26 みどりの日、温室
1512年4月29日
「みどりの日ですからこんなのはどうでしょう」
「中々良いですね。…まあ今日は昭和の日ですが」
平凡な一日が今日も始まる。
さて、今は娯楽棟第一植物園にいる。
娯楽棟は、プールや陸上トラック、コンサートホールなど、1Fでより多くの面積が必要な施設が収められている建物だ。で、その121Fから132Fまでの12F分には、第一植物園本園から、第一植物園付属三十一室までで構成された植物園群が構成され、これらをまとめて「第一植物園」と呼ぶことになっている。第一植物園は、基本的な植物はどんな気候帯であろうと観察できるようになっている。
当たり前の話だが、多くの植物は特定の気候帯でしか生きられない。もちろん冷温帯で生活している植物が暖温帯で全く生活できないかとか、低湿地帯で生活している植物が多湿で全滅してしまうなどということは滅多にないが、それでも、最適な環境で生活させてやるほうが植物も元気に生活できる、というものだ。
一つの植物園に32部屋も用意しているのは、そこでちくちくと温度や湿度を変えたり、あるいは同じ湿度、温度でも共生が難しい植物、例えば繁殖力が目に見えて違う植物を違う部屋に入れたりしているからだ。
そして、今は公務隊植物班、女中隊第一園芸班、それから秘書班の面々の案内のもと、その第一植物園付属七室まで来ていた。そこには、全体が苔むされた石垣があった。
「ここにあるのはアカマツです。それで、生えているコケが、ミズゴケになりますね。ミズゴケは観賞用としてだけでなく、止血剤としても有用です」
そう言われながら見てみると、同じ緑でもニュアンスの違う緑が連続している。
コケの緑と、松のそれは当然異なっているし、よく見ると地面はコケだけでなくクローバーも広がっていた。クローバーグラウンドってやつか。さらに注意深く、緑と緑の間を切り出していると、緑色の花が咲いているのを見つけた。
「杉野さん、あの緑色の花はなんですか?」
「ああ、あれですか。あれはオニシバリです。春の花ですね」と、公務隊植物班である杉野さんが答えた。
へえ。しかしみどりの日だからといって、わざわざ花まで緑色に統一しなくても良いと言うのに。
「でも色は地味ですけど可愛らしい形ですね」
どことなく可憐さがある、というか。イチゴみたいな華やかさを併せ持っている訳ではないのに、一度発見してしまったら、それを再び背景へと戻すのは難しいような、そんな何かを持ち合わせていた。少し触ってみたくも有る。
「取扱には気をつけてくださいね。毒有るので」
結構危険な花らしい。僕は、出そうとした手を引っ込めた。
「…でも、あの頑丈そうな皮はどこかで使えそうですね」
「元々『オニシバリ』という名前の由来が、『鬼を縛ってもなお千切れ無さそうだから』ですしね。実際とてもしなやかで、鬼を縛っても千切れないというのは強ち嘘でも無いと思います」
となると、それこそ救命ロープとか、命綱とかに使えるかもしれない。「切れない」事に対する需要は、かなり広い範囲であるのではなかろうか。後は恋愛のお守りとか。
「オニシバリ、これでいて実は真っ赤なんですよね。まあ、辛くて有毒なんですけど」と、これは第一園芸班の田代さん。
辛い実、というのも香辛料的なニュアンスで使えるかもしれない。毒持ってるけど。
「では、実をつけるシーズンだったら、少しは彩りが出たかもしれないですね。アクセントカラー的な面で」
緑の中に赤が少しでもあれば、まだ緑で目が焼き付きづらいと思う。すると、その言葉に、田代さんが首を振って反応した。
「まあ、仮にオニシバリがみどりの日のシーズンに実をつけたとしても、結実時期をずらしたり、そもそもオニシバリを導入しなかったり、色々な方法を使って緑一色にしたんですけどね。あえて赤を紛れ込ませる意味はないですし」
思ったよりストイックな企画のようだ、みどりの日。いや、今日はあくまで昭和の日だけど。
「お茶をどうぞ」
付属7室の中に設置されているテラスで、田名川さんがお茶を入れた。ここテラスは、少しだけ位置が高くなっていることもあり、普段は美しい植物園を一望できる…のだが、今回に限って言えば、そこには緑しか映らなかった。
テーブルだけはウッドテーブルだったのが救いだが、ことお茶に関して言えば、緑色の湯呑みの中に緑茶が入っていた。徹底してますね。
「そしてこちらがお茶菓子になります」
瀬戸さんがお茶菓子を持ってくる。焼き物の色はさも当たり前かのように緑。そして、中に入っている菓子は、どうやら干菓子。一口含んでみる。この味は…
「…クッキーですか。そして中身は、ヨモギ?」
「ええ。ヨモギのクッキーになります。濃い緑色を出すため、濃い抽出液を利用しています」
「なかなか手の込んだことしまうね」
でも、美味しい。毒々しい緑色は気になるが、味自体はごくごく優しいヨモギクッキーのそれだ。濃い抽出液、というからかなり苦いものを想像していたが、砂糖やバターをたっぷり使って甘めに味付けされているようだ。
そのかわり、それを補うように苦めの緑茶がセットされている。視覚的にはあまり良くないが、それを感じさせない美味しさとバランスがここにある。視覚的にはあまり良くないが。というか目の受容細胞がそろそろやられそう。
「そろそろ引き上げませんか?」
皆さんにお伺いを立ててみる。
「それは構いませんけど、この7室、まだ半分しか終わってないですよ?半分を見ずに引き上げる、というなら、別に全く構いませんが」と杉野さんが返した。そこはかとなく圧力を感じる。
「…分かりました。もう暫く鑑賞します」
こうして、7室の全ての植物を見終わる頃には、緑が少しだけ嫌いになっていた。多分明日になれば治るんだろうけど。そもそもみどりの日ってこんなに大々的に緑を推す日だっけ。豊かな自然に感謝するだけでは不足というのか。
さて、夕食は和食である。ワカメの味噌汁に鰹のたたき、それから切り干し大根。ワカメの緑色に一瞬げっとしつつも、味噌の美味しさと温かさにほっとする。
「この鰹は、細浦で水揚げされたものになります」
細浦は、旗ヶ野から南に650km、中島東岸にある漁村だ。漁村ならではの荒々しさで、活気あふれる町らしい。比較的温暖な気候である事もあり、みかん栽培なども盛ん。また、最近では波止場を整備して造船にも手をつけ始めているらしい。面する海が外海である事を除けば、少し尾道っぽい気もする。あとはまあ静岡か。とにかくそんなイメージを抱いた。
「細浦ですか。ところでこのワカメは?」
「それは普通にec産品です」
ですよねー。しかしこの鰹は美味しい。ぺろりと完食してしまう。すると、夕食を食べ終わり片付けも粗方終わった所で、高石さんが更に柑橘類を持ってきた。
「こちら、細浦産ミカンになります」
「ありがとうございます」
早速皮を剥き、一切れ口に放り投げる。すると、口の中には粒々とした食感とともに、口いっぱいに酸味が広がった。でもちょっと甘いかも。
「結構酸っぱいですね、これ」
「まだ品種改良も十分に進んでいる訳ではないですしね。時が戦乱、っていうのもありますし」と、高石さんが返した。
なるほど、それなら致し方ない。そもそもec産品と比較するのが無理な話だ。でも、将来的に社会情勢が安定してくれば、もっと甘くなる可能性はあるだろう。そもそも今の段階で甘味のアウトラインは結構見えてきてるし。
「でもこれだって貴重な甘味ですよね。結構良いお値段で売られていそうですけど」
「良いお値段で売られているのは事実ですけど、あんまり売れているとは言えないですね。その大きな要因としては、あれがあると思います。腐りやすさ」
ああ。ミカンはどうしても腐りやすいところはあるかもしれない。商圏を広げてやった方が、売りやすいだろうに。
「こんな名産品があるのに、少し勿体無いですね。それこそ、ドライフルーツとか、半生菓子にしてしまえば、もっと日持ちもするんでしょうけど。例えばこんな風に」
そういって錬成したものを机の上に出した。
[細浦ミカンの砂糖漬け Lv1 100g 26ec
戦国時代のミカンの中では比較的甘めな細浦ミカンを、砂糖漬けにしたもの。これにより保存性が増し、冷暗所であれば一ヶ月間の保存に耐えうる。甘味が強いため、農作業時の糖分補給や、子供のおやつに適する。]
それを見て、高石さんが一つつまみ、食べた瞬間その笑みを少し強めた。
「これ、結構美味しいですね。確かに、この味でしかも日持ちもするとなれば、結構売れそうです。今回はecで生産されましたけど、その気にさえなればec産品を全て省いて作れるのも強みですね」
それを聞いて、僕も一つ手にとって食べた。うん、美味しい。先程までは酸っぱさがどうしても先行してしまっていたが、これは甘さを全面に押し出してくる。砂糖で漬けているから当たり前なのだが。
「こんな加工品も、将来的に市場に、ひいては大衆に、出回るといいですね」
「全くです」
そんな会話をして、夕食はつつがなく進んでいった。
そうそう。今回は、みどりの日だという事もあり、シャンプーを改良、増産してみた。
[シャンプー Lv152-4
高品質なシャンプー。清潔感の有る香りは、香油を付けるときも、その香りを邪魔しない。洗髪後のベタつき、ぬるつき、きしみ等は一切なく、毛髪を健康に保つ。毛髪だけでなく、地肌や毛根ももれなくカバーし、健康な髪と快適な頭をサポートする。ボトルは、詰替えに便利な吸引式ボトル。]
みどりの日に関連する、といっても、別にシャンプー自体や、ボトルが緑色な訳ではない。このシャンプーを使えば、みどりの黒髪を保つことが出来る、というそれだけの話だ。
平凡な一日が、今日も終わる。
いつもお読み頂き有難うございます。
次回更新は6/17を予定しています。




