34.5 大橋鶯屋の憂鬱(別視点)
さて、今回は島木屋と蓮葉の攻勢で一番割を食っている、鶯屋視点です。
1512年5月22日
ー別視点ー
~大橋鶯屋~
ここは、大橋鶯屋。大橋の北部、美流に店を構える、大橋で一番の商会である。
小売だけでなく、卸売でも大橋領内トップ。そんな順風満帆そうに見える商会の一番の悩みのタネは、最近大橋領内で劇的に売上と勢力を伸ばしてきている島木屋である。
「ここ数ヶ月の茶の売上のデータは出ているか?」
「ええ、こちらになります」
そういって部下風の男は、一般双田判で10枚ほど重なった和紙を差し出した。一般双田判はB4と同じサイズである。
そこには、上司風の男が望んだ通り、筆書きの文字がびっしりと並ぶ資料があった。それを読み解いていくと、大方の予想通り、鶯屋の茶の売上量は、3月を境に急減していた。
それは上司にとって想定の範囲内だったが、それよりも一瞬彼が驚いたのは、3月以前も販売量としてはジリ貧だった、という事だ。
生産コストや輸送コスト等の削減、封入量の削減による実質的な値上げなど、増収への努力を怠らなかったこともあり、茶は3月まで増益していたので、その実感とは異なるデータに、一瞬面食らったのである。
「…減っているな」
「ええ。3月以降、完全に減っています。島木屋が大規模な茶販売キャンペーンを始めたのが3月ですので、それが原因かと思われます」
「茶販売キャンペーン、か…。いや、それは分かりきっているが、問題はそこじゃない。どうしたんだ、この3月以前の売上は。ジリ貧ではないか」
そう言って上司はとんとんと問題の箇所を、苛立ちながら叩いた。そして部下は、その上司の指先に視線が吸い寄せられ、ようやくデータを発見する。
「…確かにジリ貧ですね。しかも3月以前、ですか。我々の認識とは全く違う結果といって差し支えないでしょう。茶販売部門は今まで増益を続けてきました。何か、我々の…事務方の見えない所で、あるんでしょうね」
「そこら辺の聞き取りもしなくちゃならないか。何せ、我々は大橋地場トップの茶販売店、またトップの百貨店だからな」
「全くです」
こうして、事務方による調査が始まった。
いつもお読み頂き有難うございます。
201902 誤字修正とともに一部加筆。新話の投稿日は未定です。




