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ec経済観察雑記  作者:
54/66

40 梅雨入りの商談

1512年6月20日


「おはようございます」

「もうそんな時間ですか」

 平凡な一日が、今日も始まる。




 さて、時刻は午前7時20分。そろそろ夏至、といった感じで、最近かなり起きやすくなってきたが、今日という日はそうはいかなかった。それもそのはず、今日は雨が降っていた。

 雨の暗い中、僕はなかなか起きられずに、こんな時間になってしまった。まだ目覚めない体を起こすため、お手洗いに併設してある洗面所まで向かうこととする。


「そろそろ梅雨入りの頃合いですかね」

「そんな感じですね。この島では、気団の関係で梅雨が日本と同じこの時期に訪れます。もしかしたらこの雨が、梅雨入りの合図かもしれません」

 洗面所に向かっている時についてきた田名川さんが、そう答えた。なるほど。もうそんな季節か。いや、6月も2/3が終わるというし、むしろそんな季節にならない方がおかしいのだが。


「そうなると、島木屋さんに先々月納品した傘が大活躍しそうです」

「そうですね。ああ、この間の通り雨の時の大橋市中の写真がありますけど、ご覧になりますか?」

 田名川さんが傘の写真についての話を持ち出した。なにそれ凄く興味ある。

「見せてください」

 そう言うと、田名川さんが自身のアイボの中から、目的の銀塩写真を取り出した。見ると、雨に濡れる街路の上を、カラフルな傘を差す人が多数歩いていた。さながら、色の暴力だ。


「これ、カラー写真ですね」

「そうですね。女中隊の1201班…この班は自由班です…が作ったものだそうです。それを、公務隊の記録係が流用しているようです。ちゃんと発色が良いので、公務隊の中でも評判は上々らしいです。商品展開もしているので、写真が趣味の人も、女中隊1201班のカメラを持つことが一種ステータスになっているようですね」

 へえ。自由班になると、独自の才能が花開く事もあるようだ。といっても神造人間は基本優秀なので、需要はあるけど供給が(まだ)無かった所に入り込むために技能をつけたのかもしれないが。まあとにかく、この写真はさながら最新式カメラで撮られたような、いやむしろ最新式カメラでは出せないような写真だった。写真の向こうにある傘の色合いが、まざまざとこちらに傘の色を示していた。


 そして顔を洗い、朝食を食べてすっかり目が覚めたので、いよいよ本格的に島木屋訪問の準備をする事とする。今月作ったものといえば、時計にシャンプー、レモンに温度計。それからアーモンドといったところだろうか。そして、レモンやアーモンドに関しては、島木屋さんに卸せるような低レベル産品は既に作っているから…


「時計は持っていこうと思います。あとシャンプーも需要がありそうな気がします」

「時計ですか、良いですね。ところで時計といっても何種類か作っていた気がしますけど、和時計、洋時計、和洋折衷時計、どれを持っていきますか?」と、赤川さんが賛成すると同時に伺いを立てた。

 確かに、前回時計を作った時にはいずれも作った。屋敷内でこそ洋時計の世界観での時間が流通しているが、大橋領内では和の計時法が主流である事を考えると、和時計を販売したほうが良いのだろう。

「とりあえず和時計を持っていくことにします。その上で、デモンストレーション用に和洋折衷時計を持っていくつもりです」


 和洋折衷時計は、洋時間の啓発用に売るのもアリかな、といった感じだ。恐らく、ほとんど秘密裏に洋時間は使われている。双田さんなども、部下への時間の指示は和時間でしているが、僕への連絡は洋時間でする事がある。

 恐らく倉橋さんあたりが日の出や日没の時間から逆算して時間を交付しているのだろうが、もしそうであれば、例えば領主の部屋とか、島木屋総務部の部長机上とか、あるいは将軍室といった所での洋時計、特に和時計との折衷時計は、少数ながらも需要があるだろう。


「なるほど。では、この分準備しておきます」

 赤川さんがえげつないスピードでメモをしていく。赤川さん、すっかり島木屋訪問の準備係として定着したような気がする。本当は珈琲の焙煎が得意なので、普段は焙煎係として第一焙煎室に篭っているのだが、こういった準備は得意らしく、お出かけ等の立案は大体彼女がしている、というよりしていく予定と豪語している。


「あとはシャンプーですか。シャンプーはどういったものを考えられていますか?」

「基本的には、二ヶ月前に作ったものをそのまま持っていくつもりです。あれなら洗髪という本来の目的は自慢の洗浄力で問題なく出来る他に、髪をすこやかに保つという、老若男女に愛されるような性質を持っていますので」

 髪を健康に、美しく保つというのはどんな人にも好かれるだろう。トリートメントとしての特質の他に、養毛剤、育毛剤としての性質も持っているのだから。流行に敏感な若い女性はともかく、保守的な中年男性がシャンプーに流れるとは少し考えがたいので、そういった付加価値は客層を広げるのに役立つだろう。


「では、そんなところで良いでしょうか」

 赤川さんの確認が、部屋中に響き渡る。部屋を見渡してみると、各人必要な物品を準備している。ここでいう必要な物品には、島木屋さんに売却するものだけでなく、万が一の事を考えて多種多様なものが含まれている。緊急時の常備薬とかね。

 そして、そんな準備の手も、赤川さんの掛け声のもとで、10秒も経たぬうちにピタリと止まった。そして、使用人の面々は、準備が完了した事を赤川さんに伝えた。

「それでは出発いたしましょう」

 さて、出発。




「やあやあ、応接間はすでに開けてあるから、こちらへどうぞ」

 島木屋に到着して、いつものように総務部の扉をたたくと、直接紺原さんが出てきた。そして紺原さんの言葉どおり、総務部内に作られている畳敷きの応接間は既に綺麗に片付いていた。そして遠慮なく着席する事とする。

「今回持ってきたのは、こちらになります」

 僕の一言をもとに、佐間さんが例のリストを紺原さんに渡した。そして紺原さんがそれこそ目に穴が開くようにそれを眺める。


 さて、今回のリストに差があるとすれば、まあ当然夏物のさらなる値下げと冬物の値上げなのだが、それ以外に実は一つ、大きな変化がある。

 といっても、商品の差し替えや撤廃、新入荷といった細かい所ではない。実は、前回のリストと比べて、ページ数が4ページほど増えているのだ。


 以前の冊子が16ページだったので、25%増えている計算となる。そして、よく考えたらこれは凄いことだ。掲載商品数が25%増えた、という事と等しい。といっても、商品の幅を広げた訳ではなく、商品の枠組みを細かくしただけだ。

 例えば米も、以前はうるち米ともち米しか販売していなかった。しかし今回は、うるち米の中にも、例えば甘味の強い品種、粘りの強い品種、さっぱりした品種と3種類作ってある。これらは中島皇国は勿論のこと日本でも生産されていなかった品種なので、それぞれ「たながわ」「おおつか」「せと」と名付けている。由来は秘書班の面々から取っている(品種数の関係で、同じ1係である藤山さんと御影さんは品種名となっていない)。

 因みにこの品種名、最初に決める時に物凄く反対された。田名川さん曰く『お米の品種名に名前が付くなんてそんな恐れ多いです!私よりも、例えば農水班の皆様から品種名をつけたらどうですか?4係の西川さんとか、米の改良に精力的に取り組んでいますし、そちらの方が断然良いに決まっています』との事。因みにその時は農水班班長の小林さんと、話題に上った西川さんが飛んできて、僕の意見への賛意を示したので、田名川さんも反対の方向を見失ってしまい、そのままこの品種名に決まってしまったというオチつきであるが。

 そんな要領でいくつかの商品の分類を詳細にしたら、結果的に4ページも増えてしまった。


「うん、前回に比べても、内容が充実して来てるね。これは購入のしがいがあるよ」

 そう言いながら紺原さんは夢中になって万年筆を滑らせていた。先月の事を思い出しても、少し多めに滑らせているように感じる。そして、それが全て書き終わった時、紺原さんは再び顔を上げて、こちらに向き直った。

「こんな感じで」

 そういった紺原さんが提示してきたのは、先月とあまり代わり映えしないリストだった。但し、品種数が増えた影響で、品種指定で細かく発注している。まあそれはそれで構わない。


「しかし、今回はシャンプーを持ってきたんだね」

 紺原さんが、リストを見ながらそう呟く。因みに紺原さん自身が差し出してきた注文リストにも、シャンプーがしっかり入っている。

「ええ、普通のやつと、薄毛対策のものです」

「薄毛対策。確かに一定の需要はありそうだね。といっても、この街、というかこの領内では、髷頭が普通だから、髷頭にも多くの髪が必要になってくる女性はともかく、髪が少なくなってきたら丁髷に出来る男性にはあまり需要が無いかも」


 ああ、そうか。すっかり忘れていた。そういえば、当たり前の話ではあるが、この街は和風の都市だから、散切り頭で歩いている人なんて数えるほどしか…いや、例えば青木さんとかの旗ヶ野系の人を除けば皆無といえるだろう。この街では、髷頭と月代のセットが幅を効かせているので、まずあまり薄毛に困る人もいない、という訳か。それは失敗した。


「まあ、例えば貴族の女性とかは、長く黒く、艶やかな髪を好む傾向があるから、そういった方向に販路を絞って販売すれば、なかなか売れそうだけどね」

 ああ、成程。古宮向けの販売か。古宮は京都のような街であるが、そこには多くの貴族…もちろん西欧風の貴族ではなく、蹴鞠と和歌、それから舟遊びを楽しむ日本風の貴族が居住している。

 そして、古宮の中での美人像というのが、下膨れの顔に長髪といった様子である。すなわち、綺麗な黒髪をたくわえる事が出来る人は、それだけで美人の仲間入りだった訳だ。末摘花とかね。まあ末摘花の場合は暗い時、という条件付きか。


 しかし、髪というのは当たり前だが体質で生えづらい人や、伸びづらい人、ツヤが少ない人というのは居るわけだ。そういった人に対しても、この育毛シャンプーを使ってもらう事で、長く健康的な髪を提供する事が出来る、という訳か。…悪くないな。

「なるほど。とても勉強になりました。他に質問はございますか?」

「いや、特には。じゃあ、このリストで確定したいです」

「了解しました」

 その言葉を皮切りに、佐間さんが仕分けした荷物を出した。そしてその内容を紺原さんと総務部の人が軽く確認すると、紺原さんは再びこちらへと向き直った。


「ありがとう。じゃあ、ゆっくり店舗を見ていってね」

「では、失礼します」

 こうして、紺原さんとの商談が終了した。あ、店舗デザインは先月来た時からは大して変わっていなかったことは付記しておこう。それでも王さん曰く「色々試行錯誤を繰り返している事が見て取れます」との事なので、色々な所が変わっているのだろうが。

いつもお読み頂き有難うございます。

2017/10/06 【誤】(品種数の関係で、同じ1係である藤山さんと小池さんは品種名となっていない)

      【正】(品種数の関係で、同じ1係である藤山さんと御影さんは品種名となっていない)

小池さんは2係でした。

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