るのだ。つまり、大豆や塩などを仮に作っていなかったとしても、醤油を入手するだけで、ecをもとに醤油を入手することが出来るのだ。知っておくと便利。
「僕自身工業製品の仕組みを十分に知っているわけでは無いので、女中さんが色々作ってくれると嬉しいですね。」
「そうおっしゃるかと思って、使用人棟は1000階まで工業化に対応出来るようにしておきました。」
「さすが。」
よく気が利く方々である。
「とりあえず鉄と石炭と石油と…アルミに銅に錫にニッケルに、ああ、後はゴムと…」
結構多くありますね。全部作るのはかなり骨が折れそう。よく考えたら主要な素材は作っているので大体の工業製品はそれで作れそうな気もするが…
「まあ工業製品に関しては鯛坂さんに聞いたほうが良さそうですね。いつか取引ついでに鯛坂さんを訪ねましょうかね」
そんな話をしていると、鵜飼さんと同じ公務隊の三色野さんがこちらに近づいてきた。
「マスター。電気設備の配線が終わりました。早速電気を供用開始します」
「ありがとうございます」
こうして、日が更けていくのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
電気設備等は、鉄線の改良などで手に入れているようです。
恐らく年内にもう一話更新できると思います。