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ec経済観察雑記  作者:
48/66

36 寺納豆に関する諸考察(前編)

今回は前後編でお送りします。オール納豆です。

1512年6月3日


「納豆ってありますよね」

「ええ、あのネバネバしたやつ」

 平凡な一日が始まる。




 さて、今回は本棟50階にある第二執務室からお送りしている。執務室といえば、本棟1階にある執務室が一番ポピュラーだろう。しかし、実は第二以降の執務室もあり、今回はそれを活用している形となっている。この第二執務室は、第一執務室と比較するとかなり狭い。それでも10畳ほどはあるのだが、その中で畳敷きとフローリングが分かれていた。


 今回は、女中隊402班11係の面々と、畳敷きの上に設置されている机に向かって座っていた。他の402班の人たちはさすがに10畳の部屋には入らないので、何か合った時対応できるよう、別室で待機している。そして冒頭に話を戻すと、納豆について話を振ってきたのは、石井さんだった。


「実は、ネバネバしたもののみが納豆にあらず、なんです。こちらを御覧ください」と石井さんが差し出したのは、何やら黒い豆だった。

「これは…納豆…なんですか?ちょっと僕のイメージしていた納豆とは違うような」

「ええ、これは確実に納豆です。といっても、マスターの仰る通り、いわゆる糸引き納豆とは異なりますね。これは『寺納豆』と言われているものです」

 寺納豆、か。聞いたことはない。


「寺納豆ってどんな納豆なんですか?」

「豆を発酵して、乾燥させたものです。といっても、普通の乾燥納豆ではなく、違った手順を踏んだ塩辛納豆になります。藤塚さん」

「はい、こちらになります」

 いつの間にか第二執務室に入っていた、女中隊第三十ニ調理班の藤塚さんが、小鉢に入った豆を執務机に差し出した。ご丁寧に箸も付属しており、すぐに食べることができる。さらにネギや生姜といった薬味に、醤油やだし汁などの調味料、さらには卵も用意され、納豆を食べるのに必要なものが一通り揃っている。


「では、いただきます」

 一口食べてみる事とする。僕自身は、納豆を食べる時は醤油か、付属のタレが付いていればタレを付けて食べるのだが、今回は、豆本来の味を確かめるために、最初は何も付けずに頂く。…辛い。


「なかなか塩辛いですね。これが塩辛納豆ですか。イカの塩辛とかよりも辛い感じがします」

 豆の甘みなど感じる余裕がないほどに、それは塩辛かった。ここまで来ると、本当にこれは豆の発酵という手順を踏んだ納豆の一種なのか、少し不安になってくる。


「そうですね。寺納豆はかなり辛いので、ご飯の付け合せの他に、塩味をつける調味料としても使われているそうです。現在納豆の生産量で言うと、寺納豆の方が今現在の中島皇国では多いくらいです」と、藤塚さんが返答した。

 なるほど、調味料として活用するのか。確かに、固い味噌としては中々優秀な気がする。


「もしかして、疋田で生産している納豆も、寺納豆の方がポピュラーだったりします?」

 疋田といえば、納豆の生産で有名なところだ。島木屋さんに並んでいたパックが、どう見ても糸引き納豆のそれだったので、特に疑問を持たずに疋田でも糸引き納豆が生産されているのかと思ったが、実はそうでないのかもしれない。

「いえ、そういう訳でも無いようです。確かに寺納豆は日持ちも糸引き納豆に比べればしますし、味付けが濃いので通常の納豆と比較して少量でも役立つ訳ですが、疋田では糸引き納豆の生産が主流です」

 どうやら、その考えは杞憂だったようだ。疋田でも糸引き納豆が生産されているらしい。つまり、寺納豆は、ごく限られた地域で生産されているという事か。ただ、そうだとすると一つ疑問が浮かんでくる。


「でも、疋田から大橋までって結構遠いですよね。外付けアイボみたいな物があれば別ですけど、それが無ければ、この時代の物流では大橋まで運び切るまでに腐ってしまうのでは?」

「そこなんです。我々使用人としても気になりまして、我らが女中隊402班が、公務隊諜報班と協力して調べた所、驚くべき事が分かりました」

「ほう、驚くべき事ですか」


 さて、藤塚さんの言う『驚くべき事』とは、一体何なのだろうか。まあ相当ショッキングな事なのだろう。

 この世界にはecという特殊な概念があるとはいえ、それらはあくまで限定的な使用に留まっている。アイテムボックスに関しては相続や収受が出来るシステムなので、たとえば先祖代々迷宮士の家系だったりすればある程度自由に使えるアイボを確保することはそれほど苦ではないが、そうだとしても無改良のアイボというものは不便な代物である。

 無改良であれば、時間はアイボの中でも普通に進んでしまうので防腐には用をなさないし、重さも感じ続けるので、密輸やファッションにしか役に立たない。改良するにしてもとにかくコストがかかるので、冷蔵アイボを持っているのは、一部の魚売りや豆腐売りに限られているわけだ。余談だが、僕は改良すればするほどコストが下がるシステムの中で生産生活を謳歌しているが、普通の人はそんな事はないらしい。曰く、どんなにコンスタントに作り続けてもコストが上がる事も下がる事もないらしい。


「ええ。一般的に生鮮食品の輸送は冷蔵アイボによるもの、もしくはとにかく早く輸送する事が主流ですが、どうやら疋田から大橋までの輸送経路…大江―十塩航路には、氷を大量にec生産している船舶業者があるそうです」

 氷を大量にec生産している船舶業者。氷は確かにあまりコストの高い代物ではないが、この世界のecのあまりの手に入れ難さを考えると、冷却用の氷を大量に生産しておくことは、どう考えても非効率的だ。具体的な数字を上げると、1kgで6ec。納豆をいくら少量しか運ばないとしても、1回の輸送、しかも恐らく片道で6ecを使用するビジネスモデルは、どう考えても採算を度外視している。確かにこれは非常に驚くべき事だろう。


「すると、どうやって大量に生産しているんですかね?それこそ虎井さんなみの迷宮士を専属で雇っているんですかね?」

「それにしても、消費量が多すぎです。しかも、それで要求量に足りたとしても、『何のためにそんな事をするのか』という問題があります。いくら迷宮士稼業が、本業は体力の増大でありec稼ぎはおまけ要素に過ぎないとしても、その余ったecを氷に全て費やすなんて馬鹿げています。というか、そんな事をするくらいなら、大橋の中で納豆を作ったほうが、わざわざ氷を使って疋田の糸引き納豆を使うよりもよっぽど新鮮な納豆を大橋領内の領民に提供する事が出来ます。コストのかけかたが間違っています」と、藤塚さんが捲したてた。


 彼女の言うことは最もである。事実が実際に横たわっていたとしても、そこに至る理由…というか動機が無ければ、こんな不可解な事象は発生し得ない。

 藤塚さんの場合、彼女自身の目で、輸送に氷を使っていてかつそれをecで生産している事を調べ終えているだけに、その事象が余計不可解に感じるのであろう。


「例えば、疋田の領主の政策、とかですかね?疋田で糸引き納豆が有名で、かつ他の地域では糸引き納豆が有名でないので、糸引き納豆の、皇国内のシェアを増やそうと考えれば、氷を使ってでも少しでも遠くに輸送したいと考えるのではないでしょうか。そうすると、疋田中の武士のecを、氷に集めている可能性もあります。恐らくそうすれば往復分の氷に不自由する事はないでしょう」

 そんな思いつきを口にした。日本でいう名物発掘とか、町おこし村おこしといった所だろうか。疋田ブランドの糸引き納豆が有名となれば、疋田の納豆の街としての地位は揺らぎ無いものとなるだろう。そんな事を考えていたら。


「私に、少し別ベクトルからの推察があります」

 控えめな挙手があった。この挙手は、水沢さんによるものだ。別ベクトルからの推察。少し興味ある。そういって発言を促すと、水沢さんが、弱めの口調で話し始めた。


「マスターは、いくら数百年の蓄積があるとは言え、どうして豆腐売りや魚売りは、商売で使えるだけの冷蔵アイボを持つことが出来るのだろうか、と疑問に思った事はありませんか?」

 水沢さんがそう切り出した。確かにそうかもしれない。

 そもそもアイテムボックス(未改良)の生産コストが、1mlで1万ecである。普通の魔物を15分かけて倒して0.02ecである事を考えると、未改良のアイテムボックスを1ml作るためには、迷宮士の操業時間として750万分=12.5万時間を必要とする。


 仮に休み無しで活動できたとしても、実時間にして62.5時間、最短でも4日必要である。しかも冷蔵アイボにするのであれば、最低でも1mlあたり13万ecは必要になってくるだろう。そうなると1mlで52日。すなわち最短で約2ヶ月という事になる。

 しかもこれが、商売で使うには最低でも1Lは必要になって来ようから、そうなると2000ヶ月≒150年。どう考えても1Lの冷蔵アイボを作り出すコストとしては割にあっていない。


「確かにそうですね。それこそ、領主にecを集約し、それを専売業者のために冷蔵アイボを配給するために変換するのであれば別ですが…」

「もちろん、それもやっています。しかし、例えば、『各ec産品の変換割合が人によって異なる』としたらどうでしょう」と、水沢さんが、消え入りそうな声で、しかし確信に満ちた口調で言った。


 『各ec産品の変換割合が人によって異なる』、か。成程、それなら合点がいく。普通だと1ml13万ecものecが必要となってしまう冷蔵アイボも、例えば50ml5000ecほどで生産出来るとしたら。

「とすると、冷蔵アイボを持っている豆腐商人や魚商人は、独占商人だから冷蔵アイボが与えられたのでは無く、冷蔵アイボを容易に持てたから、独占商人の座に着くことが出来た、と」

 その言葉に、水沢さんが満足気に頷いた。

「ええ、そう主張したい訳です。そして、大江ー十塩航路の納豆運搬船の関係者に、氷をローコストで生産できる人が居るのではないでしょうか」と、水沢さんが締めくくった。


 確かに、その仮説に基づくと、いくつかの事実についての説明が簡単となる。商人は得意分野を活かして商人となり、また氷での運送業者は得意分野を活かして氷を大量生産している、と。

「なるほど。確かにそれはあり得る話です。後でどこかで確認しておきましょう」

「あの」

 その声にはっと気がついて声がした方向を見やると、石井さんが立っていた。

「そろそろ話を戻しても宜しいでしょうか?」

 そうだ、塩辛納豆、寺納豆の話だった。ついつい脱線してしまったが、本来の話を忘れてはならない。そうして襟を正すと、石井さんが再び話しだした。


「この世界の納豆料理と呼ばれているものは、当然平成日本の納豆料理とは異なるもののはずなんです。納豆料理の納豆の役割は、勿論調味料とか、塩辛としてなわけですから」

 なるほど、確かにそうだ。

 僕が普段想像する『納豆料理』は、例えば納豆サラダとか納豆ご飯、それに納豆うどんといったものである。納豆がそういった地位を確立しているのは、納豆自身が濃厚な風味と豊富なタンパク質を持っているからにほかならない。

 しかし、塩辛納豆はその名の通り塩辛いため、濃厚な風味はともかくタンパク質をとるには向いていない…すなわち、主菜とするには向いていない。


「となると、どういったものが『納豆料理』なんですかね?あるいは、そういったレパートリーとしてはどういったものが考えられますかね?」

「そこなんです。今日の議題はそれです」

 石井さんが、やっと話題をもとに戻した満足感を含んで言った。


「納豆というのは果たしてどういったものに合うのか、という話です。もちろんこの納豆、ネバネバもしていませんし、面白い納豆料理が作れると思うんですよね」

「お呼びでしょうか」

 石井さんが熱弁している途中に突然会話に参入したのは、串岡さんだった。



 …少し長くなりそうなので、ここでカットさせてもらう。

いつもお読み頂き有難うございます。

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