29.5 南の小領主(別視点)
1512年5月10日(別視点)
「…という事で、北の双田氏に従おうと考えている」
「何てことを言うのですか、父上」
ここは西中領。
そして私はその領主、前野諸則である。
領主と言っても、何で今まで自主独立する事が出来たのか分からないような、宿場町を持っている事だけが取り柄な小さい領土で、このままでは、北の大橋領に潰されてしまう。
そうなる前に、降伏することを、ここで初めて息子に伝えた。案の定、息子はそれに関して危機感を抱いている。息子は頭はあまり良くないが、向上心というものを持っている。
天下統一を目指し、また将来の領主経営についての展望も抱いていた中でのこの報告に、彼がびっくりとするのも無理はない。しかし、ここで自主独立を目指すという選択肢は、既に我々の中にはない。
「小さくても自主独立が我々のモットーだったではありませんか。我々の領地では、米も豊かに実りますし、森も豊富で薪に困りません。農業だけではありません、街道の中でも比較的大きな宿場町、西中を抱えており、商業的要素もばっちりです。そんな土地を、何故守ろうとしないのですか!ここは、徹底的に抗戦して、この領地を守らないといけません。それが武士としての使命のはずです!」
そういって捲したてた息子の主張は、確かに筋が通っている。しかし、彼は一つ大きな思い違いをしている。
「お前な。まともに戦っても、大橋領に勝つことは無理だ。まず領地の広さが全然違う。それに加えて人口も全く違う。さらに言えば武器の質も比べ物にならない。ちょっとこの槍を折ってみろ」
そういって予め倉から引っ張ってきた、双田領で使われている槍を持ってきた。購入したときの話によれば、かなりの安物らしい。
そして、息子は槍くらいなら三本まとめて折ることが出来る程には怪力の持ち主である事を補足しておこう。
「これは…見たことのない家紋ですね。すると双田のものですか。それでは失礼して…ふぬっ。……ふんっ。……うゃ。………駄目です、全然折れません。こんなに強い槍、今までに見たこともありません。さぞかし高いものなのでしょう」
息子が笑う。そしてその言葉通り、普段ならバキバキに折れているはずの槍には、ヒビ一つ入っていなかった。
「そうだろう?そして、お前に残念な知らせがある」
「何でしょう?」
そういって、槍を折ろうと試みながら息子が聞いてきた。だいぶ息が切れているようだが、それでも折ろうという闘志を曲げていない。
「実はその槍、高いものでもなんでもなく、一番の安物だ」
その私の言葉に、息子の手がぴたりと止まった。
「…もう一度仰って頂けますか?よく聞こえなかったもので」
「実はその槍、高いものでもなんでもなく、一番の安物だ」
もう一度言うと、息子の手が再びぴたりと止まり、槍が板張りの上に落ちた。…危ないな。
「…そうですか。………そうですか」
そんな事をいいつつ、息子は半分上の空な様子で部屋を出ていった。…結局信念を曲げたとは一言も言っていなかったが、まあ聞かなくても良いだろう。
いつもお読み頂き有難うございます。
今回は短いので、次回更新は7/9を予定しています。




