33 商売拡大ガイドライン
1512年5月19日
「商業環境に関する調査のご報告です」
「ああ、もう完成したんですね」
平凡な一日が始まる。
さて、今日はいつものように第一執務室からお送りしている。季節もすっかり初夏で、そろそろ外に出ると汗ばむくらいの季節になってきたが、今が午前中という事もあり、南西に窓を臨むこの部屋は涼しかった。まあ仮に南東に窓があったとしても、環境管理班の手によって最適な温度にまで調整されるのだろうが。
さて、冒頭、調査に関する報告書を持ってきたのは、川口さんと片倉さんである。男性の方が川口さんで、女性の方が片倉さん。どちらかと言えば川口さんは饒舌で、片倉さんは寡黙な印象を受ける。
そんな彼らが持ってきた報告書は、かなり分厚い束となっていた。
具体的に言えば、毎月の定例報告で金属係長の雨沢さんが持ってくるレポートと同じくらいの分量となってしまっている。そして、それを受け取り、ぱらぱらとめくった。
地図などがふんだんに使われたカラーレポートで、大変読みやすい。しかも、ただ読みやすいだけでなく、各所に工夫を感じるつくりとなっていた。
あまり読まなくても良さそうなところは文字と文字の間が詰まっていて、重要なところは少しだけ開いている。もっと重要なところに関しては、フォントの拡幅に二行使い、赤字化など、その重要度に比例して工夫が施され、『どこを読んでほしいか』を明確に感じる作りとなっていた。
もちろん、詰めてある場所も、全く無駄な文言という訳ではない。深く知るために大切な補足情報や、他都市との比較、後は話の展開上どうしても必要な流れとか、読めば読むほど歯ごたえを感じるようなレポートだった。一応目次を紹介しておこうか。
===レポート===
目次、はじめに 1
1 販売形式の提案 4
2 各都市の情況 12
3 各商品の情況 86
4 大橋領内の庶民生活 160
5 他領への展開に関する提案と諸情報 212
6 各種統計 356
7 さくいん 388
===
こうして見ると、400ページくらいあるのだろうか。内容配分としては、『5 他領への展開に関する提案と諸情報』が140ページ少々あり、これが一番多いのか。
どうやら他領への展開も見据えているらしい。野心家な2人らしい。どうでも良いが、先程の『らしい』は用法が微妙に異なっている。
「それでは、ご説明宜しいでしょうか。宜しければ、レポートの4ページをご覧ください」
準備は既に整っていたので、片倉さんに言われるまま、レポートを4ページ目に戻す。4ページ目の論題は、販売形式の提案である。そして開いたのを確認して、川口さんの説明が始まった。
「ひとくちに旗ヶ野領の直営店といっても、その形式は様々に考えられると思います。
代表的な販売形態として、5点考えました。といっても、見て頂ければ分かるように、そんなに難しい形態ではありません。デパート、スーパー、コンビニ、売店の4形式です。
スーパーには総合スーパー型と食品スーパー型があり、また売店には常設型と臨時型がありますので、実質的には4点ではなく6点ですが、まあ宜しいでしょう。これから、これらを詳説致しますので、ページを捲ってください。…ええ、宜しいでしょうか。
まず一点目は、デパートですね。島木屋さん並のものを地方都市…例えば尾親に建てる事を想定しています。これの利点は、何と言っても、その店舗面積と、それによって取扱商品数をの形態と比較して飛躍的に多くする事が可能である点でしょうか。後は見過ごされがちですが、商品ジャンルを広くする事が出来るメリットもあります。逆に不便な点があるとすれば、やはりその店舗面積の大きさでしょう。赤字垂れ流しでも問題ないので、店舗の不採算を心配する必要はありませんが、あまりに大きすぎる商圏人口は、周りの商店を衰退させるおそれがあります。やはり大型店の訴求力は無視できないものがありますからね。そして、開設出来る店舗数も限られてしまいます。
さて、二点目はスーパーですね。スーパーの場合は、少し店舗面積を狭くする事となります。もちろん、店舗面積を維持したまま商品構成を特化する事も可能ではありますが。これによるメリットは…デパートの利点とは逆行しますが…商品のジャンルを絞ることが出来る事ですね。食品に特化する事で、他の業種に影響を与える事なく、庶民の栄養環境の改善に貢献する事が出来ます。後は、総合スーパー型にする事で、商品ジャンルを百貨店と同程度に維持しつつ商圏だけを狭める事も出来ます。そういった柔軟性が大型店としては高いのがスーパーの利点ですね。反面、デメリットはほぼデパートと同じです。後は、そういったデメリット…例えば大きすぎる商圏人口を大幅に狭めるために小型スーパーにした場合、商品数の低下が予想されます。多くの需要に応えると他の商店を潰し、他の商店を潰さないようにすると十分な種類の商品数が確保できません。販売形態の選定は、そうした板挟みの中で決めていく作業、といっても良いかと。
そして、コンビニですね。コンビニは、商圏人口を出来るだけ減らしながら、扱う商品数を確保する事が出来る、言うなればいいとこ取りといった所です。利点はそこに尽きますね。もちろん欠点もあります。欠点は、とにかく搬入が面倒である事ですね。日本のコンビニは、多店舗に効率良く商品を提供するためのシステムが確立していますが、現在の我々でそれをやるためには、新たな流通体系の構築が必要となってきます。そして、最後の売店ですね。これの利点は、何と言っても店舗網のキメの細かさでしょう。どんな仔細な村にまで、売店は入り込む事が出来ます。売店の設立が面倒であれば、臨時店舗、という事で市の度に出せば良いわけです。その代わり、デメリットも多めです。多くの商品ジャンルを扱うというのは無理ですし、そもそもそれくらいの面積だと、特定の商品に特化したとしても、そのジャンルの商品の取扱い品数でスーパーに劣ってしまいます。後はコンビニで指摘した流通体系の再構築などは、言うまでもないでしょう。
このように、どれも利点や欠点、両方あります。どれを、島木屋さんに加えた新たな商品流通手段として、導入していきましょう?」
そう言って川口さんが、説明を一旦止めた。なるほど、結構色々なメリットデメリットがあるわけだ。聞いた感じだと、都心部に総合スーパー、農村部に売店たまにコンビニエンスストアが一番良いような気がする。
大橋領の大都市とは、何も大橋だけではない。代表的なのは尾親だが、それ以外にも、柿氏などいくつ大都市が存在する。そうした住民に、島木屋と遜色ないくらいのラインナップで提供してみたい、という気持ちから、大都市の都心部には総合スーパーを選択した。
総合スーパーと言っても、客層から考えると長期的には百貨店となりそうな気もするが。そして、農村部だが、コンビニエンスストアの魅力といえば、なんといっても店舗面積の狭さと商品数の多さだと思う。総合スーパーと同じ品目数を維持する事は厳しくても、それに似た品揃えを再現する事は出来る。コンビニエンスストアすら維持できないような村でも、売店は需要があるだろう。それこそ、ここ旗ヶ野とか。
「都心部に総合スーパー、農村部に売店たまにコンビニエンスストアというのはいかがでしょう?商圏と取扱い品数の板挟みの中では、これが一番有効な気がします」
「なるほど。では、そのように手配しておきます。具体的な都市の希望はありますか?」
「いえ、特には。ただ、大橋への出店は当分はやめておいてください。島木屋さんと競合する事は本望ではないので」
「了解致しました。調整しておきます」
そういって川口さんが去っていった。それに伴って、片倉さんも一礼して去った。
折角なのでレポートの残りも読んでしまう事とする。各都市の情況はかなり面白い。各都市の人口構成、地理、主要産業は勿論のこと、都市別商会シェアや所得別シェアなどもあり、読み応えたっぷりだ。試しに大橋の商会シェアを引いてみる。
===大橋 商会シェア===
鶯屋 13%
采健庵 11%
島木屋 10%
【コメント】 先月より続いている鶯屋の下降トレンドは今月も継続。島木屋は茶販売開始、ec産品の本格販売開始に伴ってシェアが急拡大。店舗面積あたりの売上は上位3商会の中ではトップ。采健庵も一般商品のシェアを減らすが、薬品のシェアは未だに大橋内ではトップを保ち続ける。上位商会だけでなく、中小の商店のシェアが高いのも特徴。大橋の人口の多さが大規模商店の成立を助ける一方、大橋自体の面積の広さが、商店の集客を妨げている面もある。
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なるほど。現在は鶯屋、采健庵、島木屋の3商会がかなり拮抗しているようだ。
このまま島木屋が攻めきる事が出来れば、シェアの面で大橋一番手になる事も可能かもしれない。大橋内で頑張って頂きたいものだ。鶯屋は、確かお茶の販売で有名な商会のはずだ。
ただ、最近は品質低下とカルテルによって信頼が失墜してきているとか、してきてないとか。そして采健庵か。鶯屋が一番手、島木屋が三番手なら、どこが二番手なのか、と思ったが、そうか采健庵か。どうやら薬品で事業を立てているようだ。
この世界では、薬品はえげつなく高い。薬草と呼ばれるものの他に、もっと体系化された漢方に、それを加工した漢方薬がある。そして、朝鮮人参などの殆どの漢方はまだ大橋領内では栽培されていなかった。なので、采健庵の仕入先は、基本的に皇国唯一の輸入港である北界からとなる。
大橋から北界までは予戸や古宮から比べれば近いが、それでもかなり遠いので、薬本来の高さに加えて輸送コストも合わさり、天文学的な価格となっている。そうした利益を追求している商店が、采健庵である。鶯屋も独自の仕入れルートを持っていたが、采健庵のそれは、輸入物という事もあり徹底している。もしかしたら、鶯屋よりも手強い相手になるかもしれない。
もちろん、漢方を作ることは容易だ。しかし、薬というのは、自分が思ってる以上にプラシーボ効果が大きいのだ。
お茶の場合は、美味しいか美味しくないかの基準はある程度、その本人の中では客観的に判断する事が出来るが、こと薬に関してはそうも言ってられない。もしかしたら鶯屋以上に厳しい商業戦争を強いられるかもしれない。
そんな事を考えつつ、平凡な一日が、今日も終わる。
いつもお読み頂き有難うございます。




