31 雀卓での勝負は突然に
1512年5月15日
「はい、メンタンピンツモ三色ドラ3、倍満です」
「なんというえげつない一手」
平凡な一日が今日もはじまる。
ここは娯楽棟第一小麻雀室。
娯楽棟には、コンサートホールなどの大規模な施設のみならずこういった小部屋も多く、第一小麻雀室はその小部屋の中の一室だ。
この部屋には、全自動麻雀卓が6台ほど設置されており、今回は秘書隊の面々と来ている。秘書隊の皆さん、常にいるような気がするが、それもそのはず、シフトの時は業務として、非番の時は趣味として控えているからだそうだ。
一時期は24時間日月火水木金土全て常駐していたが、それは今はやめてもらっている。ただ、ふと気がつくと側にいたりする。ワーカーホリックなのだろうか。
で、今観戦している対局では、瀬戸さん、串岡さん、佐間さん、それから赤川さんが対局している。東家に瀬戸さんで、言った順番に反時計回りで席に座っている。
今は東風戦の東二局で、西家の佐間さんが上がったところだ。というか佐間さんすごく強い。さっきから満貫手以上を連発している。
「むむ…次は上がっていくんですから!」
親被りを受けた瀬戸さんが配牌を見つめる。ぐるっと北家を見てみると、そこには三色同刻が狙えそうな配牌があった。
「(中張牌だらけか。ついでにドラも1枚見えてる。とにかくポンして、シャンテン数を下げれば、三色同刻、あわよくば対々和も狙って跳満もいけるはず…危なくなったら喰いタンのノミ手に移行できるし)」
少し瀬戸さんの口角が上がった。
一方佐間さんの方の配牌を見ると、かなり悪めの配牌だった。四向聴あれば良い方だろうか。他には赤川さんが中と發を2枚づつ持っている事くらいか。串岡さんが平和配牌だけど東を1枚持っているので、それをいつ切るかが厳しい所だろうか。
で。
5巡目、1副露の瀬戸さんが暗刻を完成させた。そして串岡さんがツモ切りした發を赤川さんがポン。そして瀬戸さんと串岡さんがツモ切りした後、佐間さんがリーチをかけた。
…え?リーチ?佐間さんのあの配牌だと、余程の強運でない限り、リーチは難しいだろう。南家に回ってみると…ああ。佐間さんの配牌は、聴牌などではなく、ただの二向聴だった。だが、その顔は自身に満ち溢れている。
「(とりあえず棒聴を目指すしか無いか…)」
赤川さんが、小三元を捨てて白を切った。順子で構成して役牌ノミ手を狙うつもりらしい。
「(これはやばい…佐間さんの捨て牌に暗刻ができてる二筒が出てるし…暗刻以外はどれも危険な感じだし…ベタオリかなぁ)」
瀬戸さんが二筒を切った。これで手前三順は安心だが…そもそもどれを捨てても佐間さんの当たり牌にはなりませんよ?
「(これは東切りかな)」
串岡さんも東を切って、一向聴となった。
「(やった、聴牌だ。六-九萬待ち。悪くないね。ただ、これじゃドラも乗らないし、本当にノミ手か…)」
赤川さんが聴牌形にまで持ってきた。千点台か。親を流せるのでまあ悪くはあるまい。
「(ああ、二萬がこんな時に…暗刻を崩してなければ聴牌だったのに…まあ、仕方ない、ベタオリの方針で)」
瀬戸さんが二筒を切る。その表情には、一瞬の躊躇いと安堵が見える。
「(よし、聴牌。待ちは…六-九筒待ち。立直をかけておけば、断么九と平和、ついでに三色同順で満貫。これは立直以外の手でも強いし、ダマでいくかな…放銃も少し怖いし)」
串岡さんもまた聴牌までこぎつけた。こちらも良型。特に九筒なんてまだ場に1度も出ていない。少し期待できそうではある。
そして佐間さんの順目。盲牌をしていた指が突如動きを止める。まさか当たり牌ではあるまい。ツモ交換とかで聴牌までこぎつけていたら、それこそ反則以外の何物でもあるまい。何をする気なのだろう。
すると、佐間さんは突如自らの牌を倒した。まさか、そんなことが…?
「カン」
暗槓か!九筒が暗槓されていく。ドラ表示牌は一筒。これには瀬戸さんの表情がかなり歪む。と同時に、串岡さんも槍槓が出来ず(暗槓だと槍槓が出来ないルールでプレイしている)、こちらも当たり牌が潰されたような顔をしている。
そして、佐間さんは嶺上牌を引き、その表面をなでてそのままツモ切りした。中身は…九萬だ。
「ロン」
すかさず赤川さんがロンし、串岡さんの親が流れた。
「發。1300です」
佐間さんは1300点と供託棒を差し出し、すぐさま自らの牌を伏せ、機械で自動洗牌する口にいれた。ノーテンリーチは、結局最後までバレず、瀬戸さんにベタオリを促し、赤川さんに安目で上がらせる結果に終わった。
その後は激しい攻防の末、やはり佐間さんが一位で終了した。
「やっぱり佐間さん、上手いですね。駆け引きも上手ですし、戦略にも一貫性がありながら、そのプロセスが多彩なので、弱点も隙もこれといって見当たらないです」
田名川さんが言う。やはり、誰の目からみても、佐間さんはかなりの猛者だ。並大抵の技量では、上がりすら狙えまい。
「といっても、マスターなら上がれると思いますけどね」
「それは、佐間さんが接待プレイをするということですか?」
そうだとしたら少し心外だ。そう思っていると、慌てて田名川さんが返す。
「いえ、そういう事ではなくです。この前のダーツを見ていて思ったんです。マスター、恐らく運がべらぼうに良いはずです」
そう、少し自信を含みつつ、また誤解を解くように話した。
「そういうものですかね」
「そういうものです」
田名川さんにそう言われつつ、麻雀卓についた。東場、開始。
東一局。東家に大塚さん、南家に僕、北家に佐間さん、西家に野蔵さんがいる。大塚さんの第一捨て牌は南。そして第一ツモをする。その後理牌して、どれを捨てるか確認する。
ドラ表示牌 九
一六八九347ⅤⅤⅥ東南白 南
これはどうしたものだろうか。四向聴だから悪すぎる訳ではないが、これはどうやって手を伸ばしていいのかが全く分からない。とりあえず一萬を切っておく。この位置のドラ牌は、後々危険牌となりかねない。
佐間さんは八索切り。ついで野蔵さんは南を切った。それをポンする。
「ポン」
そして九萬を切る。そして佐間さんが一瞬理牌した後、六筒を切った。こわ。
そして迎えた6巡目。今の牌はこんな感じだ。
五六234ⅤⅤⅥ東白 南南南 Ⅳ
ここにきてかなり良い感じに有効牌が来ている。ただ、まだ五索は温存していたい。となると…白切りかな。白を切る。
「ロン」
下家から発声があった。…もうロンですか。
「發、1300です」
東一局、上がったのは佐間さんだ。1300点を佐間さんに差し出した。
そして迎えた東二局。前回は子の上がりだったので親は流れ、今回は僕の親番だ。14枚取り、どんな配牌なのか、理牌しつつ眺める。
ドラ表示牌 4
四四五(赤)五六六七七ⅤⅥⅦ56中
「リーチ」
そう中を切って曲げた。
「「「!?」」」
一同、驚きを隠そうとしない。しかし、これはダブル立直せざるを得ない。早い順目での立直はどうしても愚形となりやすいが、多分見る限りこれは両面。
「(どうしましょうかね…とりあえず合わせうちですね)」
佐間さんが中を切る。野蔵さん、大塚さんもそれぞれ么九牌を出し、いずれも当たり牌とはならない。そして迎えたツモ番。ツモした牌を盲牌する。…この手触りはもしかして。
「ツモ」
「「「!!??」」」
七筒を引いた。牌を慎重に倒す。裏ドラは…表示牌が三萬。裏が2つ乗ったか。
「ダブリー一発ツモ、断么九、平和、三色同順、一盃口、ドラ1赤1裏2、数え役満です」
あれよあれよと役満となってしまった。これ、ダブリー一発ツモ裏2は偶然役で、三色同順は後付け役になるのか。順当に役を作っていたら、良くて立直断么九平和ドラ1赤1で満貫か。まあ安い手ではないけれど、偶然手というものは恐ろしいものがあるね。
「さて、一本場です」
そうして点棒を収受した後、積み棒を置き、洗牌を終え、次の配牌を見る。
ドラ表示牌 南
223344445678西 9
えーっと…これは何待ちだろうか?とりあえず見えるのは47の両面待ちだが、それだけ…かな?それだけだな。
「立直」
「「「!?」」」
同卓者が、皆先程と同じような顔をした。まあ、二回連続ダブル立直なんて、考えたくもないだろう。
あ、よく見たらこの立直、23の双ポンとも考えられるな。
「(これは…とりあえず西を落としますか。ドラで対子出来ているだけに、少々勿体無いですが、背に腹は変えられませんし…今回も一発を決めそうな予感がします)」
佐間さんが西を出した。もちろんこれは当たり牌とはならない。
「(これは…当たる可能性もまあ考慮すべきですが…愚形であることに賭けるしかないですね。こちらも満貫手がかかってますし)」
野蔵さんが九萬を出した。これも当たり牌ではない。
「(うーん…これは迷うところですけど…出しちゃいますかね)」
大塚さんが七筒を捨てた。これはもちろん…
「ロン」発声した後、すぐに慎重に牌を倒す。そして裏は…今回は乗らない。
「ダブル立直一発、清一色一盃口平和。三倍満です」
「三倍満、ですか。これはきつい」
大塚さんがそう言いながら、24000点を支払った。ここで大塚さんが飛び、この試合はあっという間に終了した。
「やっぱりマスター、運が強いですね。ルーレットの時もそうでしたけど」と、田名川さんが言う。
もしかしたら本当に運が強いのかもしれない。ルーレットの時もそうだが、ダーツの時も通常では少し考えがたい点数だった訳だし。
「再戦をお願いします。10万点持ちの二人打ちで」
そんな事を考えていたら、突如下家から声がした。卓から離れようとした僕を止めたのは、他ならぬ佐間さんである。
「マスターが親番の時に、マスターから上がりを取れないのは悔しいです。10万点の中で、一回も上がりを取れないようなら、そこは諦めます」
「分かりました、再戦しましょう」
こうして再戦が始まる。
「良いんですか、マスター?そんな再戦に乗ってしまって」
瀬戸さんが心配そうに尋ねる。
「まあ別にこれ僕にデメリットないですし」
時間は潰れてしまうが、喫緊の課題など何もない。とにかく楽しむこととしよう。
東一局、南家。つまり子。
ドラ表示牌 Ⅸ
配牌
23456789西西三七Ⅲ
悪くはない配牌ではないだろうか。オタ風がだぶついているのは気になるが、不要牌を整理すれば、一気通貫も混一色も狙える。気楽に打っていく事としよう。
「立直」
おっと、ツモ番がくるまでに佐間さんが立直を宣言した。つまりダブルリーチか。捨て牌は三索。ってことは手持ちの三索は安全牌か。
そしてツモると、一筒を引いていた。これで面前一気通貫が確定した。三索を切る。もちろんこれは当たり牌とはならない。
そして佐間さんがツモ切り。内容は…二萬。そしてツモ番は…同じく二萬だ。ここで聴牌形まで持ち込んできた。
123456789二三西西 待ち 一四
そして佐間さんが西を捨てる。それは通し、僕のツモ番。引いたのは…三索。もちろんこれは捨てる。そして佐間さんが、一萬を打ち込んできた。
「ロン。一気通貫、平和で2000点です」
「今回は取られてしまいましたか。しかしまだ点棒は97000点、親役満2回まで、ダブル役満なら一回まで耐えられます」
佐間さんが点棒を渡しながらそう言った。そうしているうちに洗牌が終わり、親番、開始。
配牌
112233ⅠⅠ七七八八九東
ドラ表示牌 白
「立直」
これはもう立直するしかあるまい。東を切って即リーした。待ち牌は六九で、高目九萬。
「(この場合、当たり牌を私が出した方が、メリットが大きいのでしょうか。でも、それだと当たりの目を潰すことになりますね。私も配牌一向聴でしたし)」
佐間さんが一索を切った。そして僕のツモ番。ツモったのは…九萬である。裏は…乗らない。
「ツモ。ダブリー一発ツモ二盃口純チャン平和、倍満です」
宣言した瞬間、佐間さんの姿勢が少しだけ崩れ込んだ。そんなことは気にせず、一本場を始める事とする。
「(これは厳しいですね…この後も平均で倍満手を出してくることを考えると、あと耐えられるのは、多くて三回といったところでしょうか。いや厳しい)」
そして配牌を確認する。理牌する前に、佐間さんの方を見ると、かなり険しい顔をしていた。これはあまり配牌が良くなかったのかな。そして僕の配牌。
ドラ表示牌 1
白白白白南南南南發發發發中西
ここまで綺麗なのは久しぶりかもしれない。ただ、向聴数はそんなに少ない訳ではないかな。暗刻が既に3つ出来ているのは大きなアドバンテージではあるが。
「マスター、何向聴ですか?」と、佐間さんが聞いてきた。ダブリー一発を警戒しているのだろうか。
「アメリカンチートイツが無しなら二向聴です」
その答えに、佐間さんの顔の険しさがより強くなった。そして第一捨て牌…はせず、暗槓をする。
「カン」
そう言って白を倒した。嶺上牌は西。
「カン」
そしてまた南を倒した。嶺上牌は中。そして、ここで佐間さんの表情が少し緩んだ。そして…
「カン」
三連槓である。そして發を倒す。そして嶺上牌は…中だ。
「ツモ。大三元四暗刻、ダブル役満です」
こうして、96000点を払えない佐間さんの箱割れが決定した。
「中々上手くはいかないものですね。見ます?私の配牌」
そう言って佐間さんが自らの牌を器用に倒した。
222234四五六七七東東
ええっと…二筒で暗刻、二四筒で順子、四六萬で順子、それで七萬と東で双ポン待ちになっているから…
「聴牌だったんです。なので、最低でもダブルリーチ、運さえ良ければ地和です。しかもドラ表示牌が一筒なので、ドラ4は確定しています。最低でも一巡は余裕があると思い、いける、と判断したのですが…マスター、おみそれしました」そういって佐間さんが体の正面に両手を揃えて頭を下げた。
「でも、実力は佐間さんの方が優れていると思いますよ。僕は運が良いだけです」
「運が、ですか。私としては、それが一番欲しいものです」
そう言って、佐間さんは両手を揃えたまま、虚空を見つめていた。…少し申し訳ない事をしたかもしれない。
こうして、麻雀勝負は幕を閉じた。
ちなみに。
先程の勝負の後、牌山がまだ洗牌されていなかったので、山牌の、本来佐間さんが一巡目に取得するはずだった牌をめくってみた。すると、あろうことか七萬だった。つまり、僕が天和もしくはこんな形で上がらなければ、佐間さんは地和で上がっていた事になる。
「…これはびっくり」
そんな事を考えつつ、平凡な一日が今日も終わる。
「マスター、最後の局、字一色も成立しています」
「あっ」
いつもお読み頂き有難うございます。
次回更新は7/21を予定しています。




