34.6 大橋鶯屋事務方の調査(別視点)
前話の続きとなります。
1512年5月23日
ー別視点ー
「宮助さん、昨日の聞き取り調査、中々見えてくるものがありましたね」
部下風の男が、資料を纏めながら上司…宮助に話しかけた。
「そうだな、鯛郎。例えば…」
上司風の男…宮助は、部下風の男…鯛郎に向けて返事をしながら、昨日の出来事を思い出した。
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「お茶?そりゃあもう、最近はめっきり売れてないわね。何でも、島木屋が試飲をしているとか。私達もやりたいんだけど、どうにも上からの許可が…何?その試飲の前の売上の話を聞きたい?そりゃあ、少しづつお客さんは減ってたわよ。馴染みのお客さんが一人、また一人とお店に来なくなっちゃって、寂しい限りだったわ」
そう答えたのは、鶯屋の茶販売担当の芹である。
芹は入社25年のベテランで、いわゆるお局とも言われる中年の女だ。実は宮助と同期だったりするのだが、まあこの話をあえてする必要性も薄いだろう。
宮助と鯛郎は、現場の声を聞くのが先決と、とりあえず店頭に向かった。さすが一番店なだけあり、茶販売にも中々のスペースがとられていた。そして、そこを取り仕切っているのが芹であった。
「少しづつお客さんが減っている、といっても、少なくとも大昔は右肩上がりに推移していたはずだ。どこを分水嶺に売上が降下したと思うか?」
その質問に、芹は向こうの景色を見た。
「そうね…多分、去年の正月くらいからかしら。その頃から、少しづつお客さんが少なくなってきたような気がするわ。そういう意味では、一昨年の年末が、鶯屋の茶販売のピークってところかしらね」
「去年の正月…というと、一気に5割値上げした時か」
「ええ、そうね。あの頃は経営状況が今より厳しかったから、その厳しさに負けて値上げしちゃったのね。もちろんそれが悪いこととは言わないわ。でも、それによって離れてしまったお客さんが居ることもまた事実ね。あ、ところで」
「どうかなさいました?」
何かを思い出したかのような芹に反応したのは鯛郎である。
「去年の正月から、一度だけ売上が増えた時があるんだけど」
「それはいつでしょうか?」
それがいつで、そして何をしたのかを知ることが出来れば、今の売上急減を緩和することが出来るかもしれない。そんな期待を込め、鯛郎が聞いた。
「去年の盆よ。ちょうど、番茶を売り始めた時ね」
「番茶、ですか」
そう言って鯛郎は口をすぼめた。あの番茶は、売り出す時に鯛郎も飲んだことが有る。結論から言えば、『ぎりぎりお茶と呼べるような代物』であった。
あれは二度と飲みたくないが、鯛郎の給料では、番茶くらいしか買えない。恐らく農民や町人の所得も似たようなものなのだろう、多くの人が番茶を購入していく姿が、かつて…3月以前の話である…見受けられた。
「番茶か。あれは経営陣肝いりの商品だったからな。売上増加に貢献するのも納得だ」
「ところが、事態はそんなに単純な話ではないのよ」
「と、いうと?」と聞き返したのは、鯛郎である。
鯛郎自身は番茶が確かに嫌いだが、この番茶こそが売上への貢献者であることもまた実感していた。その上で、芹の発言を少し不自然に感じたのだ。
「ほら、大きな声で言うのもなんだけど、あの番茶、美味しくないじゃない。それで、お客さんが結構逃げちゃったのね。もちろん安くなって新たに買うお客さんもいたけど、それも最近はジリ貧。どうしたものかしらね」と、芹はいくらか声のトーンを落としていった。
「…有難う。ご協力感謝する」
宮助が礼をし、二人は一旦茶販売売り場を後にした。
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「販売側には、既に売上不振が分かっていた、という事ですよね」
鯛郎が、どこか遠い場所を見ていった。
「ああ。経営幹部が…いや、事務畑の人間がここまで気づかなかった事に問題があるな」
「しかし、我々は何で気付けなかったんでしょうね?この質問は、何故現場の方は我々に伝えなかったのでしょうね、と言い換える事も出来ます。そのどちらかができていれば、問題はここまで深刻化しなかったような」と、自責するような、それでいてどこか客観的に鯛郎が言った。
原因が分からないのと、薄々気付いているので半々になっているようだ。
「言えるわけが無いだろうが。これだけ増益に経営幹部が浮かれている中、売上が実は減少しているなんて事、耳に入れたくなかったのだろうな…むしろ、これを許さない空気を作った経営方にも問題がありそうだ」
「やっぱりそうなっちゃいますかー」
「そうなっちゃうな」
この結果に、宮助と鯛郎は、ため息をつくしかなかった。
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